アメリカの新議会が1月はじめ、幕を開けました。
民主党が久しぶりで多数を占める議会です。
この議会は日本にとってなにを意味するのか。
議員たちの日本への態度はどうか、知識はどうか。
親日議員はだれか、反日議員はだれか。
いずれも日本側でよく提起される疑問です。
この点について報告したいと思います。
雑誌SAPIOの最近号に私が書いた記事からの抜粋です。

アメリカの新議会のスタートとともに、「議会や政府では親日派が減って、反日派が増えるのでは?」という観測が日本側のあちこちで語られるようになった。議会のメンバーのこれまでの日本や日米関係に対する姿勢が全体として「反」方向に変わるだろう、という予測でもある。結論を先にいえば、こうした観測はやや皮相かつ短絡だといえよう。

 まずアメリカの議員の色わけをするにあたっての「親日」「反日」という区分が誤解を招きやすい。とくに「親日」という言葉には、アメリカ政治の現実からやや離れた思いこみがにじんでいる。極端な表現をすれば、アメリカの議会にも、政府にも、親日派というのは存在しない。親日というのは、普通の意味で日本に対し好意を抱いている、あるいは日本が好き、ということだろう。

親日議員というと、その政治言動も日本への好意や好感情に基づいて展開する政治家のイメージがわいてくる。だが残念ながら、そういう議員はアメリカ連邦議会にはいない。単に日本が好きだから、議会での立法活動もそれに合わせるというのでは、アメリカの議員としては失格である。

 その一方、日本を大切に扱い、日本との同盟を重視することが自国の国益に資すると考え、その考えに合わせた言動をとるアメリカ議員は存在する。そうした議員の活動を表面だけでみれば、親日と映るかもしれない。だがそれら議員の思考としては、あくまでの自国の国益が最優先の指針なのだ。

 同時に知日派の議員も存在する。日本に在住したことがある。留学したことがある。あるいは学術研究の対象としたことがある。そういう経験から日本についての知識や理解が豊かな議員たちである。だが単純な意味での親日議員がいないとの同様に、知日派だからいつも日本にとって好ましい政治の選択をするわけではない。

 

 こんな前提条件を強調したうえで、アメリカ新議会を改めてみまわすと、まず「親日派」が後退したように感じる最大の理由は、一九九八年から下院議長だった共和党のデニス・ハスタート議員が議長ポストを降りることであるのに気づく。ハスタート議員は一九七〇年代に日本の大阪に在住し、英語を教えた体験があり、それ以来、日本には親しみを示すことが多かった。たとえば二〇〇三年に北朝鮮に肉親を拉致された横田早紀江さんら「家族会」の一行がワシントンを訪問して、ハスタート議長を訪れたとき、同議長が「よくいらっしゃいました」などと、日本語で挨拶をしたという話は広く知られている。

 ハスタート氏が下院議長として法案の審議や公聴会の開催のプロセスで日本を重視し、対日同盟を堅持する姿勢を保ってきたことも事実である。同氏が議長から一議員になったことは、日本を重視するパワーも減るということだろう。

 しかし上下両院にはなお日本との関係を大切にする議員は少なくない。共和党にそうした議員が多いのは、共和党のブッシュ政権がそうした日本重視政策をとっているからだといえよう。上院共和党サム・ブラウンバック議員も、とくに拉致問題で日本への同情や理解を長年、示してきた。公聴会や記者会見にのぞむ姿勢も日本の人道上の苦痛に十二分に配慮するという構えだった。同議員は日米関係全般をも重視し、日本をいつも前向きの表現で語っている。なおブラウンバック議員は二〇〇八年の大統領選挙への出馬の意欲をもちらつかせている。

ハスタート、ブラウンバック両議員のような共和党保守派の政治家たちは、みな日米同盟をきわめて重視する。同じように安全保障政策から入ってきて、日米同盟堅持の重要性のために日本を大切にすべきだという立場を鮮明にするのは、共和党上院議員のジョン・マケイン氏である。同議員は二〇〇八年の大統領選挙での共和党側の最有力候補とされる。

民主党側でも日米同盟保持という点ではコンセンサスに近い支持がある。日本をよく知っており、日本について語ることの多い政治家といえば、上院のジェイ・ロックフェラー議員である。一九八〇年代から九〇年代にかけての貿易問題では日本を非難することも多かったが、安保面では一貫して対日同盟の紅葉を説いてきた。こうした面での上下両院議員たちの対日観について、議会調査局のベテラン専門官のラリー・ニクシュ氏は次のように語った。

