新しい本を出しました。
PHP研究所からの刊行です。
内容は、中国とは日本にとってなんなのか、パートナーなのか、脅威なのか、という命題です。

目次をまず紹介します。
序章 安倍訪中と日米中関係ーー日米同盟や揺らがない
第一章 靖国問題の虚妄ーー目的ではなく手段である
第二章 東シナ海での日中激突の危険ーー中国に有利に  
      動いている
第三章 中国発・アメリカ利用の反日圧力ーー「実」と「虚」   
      を取りまぜる
第四章 日本の対中国失策ーー日本の対中政策はゆがん   
      でいた
第五章 アメリカの対中認識が教える現実ーーアメリカも   
      中国と対峙する
第六章 米中間の亀裂ーー米中両国はせめぎあう
第七章 中国内部の現実ーー対中ビジネスのリスクとは何  
      か
以下はこの書『日本に挑む中国』の「まえがき」です。
この書の趣旨を「まえがき」に記したつもりです。

           まえがき

中国というのは日本にとってきわめて重要ではあるが、なんとも厄介な存在である。貴重な経済パートナーであると同時に、「いまそこにある危機」でもあるのだ。この書は日本という基本的立場を踏まえたうえで、その中国にさまざまな角度から光をあてることに努めた報告である。具体的には中国のわが日本に対する政策の虚実、逆に日本の中国に対する姿勢の振幅、超大国アメリカと中国とのせめぎあいのうねり、さらには中国内部での現実の明暗などについて報告し、論評した。

そうした作業を通じて中国とは日本にとってなんなのかを、少しでも鮮明にすることが本書の目的だともいえるだろう。

私はいまはワシントンを拠点とし、中国をみるにもアメリカの情報や考察がまず入り口となる場合が多いが、日本にもどる機会も少なくないから、日本の対中認識や対中姿勢にも直接に触れてきた。中国にも二年間、住んだ経験がある。その二年はもちろん中国の動きを報道することが日常の任務だった。自画自賛にひびくかもしれないが、アメリカ、日本、中国にそれぞれ拠点をおいてきた経歴は中国を多角的にみて、考えるという作業には有益だと思う。

 

 中国は日本にとって、機会なのか、パートナーなのか、危機、あるいは危険なのか、脅威なのか、友邦なのか、宿敵なのか――

 こうした問いかけは当然、中華人民共和国という存在がいまの国際社会にとって、あるいは現代の世界にとって、なにを意味するのか、という設問にも直結している。また超大国アメリカにとって、中国はいかなる存在なのか、という問いとも表裏一体となっている。 

 当然ながら中国の持つ意味は世界にとっても、わが日本にとっても、単純な標語で規定するには、あまりに多層であり、複雑である。だからこそ中国を読み解く作業も多層かつ複雑な観測が欠かせない。

日本からの日中関係を踏まえての中国読解はもちろん最重要だろう。日本の同盟国であり、唯一のスーパーパワーとされるアメリカの中国観も大きな指針となる。中国内部で起きていることの情報や分析も不可欠である。こうした多様な視角からの考察があってこそ初めて中国という存在の実像が手ごたえのある感じで屹立してくるのだといえよう。この書で試みたのも、そうしたアプローチである。

 

 二〇〇六年十月二十六日に新首相に選出された安倍晋三氏は就任後まもなく、まず最初の訪問国として中国に出向いた。この事実は、中国が日本に対して発揮する独特の重みを象徴していた。だが安倍首相の訪中は同時に中国が日本に突きつける数々の課題の難しさをも明示していた。

 中国も日本も互いにとって超重要な隣国同士である。「日中友好」という年来のスローガンが明示するように、両国が補完しあい、協力しあい、交流しあい、という緊密な関係を保たねばならない現実の要請は明白である。 

現に中国は日本にとって貿易の相手としては最大となった。中国にとっても日本からの投資は経済の高度成長に欠かせない主要因だろう。経済面に限らず、両国間の人的な交流も拡大する一方である。

安保や外交でも北朝鮮の核兵器開発への対応の実例のように、日本にとって中国の協力を必要とするケースが少なくない。おそらく中国と日本の両方にとって、大量破壊兵器をもてあそんでの北朝鮮によるこれ以上の冒険主義的言動を抑えることも、共通の利益であろう。国連でも安保理の常任理事国として拒否権を握る中国は日本の国連外交で正面からの敵にはなかなか回し難い強力な存在である。

しかしその一方、日本と中国との間には、どうにも避け難い対立案件もある。目をそらせないギャップや断層がある。相手への善意や友好をあえて抑制せずに、自然体に構えていても、なお双方の立場がぶつかってしまうという領域が厳存するのである。

