アメリカの二大政党制の特徴はもう日本でもさんざんに伝えられ、語られてきました。
対外政策でも共和党、民主党ではかなり異なることも周知のどおりです。しかしその一方、両党がここだけは共通の歩調で厳守するという基本領域もあります。

では日本に対する政策、中国などを含めてのアジアに対する政策、これは共和党、民主党ではどこがどれほど違うのか。日本としては当然、気になるところです。

共和党の現ブッシュ大統領は対日政策に関しては、日本にとってきわめて好ましい実績を重ねてきたといえるでしょう。
ブッシュ政権の新政策の下に日米同盟は強化され、中国の軍拡や威嚇に対しても、きちんとした日米共同の抑止の対応策がかなりの程度、とれるようになりました。
北朝鮮に関しても、いまでこそ微妙な日米の足取りの乱れがみられるとはいえ、そもそも金正日が日本国民拉致を認めたのは、ブッシュ政権が北朝鮮を正面から「悪の枢軸」と断定し、安保や経済で弱い立場に追い込んだからこそでした。
金正日総書記はアメリカに圧力を受けて、日本からの援助を得ようと、小泉政権の一部にあった日朝国交正常化への望みを利用しようとしたのでしょう。もしアメリカがクリントン政権時代のように、北への融和を続けていれば、日本への北の態度も以前と同じ、突き放しだったはずです。

さて、アメリカではいま早くも2008年11月の大統領選挙に向けての前哨戦が熱気を帯び始めました。共和、民主両党とも主要な候補が出そろいつつあります。
もし民主党が勝てば、アメリカの大統領は8年ぶりにまた民主党にもどるわけですが、いまの共和党政権とはどう異なるのか。日本にとってどんな変化を意味するのか。

このへんを考えた私のレポートを紹介します。
雑誌「SAPIO」の最近号に出た論文を短縮した内容です。



民主党主導議会が暗示する民主党大統領下での日米「冷めた同盟」

 アメリカで民主党が政権をとった場合、対日政策はどう変わるか。その結果、日米関係にはどんな変動が起きるのか――

このシミュレーション的な命題を考えていると、まずいま起きている、どうしても不吉な兆しといえる現象に思いあたる。そう、例の慰安婦問題である。

六十年以上も前に終わった戦争の時代の特殊な環境のなかで起きた軍隊での売春という特異な活動だけを摘出して、現代の環境におき、現代の倫理規準で糾弾する。しかも直接の関与がほとんどなかったアメリカという国

の議会が日本という重要な同盟相手であるはずの主権国家に向かって、反省せよ、謝罪せよ、賠償も考えよ、と命令する。その命令口調には、同盟国の日本との安全保障関係への悪影響、などという危険性への意識や懸念はツユほどもうかがわれない――

こんな実態がいわゆる従軍慰安婦に関する日本糾弾の決議案なのだ。

この決議案を推進する主役は民主党リベラル派のマイク・ホンダ下院議員である。ホンダ議員は初めて下院議員となった二〇〇一年からこれまで合計四回も同じ趣旨の決議案を提出してきた。だが過去三回はこの慰安婦問題決議案はいずれも廃案となってきた。多数派の共和党の議会執行部が日米関係全体の重要性などに配慮して、この決議案を本会議での審議に回すようなことは決して許さなかったからだ。

 

ホンダ議員が慰安婦決議の提出四回目にして初めて、採択への見通しを強めるにいたったのは、ひとえに民主党が共和党に替わって議会の多数派となり、民主党有力議員たちが下院の議事運営の実権を握るようになったからなのである。

「この慰安婦決議案をあまり強くプッシュすると日本側にも反発を招き、日米安保関係に悪影響を及ぼす懸念があると思うが――」

ホンダ議員は二月十五日の下院外交委員会公聴会の開催直前に記者会見にのぞんだ際、アメリカ人記者からこんな質問を受けた。

「そんなことはバカげた話だ」

ホンダ議員はむっとしたような語調でぶっきらぼうに答えた。そして「日米同盟はあくまで堅固であり、慰安婦問題のようなテーマで同盟の基盤は揺るがない」とつけ加えた。この反応にうかがわれるのは明らかに安全保障や同盟関係の軽視の傾向だった。

安倍政権の反発にもかかわらず、下院に出ている日本非難の慰安婦決議案が本会議で採択されてしまった場合、その決議案の「日本軍による若い女性の強制的徴用」を正面から否定してきた安倍首相にとって、横面を叩かれるような屈辱となろう。アメリカへの不信、とくに民主党側への懐疑や憤激はきっと長い間、消えないだろう。日本側の最高リーダーのその種の反感は対米安保関係にも必ずネガティブな影響を及ぼすことだろう。 

立法府の議会はもちろん行政府のホワイトハウスとは異なるが、その立法府での共和党から民主党へ、という多数派の逆転は日本へもすぐに影響を及ぼし始めた、といえるのだ。

 

では二〇〇九年一月に、もし民主党の大統領が就任したら日米関係はどうなるか。

民主党と共和党との間にいくら対外政策の違いがあるとはいえ、日本との同盟関係の保持という基本は変わらないといえる。つまり安全保障面で条約を保ち、アメリカは日本の有事にその防衛にあたるという誓約と引き換えに、日本国内に米軍の基地を保ち、部隊を駐留させて、日本の防衛だけでなく中国や朝鮮半島での紛争の抑止から東南アジア、インド洋方面に向けての安全保障の役割を担うという方針は党派の差を問わず、戦後の長い年月、アメリカ歴代政権にとっての主要政策の一つだった。

