若宮啓文氏が朝日新聞12月25日付朝刊の「風考計」というコラムで、また情緒だけで論理のかけらもない長文を書いています。

その内容を概括すれば、とにかく自分が他者を攻撃する言論は正当だが、その攻撃を受けた側が反論をすると、それはテロや軍国主義とかかわる危険な脅しになる、というのです。自分たちと異なる意見はみな戦前の戦争や侵略を支持し、それらを再現させようとする動きであるかのように断じるのです。
論敵をテロや侵略と結びつける点は「悪魔化」だといえます。英語だとdemonization, つまり同じ民主主義の土俵で民主主義の政策論争をしている相手を軍国主義者扱い、あるいはテロ信奉者扱いするという「悪魔化」なのです。

見出しは「言論の覚悟」「ナショナリズムの道具ではない」となっています。自分の言論に反論してくる言論は「ナショナリズムの道具」だから、けしからんというのです。
 
原文を随時、引用しながら、上記の特徴を具体的に指摘しましょう。『』の中は若宮氏の文章です。

[情緒べたべた、論理欠落]

『「キミには愛国心がないね」 学校の先生にそう叱られて、落第する夢を見た』
『夢でよかったが、世が世なら落第どころか逮捕もされていただろう』
『このコラムで「いっそのこと島(竹島)を韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた』

若宮氏は今回のコラムも自分が睡眠中にみたと称する夢の内容の紹介で始めています。竹島を韓国に譲れという以前の主張も、自分がみた夢だというのでした。

国の外交や主権のあり方を論じている新聞評論を筆者が眠っているときにみた夢を基点にするとは、なんと閉塞的、なんと情緒的な態度でしょう。
この夢では自分が首相の靖国参拝や自衛隊のイラク派遣に反対したから、学校の先生に懲罰を受けた、というのです。そして「世が世なら」その言論での反対のために、自分が逮捕されただろう、というのです。
大新聞の論説主幹の思考としては、あまりに幼稚ですね。

個々人が睡眠中にみた夢の内容にどんな客観的な意味があるのでしょうか。自分が眠ったときの夢が他人や社会、国家に意味があるというのなら、これはなんとも傲岸不遜な認識です。夢でみたことを他人に伝えて、公的な主張の土台にするという発想は、ただただ自分の情緒をべたべたと広げて、論理のない独善の感情を表明しようという構えにすぎません。

[時代錯誤 いまの民主主義否定]

若宮氏はさらに書きます。
『「戦争絶滅受合法案」というのを聞いたことがあるだろうか』
『長谷川如是閑がこの法案を雑誌「我等」で書いたのは1929年のこと』
『それより11年前、日本のシベリア出兵や米騒動をめぐって寺内正毅内閣と激しく対決した大阪朝日新聞はしばしば「発売禁止」の処分を受けた』
『満洲へ中国へと領土的野心を広げていく日本を戒め、「一切を棄つるの覚悟」を求め続けた石橋湛山の主張は、あの時代、「どこの国の新聞か」といわれた。だがどちらが正しかったか』

以上、若宮氏は今回のコラムでも、他の評論でも、とにかく戦前の日本の出来事を材料に使い続けます。いまの日本の政権やその支持派が軍国主義時代の政府や軍部と同じであるかのように虚像を描くのです。
首相の靖国参拝、防衛庁の「省」昇格、イラクへの自衛隊派遣など、若宮氏が反対する日本の動きはみな戦前の軍国主義への道であるかのように、断じるのです。
現在の堅固な日本の民主主義の否定ですね。国民多数の意思で選ばれた民主主義政府が民主主義的な手順で実行する政策も「シベリア出兵」や「満洲への領土的野心」と同列におくのです。いまの日本国民へのこれほどの侮辱もないでしょう。
意図的な「時代錯誤」とでもいいましょうか。

防衛庁が省になることが、なぜ「中国への領土的野心」などと結びつくのか、若宮氏は現代の民主国家・日本の枠内での論理的な説明はまったく示しません。
「キャンディを一つでもなめると、糖尿病になって死ぬぞ」と他人を脅すのと同程度の論理性です。

[存在しない悪魔を創り出す論敵の悪魔化]

若宮氏はいまの日本には悪魔が跳梁するように書きます。

『現代の世界でも「発禁」や「ジャーナリスト殺害」のニュースが珍しくない。しかし、では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる』
『靖国参拝に反対した経済人や天皇発言を報じた新聞社が、火炎ビンで脅かされる。加藤紘一氏に至っては実家が放火されてしまった。言論の風圧をねらう卑劣な脅しである。気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言を浴びせる風潮もある。つい発言を控える人々は少なくない。この国にも言論の「不自由」は漂っている』

火炎ビンでの脅しとか放火というのは犯罪行為です。首相の靖国参拝への賛成を表明する側も厳しく非難する卑劣な行為です。しかし若宮氏はいかにも靖国擁護派や自衛隊イラク派遣賛成派が、この脅しやテロの実行犯と同類であるかのように示唆します。これまた論敵の「悪魔化」です。

犯罪には右も左もありません。逆に右も左もあるといえます。同じテロというのなら、近年の日本では右翼よりも左翼の犯罪行為の方がずっと悪質で狂暴で残忍です。若宮氏はしかし「左翼のテロ」には触れません。

[やはり日本という概念がお嫌い]

若宮氏は日本の国家とか国益とか、とにかく日本側のナショナルという概念を斥け、薄め、暗く悪く描きます。今回のコラムに限られない特徴です。
今回はとくに竹島を韓国に進呈すべきだという「夢」を改めて述べて、次のように書いていました。

『--「砂の一粒まで絶対に譲れないのが領土主権というもの」などと言われると疑問がわく。では100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権はどうなのか。小さな無人島と違い、一つの国がのみ込まれた主権の問題はどうなのか』

日本は韓国を併合したのだから、竹島を韓国に占拠されても文句を言うな、と述べているのです。日本の韓国併合がまったくの違法な「力ずく」だったのか。たとえそうでも、若宮氏のここでの主張は、100年前に不当な行動をとった国は、その相手からなにをされても未来永劫に受け入れねばならない、と述べていることになります。
日本は韓国を併合しても、それを返還しました。それでも韓国は永遠に日本の主権を踏みにじり続けてよいのだ、というこの屁理屈こそが若宮コラムの真髄でもあるようです。
こうした屁理屈には、日本側の立場や利害に立脚して、国際情勢を考えるという思いはツユほども感じられません。
「日本」という概念が好きではない、と思わざるをえません。

若宮氏はいまの日本には存在しない軍国主義とか全体主義など戦前の事例を持ち出さずには、自分たちの主張の正当性を語れないようなのです。民主主義の基盤を十分に尊重して持論を述べる論敵たちに対しても、その相手をテロや侵略と結びつけて悪魔化しないと、自分たちの主張をうまく展開できない、というふうなのです。

若宮さん、どうですか。たまには日本のいまの民主主義を認めて、いまの民主主義体制内での政策論を展開してみたら。