1937年の南京事件を題材とする映画がアメリカの「アメリカ・オンライン」の副会長の主導で制作されることが明らかとなりました。産経新聞11月26日付でワシントン駐在の山本秀也記者が報道したとおりです。
この映画はドキュメンタリーであり、一般にいうハリウッド映画とは異なります。だからそのインパクトも限定されるかもしれません。しかしアイリス・チャン著の書「レイプ・オブ・南京」を下敷きにして作られるという点に重大な問題点がある、ということになるでしょう。この書はノンフィクションとしてはあまりにミスや欠陥が多い本だからです。どういうミスや欠陥があるのか。
私はこの書がアメリカで出版された1997年から98年にかけて、かなり詳しく、多角的にこの書について報道をしました。そのとき書いた多数の記事から一つ、ここで紹介します。この書の欠陥をアメリカ側の権威ある歴史学者が率直に指摘したことを伝えたインタビュー記事です。



「レイプ・オフ・南京」 スタンフォード大学歴史学部長 ケネディ教授に聞く

1998年08月15日 産経新聞 東京朝刊 社会面

 【ワシントン14日=古森義久】米国の著名な歴史学者でスタンフォード大学歴史学部長のデービッド・ケネディ教授=写真=はこのほど、産経新聞のインタビューに応じ、米国内で話題となっている南京事件に関する書「レイプ・オブ・南京」への見解を語った。同教授は、同書を政治的な動因に駆られ、残虐描写だけを十分な根拠なく過剰に繰り返した書物で、歴史書としては不適切だ、と評した。

 同教授との一問一答は次の通り。

 --アイリス・チャン著の「レイプ・オブ・南京」をどうみるか。

 「主な問題点が三つある。第一は、この書は南京での残虐行為を毒々しい描写でくどいほど繰り返しているが、もしそんなひどい行為が起きたのなら、なぜ起きたのか、説明や分析の試みが皆無の点だ。日本軍の指揮系統がどうなっていたのか。日本軍将兵は何を考えていたのか。第二は、この書は毒々しい残虐行為をセンセーショナルに拡大し、読者の側に残虐性へのゆがんだ好みをあおろうとしている点だと言える。第三は、事実の裏付けの不十分さ、記述の不正確さだ。例えば日本の政府や国民が南京事件を隠し、反省もせず、若い世代に教えないという断定は皆私の知る事実とは反する」

 --残虐行為の描写だけでも意味はあるという見解があると思うが。

 「描写だけの本自体が悪いことはない。ただし残虐だけの果てしない誇大描写を読んだ後、不快な感じだけが残る。残虐性をのぞき見ることへの人間の下劣な欲望をあおられただけ、という感じなのだ。そんな残虐がなぜ起きたか、防ぐ方法はなかったのか、というもっと大切な問題には本は何も触れていない。その点は残念だ」

 --南京事件とホロコーストとの同一視はどうか。

 「この本のそんな同一視は極端な行き過ぎであり、不適切だ。もし南京事件が日本政府の最高レベルでの決定による残虐行為で、中国民族を絶滅しようとする組織的な殺りくであれば別だが、そうではない。ホロコーストは事前に計算され、決定された政府の政策の結果で、近代国家の最新の技術力や組織力を総動員しての大量殺害だった。だが南京ではそんな要素はない」

 --チャン氏は米国で一九七〇年代に出たデービッド・バーガミーニ著の「天皇の陰謀」という書を根拠に南京事件への日本指導層の関与を指摘している。

 「その書は、米国の専門家の間では完全に否定され、論破され、証拠なしとされてしまった。だがチャン氏はその内容を引用し、依存して、南京事件を昭和天皇の意思による国家の最高方針の結果というふうに論じている。この点は米国内の歴史学者はだれも信じないだろう。なぜそんな理不尽な主張が出るのか不思議なくらいだ」

 --著者の最大の意図はどこにあると思うか。

 「(オランダ人の日本研究家の)イアン・ブルマ氏の著書などを読むと、南京事件にかかわったという中国側の人たちは皆奇妙なほど同一の証言をする。当時の回想でも日本側への要求でも、皆同じだ。その点に背後の中国の政治的な組織の存在を感じさせられる。チャン氏も米国内の中国系政治組織に支えられているようだ。この書の執筆にもそんな政治的な動因が大きいと思う」

 --だが中国側からみれば、プラス面もあるのではないか。

 「全く価値のない本というわけではない。だが極めて不適切な本だと思う。人間には残虐行為を働く潜在能力があること、中国では数多くの犠牲者が出たこと、などを伝える点は意味もあろう。だがなぜそうなのか、一切何も意味付けや分析、解明をしないのはあまりに不適切だ」