だから民主党の大統領が登場しても、日米安保破棄などという事態はまず起きないとみるのが現実的である。問題は濃淡となる。程度の違いといってもよい。

民主党が共和党にくらべて、対外政策では同盟や軍事を重視する度合いが低い、という点はいろいろな場で指摘されるが、いまの民主党主導の議会でその相違を明示する実例とされるのが、下院に民主党主導で出された「アルメニア人虐殺でのトルコ非難」の決議案である。

この決議案は一月末に下院に提出された。一九一五年から数年間に起きた「アルメニア人虐殺」でのトルコの責任を非難し、その非難をアメリカのこんごの対トルコ政策に反映させるという趣旨である。慰安婦決議案と同様、非拘束だった。この決議案が民主党アダム・シフ議員というカリフォルニア州選出の民主党リベラル派によって提出された点も、慰安婦決議と同じだった。

アルメニア人虐殺とはオスマン帝国時代のトルコにより帝国領内少数民族のアルメニア人約百五十万が虐殺されたとされる事件である。欧米の歴史学者の間でも「トルコによるジェノサイド(事前に計画された集団虐殺)」とされ、今回の決議案でもその用語が使われた。

しかしトルコの歴代政府も国民多数派も集団虐殺とは認めず、同決議案に激しく反対する。トルコ現政権はアブドラ・ギュル外相を二月にワシントンに送り、米側の政府や議会に対し同決議案が非拘束とはいえ、採択された場合、トルコ国内の反米感情が燃え上がり、政府としても自国内のインジルリッキ基地などの米軍による使用を禁止あるいは制限すると警告した。

米軍にとってイラクでの軍事作戦やこんごのイランとの軍事対決ではトルコの基地使用を含む軍事協力が不可欠のため、ブッシュ政権や議会共和党勢力はこの決議案への反対を表明するにいたった。しかし下院で多数派を占める民主党側はナンシー・ペロシ議長までが同決議案に賛意を表している。

アメリカ国内では約百四十万とされるアルメニア系米人が団結し、民主党議員に圧力をかけて、虐殺を非難し、トルコの責任を問う決議案をここ二十年ほど一年おきに提出してきた。だがこれまでは議会では共和党多数派に反対され、採択にはすべて失敗してきた。それが昨年の中間選挙で下院ではペロシ議員ら民主党のリベラル人権派が指導権を握ったため、初めて採択の見通しが強くなったのだ。決議採択がアメリカとトルコの同盟関係に危機をもたらし、ブッシュ政権の対イラク政策の大きな障害となる危険が指摘されるようになった。議会でさえ、共和党から民主党へと多数派の座が替わると、これだけの変化が生まれてくるのだ。このへんの構図はいまの慰安婦決議案の土壌とまったく同じなのである。

 

日米両国間では民主党のビル・クリントン氏が大統領になってからの一九九三年以降、日本からはやや距離をおいて、中国に接近するという印象が強かった。とくにクリントン大統領が日本を飛び越えて、中国だけを十一日間も訪問したことは「民主党政権の日本離れ、中国寄り」という読みを日本側に生んだ。

だが必ずしも民主党が親中志向と断ずることもできない。いまの議会で下院の民主党のナンシー・ペロシ議長、トム・ラントス外交委員長らはいずれも中国の人権弾圧を激しく非難してきた。その点ではむしろ反中のレッテルさえ貼られてきた。

 しかしこうした民主党政治家たちに共通するのは共和党とくらべた場合、みな軍事や安保、そして軍事的な結びつきである同盟をやや軽視する傾向がある点である。

この点では同じクリントン政権時代、ウォルター・モンデール駐日大使がニューヨーク・タイムズのインタビューに答えて、もし日本の尖閣諸島が第三国の軍事攻撃を受けた場合、米軍にはその防衛の義務はない、と言明したことが象徴的だった。日米安保条約はアメリカが「日本国の施政の下にある領域」への軍事攻撃には日本と共同で対処する義務があることを明記している。尖閣諸島も中国が領有権を主張しているとはいえ、日本の施政下にある。

 共和党の現ブッシュ政権は二〇〇一年に登場するとすぐにアメリカにとっての尖閣諸島の防衛責務を確認し、民主党との違いを際立たせた。ブッシュ政権は対テロ戦争でもイラク平定作戦でも、日本の安保面での役割拡大を期待し、そのための手段として日本側の集団的自衛権の行使禁止の解除や憲法第九条の改正をも、積極的に賛成し、うながすほどである。この点、民主党は日本が安保面で「普通の国」になることにも、まだ難色を示しがちなのだ。

 歴代共和党政権で国防総省高官だったジェッド・バビン氏らは近未来小説『ショーダウン』(対決)のなかで、二〇〇九年一月にホワイトハウス入りした民主党の女性大統領が中国の大軍が尖閣諸島への攻撃態勢をとっても「中国を刺激したくない」として日米安保条約を発動させることを渋る――というシュミレーションを描いた。日本にとってはあってならない破局のシナリオだが、こうした設定にこそ共和、民主両党の対日本、対アジアの安保政策の相違が表れているといえるようだ。