日本憲法を起草したチャールズ・ケイディス大佐のインタビュー記録の紹介を続けます。
今回の分では憲法第9条にこめたアメリカ側の真の狙いが日本を国家として永久に武装解除のままに抑えつけておこうとしたことだった事実がごく率直に明かされています。

また日本側にこのGHQ版の日本憲法を受け入れさせるために、「脅し」があったことも、率直かつ詳細に語られています。

では以下がケイディス会見の続き、第8回分です。


 

古森 ではケイディス さん、あなた自身の考えでは、憲法第九条の目的というのは、なんだったのでしょう。アメリカ側は第九条の規定を作ることで、一体なにを成しとげようとしたのでしょうか。

 

ケイディス 日本を永久に武装解除されたままにおくことです。ただ自国保存の権利は保有しておく。言いかえれば、日本は防衛用の兵器類以外は、決してなにも持たない、ということです。ひとつの例として、GHQは、憲法草案が内々に承認された後、日本の国会に提出される前に、海上警備隊(後の海上保安庁)をつくることを提案したといういきさつがあります。海上警備隊は小型海軍、あるいは海軍の一部ですが、われわれはそれが憲法の規定に違反するとは考えませんでした。

 

古森 憲法にまったくふれない、自衛の範囲内という解釈ですね。

 

ケイディス 私たちの念頭に(禁止の対象として)まずあったのは、攻撃用兵器でした。これはいまアメリカがサウジアラビアに売ろうとしている兵器の問題にも、いくらか似ています。アメリカはイスラエルに対しては、攻撃用兵器と防衛用兵器の区別は簡単にできる、といつも述べる。サウジアラビアに売却しようとするのは攻撃用兵器ではないから心配はいらない。早期警戒システムとかその他の航空機類はイスラエルの都市を爆撃するような装備はしていない、というようなことです。とにかく当時の日本に関しては、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄させ、武装解除のままにしておく、というのが目的でした。

 

古森 しかし戦争の放棄というアイディア自体は当時すでに全然、新しいものではなかったですね。

 

ケイディス はい、パリ不戦条約の中にすでにありました。一方的な戦争放棄の宣言です。国連憲章の一部もそれをうたっています。

 

古森 さてここで一九四六年二月十三日の、あの有名な会合についてお尋ねしたいと思います。ホイットニー准将やあなたをはじめとするGHQの代表四人と、吉田茂外相をはじめとする日本政府代表四人が外務大臣公邸で顔を合わせた会談です。その時の出席者のひとり白洲次郎外相秘書官が後に述べているところでは、この会談の様子を伝えるアメリカ側の記録は必ずしも正しくない、とのことです。この会談でGHQの憲法草案が初めて日本側に示され、日本側はそれを了承したとされているけれども、実は日本側はここでこうした憲法草案が出されることを事前に知っていた、その内容もかなり見当がついていた、だから驚くことはなにもなかった、というのです。この証言をあなたは正しいと認めますか。

 

ケイディス さあ、しかし日本側出席者はすくなくともとても驚いたような行動をとりましたね。(笑い)この会談後、すぐに私たちアメリカ側出席者は会談の進行状況に関するくわしい覚書を書きました。おもにハッシーが中心となって書いたのですが、もちろんアメリカ側出席者すべてがその書く作業に加わりました。その覚書の重要ポイントのひとつは、吉田、白洲がいかに驚いたかの描写でした。

 

古森 その会談の途中で、ホイットニー准将が、“原子力エネルギーの起す暖”とかいう表現の、原子爆弾を遠まわしにさす言葉を使って、日本側に憲法草案を受けいれさせるよう圧力をかけたと伝えられていますが、これは正確ですか。

 

ケイディス 私たちは憲法草案を日本側に読ませるため、一時、会談の部屋を離れました。その時、それはあくまで草案であり、“これが憲法だ。全面的に受け入れるか、退くか二つにひとつだ”などと言っているのではないということは、日本側に明確に伝えられていました。われわれの草案は確かに、松本氏(国務相)が考えていたこととは、全然、波長が違う。しかしあくまで草案であり、全面受け入れか拒否かという二者択一を迫っていたのではない。この草案に対して日本側からコメントを求めたい、というのが私たちの本来の考えだったのです。