「いまの議会には議員の賛否両論を激しく分けるような切迫した日本関連の摩擦案件がない。だから議員たちの間でも『親日』か、『反日』か、というような単純なレッテル区分はつけがたい。一九八〇年代の日米貿易不均衡、日本のFSX(次期主力戦闘機)問題などがその実例だった。日米貿易摩擦では日本の製品やマネーのアメリカへの流入に対し、日本を非難して、その規制にあたるか、あるいは日本市場の閉鎖性を非難して、懲罰的な措置をとるか、それとも安保面での日本の重要性を考慮して、そうした反日政策を自制すべきかどうか、である。だがいまは議員たちの意見が明確に二分されるという日本関連のケースはない」

日米貿易摩擦のころでも、アメリカ側の議員たちは地元選挙区が日本との貿易競争で被害を受けた鉄鋼企業とか自動車産業を抱えていれば、積極果敢に日本非難を表明していた。

日本の経済進出のために雇用が脅かされるという米側の労働組合も伝統的に民主党支持である。だから労組に日本非難が強ければ、その労組に支持された民主党議員たちは「反日」の立場をとるわけだ。

 だがこの種の摩擦がほとんどない現在、民主党議員たちの「反日」も大幅に薄まったといえる。好例は民主党の大ベテランのダニエル・イノウエ上院議員である。イノウエ議員は日系米人であるにもかかわらず、貿易摩擦で米側一般に日本非難の風潮が強かった時期は、単に日本に冷たいだけでなく、積極的に日本の「不公正貿易」などの糾弾の先頭にも立った。日本の市場閉鎖性などへの激しい非難をむしろ他の米側議員よりも早く、強く表明することが多かった。

 ところが最近ではイノウエ議員は日本大使館との交流にも快く応じ、日米関係の緊密化のために、多様な領域で日本への建設的な提言さえするようになった。九〇年代後半まではまったくそうした対日姿勢はうかがわれなかったのである。

 最近のイノウエ議員とは対照的に、同じ日系米人の議員でありながら、いまの議会では珍しく、はっきり「反日」と呼べるような言動をとるのは下院民主党リベラルのマイク・ホンダ議員である。同議員は日本の「従軍慰安婦」への賠償要求や第二次大戦中の米人元捕虜の強制労働への補償要求など、日本の政府や大手企業を相手取っての訴訟をプッシュする法案や決議案を次々に出してきた。選挙区のカリフォルニア州サンノゼ地区には中国系住民が多く、そこからの圧力で日本非難の動きへと走っているようだ。

一方、共和党でありながら日本関連のケースで唐突に、あるいは散発的に日本を糾弾してきたヘンリー・ハイド下院国際関係委員長の軌跡もおもしろい。ハイド議員は共和党保守派であり、日本との安全保障関係の強化にも積極的なのだが、小泉純一郎前首相の靖国神社参拝には控えめながら、留保をつけた。なるべくなら参拝しないほうがよい、という意見だった。この一点だけで即「反日」と断ずるのは不正確だが、八十二歳のハイド氏が第二次世界大戦で日本軍と戦った体験があることも大きな要因のようだった。

 しかしハイド議員は今期でもう引退となった。上下両院の議員の間で日本軍との戦歴ありという人は数年前までなら二十人をも数えたが、いまではこのハイド氏を最後に対日戦争従軍体験者は両院から完全に姿を消すことになるという。

 下院国際関係委員会で日本の首相の靖国参拝をさらに激しく非難したのは民主党リベラルのトム・ラントス議員である。いま七十八歳の同議員はハンガリー生まれのユダヤ系で、アメリカ議会全体でただ一人のホロコースト生き残りである。十代の少年のころ、ナチス・ドイツの強制収容所に入れられ、脱出して一命を取りとめた経歴を有する。

 ラントス議員の靖国非難だけをみれば、日本に対し冷たく厳しいともうけとれるが、人権擁護派の同議員は中国の独裁政権に対してはさらに強硬な非難を明示する。そして日本との同盟関係には無条件の支持を表明するのだ。アメリカの議員の「親日」、「反日」という直線的な色分けが難しいことの例証がここにもある。

 (終わり)