WIKIPEDIA(フリー百科事典)が私の項で以下のようなことを記載しています。古森義久の記者としての実績として、です。

 

(古森義久は) 

「1981年、元駐日大使ライシャワーの核持ち込み発言(ライシャワーはこれを全面否定)」をスクープ報道した。

 

 

この記述はひょっとしたら私の名誉よりも毎日新聞の名誉を毀損するのでは、と感じました。

まず「ライシャワー核持ち込み発言」と聞いても、なにも知らない方が多いでしょう。

 

1981年、元駐日大使でハーバード大学の教授のエドウィン・ライシャワー氏は私とのインタビューで「日本政府の非核3原則により核兵器搭載の米軍艦艇は日本領海には入らないとされているが、実際には長年、核搭載の米海軍艦艇は日本の港湾にそのまま(核兵器を排除することなく)寄港している」という趣旨の発言をしました。結果として日本政府がウソをついてきたことともなりかねず、国会でも大議論となりました。

 

この「ライシャワー発言」は毎日新聞がスクープ報道として1面から2,3面をつぶして、大々的に報じました。私はこのとき毎日新聞記者でした。ボストン近郊のライシャワー氏自宅でインタビューをしたのは私でしたが、このインタビューの企画は当時の毎日新聞政治部の斉藤明部長(のちの社長)はじめ、新井敬司記者、河内孝記者ら精強が立案し、アメリカにいた私がその指示に従った形でした。毎日新聞はこの「ライシャワー発言報道」でその年81年の日本新聞協会賞を受賞しました。

 

「ライシャワー発言」報道がこうして高く評価された理由の一つはライシャワー氏自身が私に対する発言をその後の日米マスコミの取材でもすべてそのまま「肯定」したことでした。つまり「自分の発言も真意もすべて古森記者の報道どおりだ」と言明したのです。だからこそ新聞協会もこの報道の価値を認めたのでしょう。

 

ところがWIKIPEDIAの古森義久に関する記述では、あっさりと「ライシャワーはこれを全面否定」と断言しているのです。

発言したとされる当人がその発言の報道を全面否定したとすれば、その報道がデマだったということになりかねません。毎日新聞の報道もデマだろうということになります。だからこそ私は「毎日新聞の名誉」を指摘したのです。

 

しかしこのWIKIPEDIAの記述こそがデマなのです。古森への誹謗を浴びせたい一心から、無知からの思いこみで、こんな記述をしたのか。あるいは、事実を知っていながら、故意にこんな虚偽を書いたのか。もし後者ならば、すぐにばれるウソを必死で書くその心情はまた一段と哀れですね。

WIKIPEDIAの管理人さん、また私のこの提起をWIKIPEDIAへの中傷だとか、著作権侵害だとか、言わないでくださいよ。

WIKIPEDIA全体への批判ではありません。しかしこれほどのデマが簡単に載ってしまい、しかもそれが放置されること、このままでいいのですか。毎日新聞から「輝けるわが社の受賞報道を不当に否定し、わが社の名誉を傷つけた」なんて通告され、訴えでも起こされたら、だれがどう責任を負うのですか。デマ部分をあわてて削除して、「そんな記述はどこにあるのか」なんて、やめてくださいよ。

 

ライシャワー氏が毎日新聞での私の報道内容を否定したか、肯定したか、当時のどの新聞をみても簡単にわかるはずです。「ライシャワーはこれを全面否定」と書き込んだ人は、やはり実はその記述が虚偽であることを知りながら、とにかく古森誹謗の炎に煽られ、ウソ記載をしたという可能性の方が高いようですね。

いずれにしてもWIKIPEDIAの管理人の方々はそのデマ記載を止める意思も能力も知識もなかった、というのは言いすぎでしょうか。WIKIPEDIAが2チャンネルのような運命をたどらないことを祈る次第です。

 

なお「ライシャワー発言」の報道の経緯や事後の展開については私は自著の『核は持ち込まれたか』(文藝春秋1982年刊)で詳しく報告しています。

その書でも紹介しましたが、私は故ライシャワー氏とは最後まで良好な関係を保ちました。最後にライシャワー氏からの私あての手紙の一節を紹介しておきましょう。

 「--あなたの論文(インタビューの経緯を書いた雑誌論文)を真剣な興味をもって読みました。とてもすぐれた論文だと思います。あなたはその中で、私たちのインタビュー(核持ち込み発言が出たインタビュー)のいきさつを、公正さと綿密さをもってきちんと伝えていると思います。そしていうまでもなく私はこんどの出来事全体からあなたが引き出した結論に完全に同意します」

 

原文が英語のこの手紙はいまも保存してあります。