 ということでホイットニー将軍が日本側に“この草案をあなた方に渡して、われわれは一時退席する。あなた方だけでそれをよく読んで討議してもらいたい。われわれは外で待つから、じっくり時間をかけてほしい。われわれは庭で待っている”と言ったのです。私の覚えているところでは、ホイットニー将軍はさらに、“これは基本的な原則を述べたものであり、具体的細部までを決めてしまったわけではない”と述べたと思います。そしてわれわれが庭に出ている時、たまたまその庭園の上をかなりの低空で、B29爆撃機が大きな爆音をあげながら通過していったのです。それは美しい、太陽の光に満ちた日でした。その後、日本側とまた顔を合わせた時、ホイットニー准将が“われわれはあなた方の庭園を楽しみ、あなた方の原子力エネルギーの暖につかっていました”という意味の言葉を述べたのです。

 

古森 その言葉の裏には特別に意図する効果があったようですね。

 

ケイディス さあ、私は彼がさっと思いついたままのことを言っただけだと思いますね。(笑い)なにか特別に含むことがあったとは思いません。

 

古森 原子力エネルギーに関して広島とか長崎とか、そんなことが胸の中にあったのではないでしょうか。

 

ケイディス いいえ、いいえ・・・・・・しかしこの点についてはその後、いろいろな人が大きな問題としてとりあげ、私にも何度も質問してきました。ホイットニー将軍は単にそんな言葉をなにげなく口に出した・・・・・・そう、彼はその日、かなりの病気でした。私は彼がその会談に行かない方がよいと思うくらいの病気で、三十九度ほどの熱があったのです。流行性感冒にかかって、その日、会談に行く直前まで寝ていたのです。でも将軍はその会談を延期はしたくないと考えていた。もし延期をすれば、日本側はきっとその延期になにか特別な動機があると考えたでしょう。将軍の感冒も、外交上の口実だと考えたでしょう。だからホイットニー将軍はそういう事態を避けるためにもぜひ会談に出ようとした。そんな無理をすると肺炎になりかねないと、私は将軍に警告したのだけれど、彼は出席すると言いはりました。だから会合でも彼は気分がすぐれず、調子が極めて悪かった。そんな時に雰囲気をよくするため、彼はなにか軽い言葉でも述べようとして、例の発言をしてしまったのでしょう。将軍自身、冗談のつもりだったはずです。けれども日本側はものすごく真剣でした。憲法草案に対して思いつめた様子となり、白洲氏の言うのとは違って、驚ききっていたので、将軍のその言葉をおかしいものだとは、まったくとらなかったのです。しかしその言葉は脅迫や威圧ではありません。

 それとは別にホイットニー将軍はその会合で日本側に脅しをかけています。あなたも多分、知っているでしょう。将軍は“もしあなた方(日本政府代表)がこの憲法草案を、即座に、われわれと協議せずに、また日本側としての提案もしないで拒否するならば、マッカーサー司令官は今度の日本の選挙で、その草案を直接、日本国民に示し、国民投票によって国民が憲法改正について日本政府に賛成するか、GHQに同意するかを問うことになる”と述べたのです。これがその会談での唯一の威圧でした。しかしその威圧でもなお、ホイットニー将軍は“日本国民に最終的には決定をゆだねよう。もし国民が日本政府に賛意を表すれば、もうこのGHQ草案を固執することはしない。しかしもし国民が日本政府に賛成しなければ、憲法問題はそれで決着しGHQ案が通ることになる。けれどもその前にあなた方にこの草案を検討してもらい、コメントを得たいのです”ということをも、日本政府代表に説明しました。

 そのころはですね、たとえばマッカーサー元帥は貴族院の廃止は決めたけれども、参議院をつくることはまだ考えていなかった。けれども日本側から参議院をつくることの提案が出てきたのです。華族制度にしてもそうです。われわれは本来、華族の称号とか特権というのはこんごあらたには与えない、しかしいますでにあるものは本人が生存する限りそのままにしておく、という方針でした。たとえば幣原男爵の華族としてのタイトルは本人が亡くなるまでは、そのまま認めるわけです。ところが日本側が華族制度を一切なくしてしまうべきだ、と提案してきたのです。参議院設立も同様に日本側独自のアイディアです。ホイットニー将軍がその会談で日本側の意見を求めたことには、こうした背景があったのです。憲法草案についても、それにかかわりを持った日本人たちの間から合計三十にものぼる提案が出てきたのを、私たちは記録したことがあります。ただし憲法については日本側はもっと多くの提案や修正要求をすることができたのに、そうはしませんでした。

(つづく)