TBSの筑紫哲也氏の番組でアメリカ下院国際関係委員長のヘンリー・ハイド議員が「私は(小泉)首相の(靖国)神社参拝に強く反対しているわけではない(つまり反対ではない)」と明言しているのを聞きました。ワシントンでネットを使ってです。

 

この番組は6月29日の放映、ところが驚くべきことに、その英語の発言は正反対の意味に「誤訳」されていました。「なんと参拝jに強く反対だ」というふうに訳されていたのです。TBSはその後7月5日に「訂正」を流しました。

以上の経緯は産経新聞7月8日朝刊で「米下院議員の靖国発言 TBSが『誤訳』」という見出しで報じました。

 

しかし私が重視するのはハイド議員が「首相が靖国に行くべきではないと強く感じているわけではない」と明言し、小泉首相の参拝にあえて反対するわけではないと述べている事実です。朝日新聞など靖国攻撃派がアメリカの反応として金科玉条のように掲げてきた「ハイド議員の反対」が虚構だったことが判明したわけです。

 

「捏造」とも{ディスインフォーメーション」と非難されても仕方がないTBSの「誤訳」はこれまた重大ではあります。石原慎太郎都知事の韓国併合に関する発言を180度、ひっくり返して伝えた手口とそっくりの「政治的歪曲」をも思わせます。英語で I don’t feel--と語っている発言をだれが I feelーーという意味に間違って訳すでしょうか。

 

しかし繰り返すように、靖国論議に関しては、それ以上に重みがあるのはハイド議員の「反対」が事実ではなかったということです。

アメリカ、とくにワシントンでの靖国論議を取材し、報道してきた記者として、このTBSの報道は見過ごせないと感じ、以上を記す次第です。

「2009年に中国のミサイル攻撃で新たな日中戦争が始まる」という近未来シナリオを描いた『ショーダウン』(対決)という本を産経新聞6月27日付朝刊で紹介しました。アメリカの国防総省の元高官二人が書いたシミュレーション(模擬演習)のようなフィクションです。

そのシナリオでは中国が巡航ミサイルを靖国神社に撃ちこみ、尖閣諸島への侵攻を始めても同盟国のアメリカは援軍にはこないという悲劇的な想定でした。ところがその想定にはさらに「中国の命を受けて北朝鮮が核ミサイルを大阪に撃ちこみ、大阪市は人間も建物も蒸発する」という究極のフィクションが記されていたのです。

でも私はあまりに荒唐無稽、あまりに日本にとって痛ましいと感じ、その部分は報道しませんでした。ところがその直後に北朝鮮が日本の方向に対して各種のミサイルを発射してきました。なにか不吉な感じがしてなりません。フィクションとはいえ、現実の展開をなにやら微妙に示唆する想定なのです。

やはりこの世界には脅威とか、攻撃性の強い政権とか、ミサイル発射といういやな現実が厳存する、ということですね。

ごく最近、中国に関する日本のある本を読み、胸を揺さぶられました。

アメリカの首都ワシントンでなぜ中国についての日本の書を読むのか。

 

私はワシントン在勤の記者であり、アメリカの動向を日本に向けて報道することが主任務です。しかし、このところ中国に関しての報道や論評も多くなっています。なぜなら当のアメリカが中国を語り、論ずることが多いからです。

その現実に加えて、私は2000年末まで産経新聞の初代中国総局長として北京に2年ほど勤務した経験があります。だから中国への関心が自然と高くなります。それでなくとも日中関係の動向はその行方が日本の国のあり方そのものにもかかわってくるため、アメリカにいても真剣に注視せざるをえないのです。

 

という背景から読んだ本は『大地の咆哮』というタイトルです。副題は『元上海総領事の見た中国』となっています。出版はPHP研究所、筆者の杉本信行氏は現役の日本の外交官です。ただし杉本氏は現在は病気と闘うために、休職の状態となっているそうです。

上海総領事といえば、当然、日本の上海領事が中国側の公安組織から脅迫され、自殺した事件が連想されるでしょう。そうです。杉本氏は自殺した領事の直接の上司である総領事だった人なのです。

杉本氏は『大地の咆哮』の「まえがき」の冒頭で次のように書きます。

「2004年春、上海の日本総領事館で、一人の館員が、このままでは国を売らない限り出国できなくなるとの遺書を残して死んだ。私は、そのときの総領事であった。上司として、館長として、彼を守れなかったことへの無念さはいまも変わることがない」

 

『大地の咆哮』は杉本氏が過去30余年の日本外交官、とくに中国を専門とするチャイナスクールの一員として経てきた中国に関する体験や考察をまとめた書です。

いま日本では中国関連の書は山のように出ています。私もその多くに目を通してきましたが、中国の現実をこれほど多角的に、これほど実証的に、しかも日本人の心を前提として、伝えた本もないな、と感じました。

いま最も重要な日中関係に関する記述のいくつかを『大地の咆哮』から紹介しましょう。

 

「中国の内政上の必要性すなわち共産党の統治の正当性および正統性の裏付けのために反日教育を行わざるを得なかったことが、今日の日中関係をより不幸にしてしまっている」

 

「もしも日本の総理が中国での在留日本人の安全あるいは日本企業の円滑な経済活動の確保を理由に靖国神社参拝を中止することになれば、中国側とくに政権内部の対日強硬派は『日本という国は経済利益のためには国の面子も捨てる』と受け取ってしまう可能性がある」

 

「日中間には台湾問題、尖閣諸島領有権、東シナ海の資源開発など主権がらみのさまざまな問題が存在しており、靖国問題が参拝中止により解決したとしても、その後、他の問題で日中間の利益が対立すれば、中国内部の対日強硬派は靖国神社参拝中止の先例にならい、『日本側は過去の認識が間違っている。口頭の謝罪だけではなく、実際の行動をもって認識の過ちを正せ』との同じ論法で日本側に繰り返し譲歩を迫ってくるであろう」

 

「国際テロリストが日中間のこのようなやり取りを見て、日本は経済的な利益のためには『国としての大義も捨ててしまう』国だと誤解してしまう懼れもあるだろう。そうなると、外国における日本人の生命・財産を人質にしたり、日本企業を脅迫することにより、日本から経済的あるいは政治的な要求を満たそうとする国際的テロ行為を誘発する危険性すら出てくるであろう」

 

対中外交に文字どおり命を賭けてきた杉本氏のこうした警告は、鉄のような重みで私の胸に迫ってきました。

 

 

 

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