もっともわかりやすい対立案件は領土問題だろう。日本固有の領土の尖閣諸島を中国は自国領だと主張する。東シナ海での排他的経済水域(EEZ)の線引きの対立では、ガス田資源開発という枢要の国家利害がぶつかりあう。その摩擦はいまや中国側の攻撃性さえ感じさせる日本領海侵入などで軍事衝突の危険さえ生むようになった。

日中両国のそうした対立の背後には、政治の体制や価値観の巨大なギャップがある。簡単にいえば、日本は複数政党の競合を前提とする民主主義であり、個人の自由や権利を尊重する。中国は共産党の独裁体制を不変とし、個人の自由や権利も大幅に制限している。

こうした政治面でのコントラストは安倍新政権が対外政策で民主主義という価値観をこれまでになく明確に主張し、実際の政策に盛り込む姿勢をみせる現状では、さらに大きな意味あいを持つだろう。

日中両国間では安全保障上のゼロサム的な対立も巨大である。日本がアメリカとの同盟強化という形でアジア地域の安保面での役割を拡大すれば、中国側ではそれだけ自国の安保上の利害が削られるような認識からの反発が起きる。

中国が史上でも稀なペースでの軍拡を続け、台湾攻撃能力を強め、さらには東アジアでの覇権の樹立をも目指しかねない軍事姿勢をみせるとき、日本もアメリカとの連携を強め、台湾海峡の平和と安定への懸念をはっきりと表明し、日米共同のミサイル防衛網の構築を決めるにいたった。

中国側が現状変更を求めて、最初にとった軍事増強策がそもそもの対立の原因ではあっても、いったん始まった摩擦は仕掛け役がどちらかなど問題にはならない形で過熱しがちとなる。

日中両国間では地政学的に不可避な対立さえ影を広げてきた。同じ地域に二つの同じようにパワーフルな主権国家が存在すれば、必然的にその両国が競合し、対立していくという国際政治の古くて新しい現実である。日本が二〇〇五年春、国連安全保障理事会の常任理事国入りを真剣に目指したとき、中国がものすごい勢いで反対の動きをとったのが、その典型的な実例だった。

日中両国間にはさらに歴史問題なる案件をめぐる対立もある。ここ数年、両国間の摩擦の主題とまで映るようになった靖国問題もその一環といえるだろう。

日本では首相が、あるいは他の一般国民が靖国神社に参拝するか否かは、小泉純一郎前首相が「心の問題」と評したように、戦没者への追悼をどうするかという内向きの命題である。国家にとっては内部の問題、個人にとっては心情の問題である。信仰や礼拝、あるいは精神の問題だともいえる。いずれの場合も日本国としての対外政策や対中政策とは関係がない。

ところが中国はその靖国問題をうまく外交案件にすることに成功してしまった。首相の靖国参拝の是非を対日戦略の人質にとり、外交カードにして、日本側を揺さぶってきた。中国側は日本の現在の首相も、次期の首相も靖国参拝中止を言明しない限り、日中首脳会談には応じないとまで断言してきた。

しかも中国側は日本人の靖国参拝一般を「拝鬼」と呼び、首相ら政治指導者の参拝は「侵略戦争の美化」とか「軍国主義の復活」と断罪する。小泉前首相が参拝のたびに「平和への祈り」や「不戦の誓い」を強調し、A級戦犯の行動を非難することなど、中国側はまったく無視してしまう。日本側で首相の靖国参拝に反対する親中派・媚中派からみても、誤解であり、曲解だろう。

だがそれでも近年の日中関係では中国側の「靖国カード」によって、日本側は翻弄され、たじたじとなってきた。

 

本書では以上のような日中の対立の領域にとくに力点をおいて、第三者であるアメリカの視点も含めながら、中国側の現実や真意を照らし出すことに努めた。そのうえで中国が最近、勢力拡大の活動をグローバルな次元へと広げ、日中関係での一進一退をはるかに超えて、超大国アメリカともせめぎあいを始めたことを報告した。

米中関係の新しい展開では当然、アメリカが中国をどうみるかも焦点となる。日本から、あるいは日中関係からみただけではわからない中国の実像がアメリカを含めての三角測量で、ちょっとでも明確に浮かびあがればと期待した次第である。

 

この本の執筆や編集にあたってはPHP研究所の安藤卓氏、中澤直樹氏、横田紀彦氏らのご指導が貴重だった。実際の本づくりの作業では同研究所の豊田絵美子氏にお世話になった。各氏に感謝の意を述べたい。

 

二〇〇六年十一月

            古森義久