中国の軍事力増強についての報告を続けます。
主体はアメリカ政府の情報や分析の紹介です。
今回は「結び」であり、中国の大軍拡の意味とは一体なんなのか、とくに至近距離にある日本はその軍楽をどう判断すべきか、などについて書いてあります。

以下がその私の論文の最終部分です。

 これまで国防総省作成の二〇〇七年度「中国の軍事力」報告書の要点を紹介してきたが、そこに浮かびあがるのは、経済の高度成長で総合的国力を強めた中国がその新たな国家資源の主要部分を軍事力の増強へとひたすら投入している姿である。
 その軍拡は核兵器をはじめとして、空軍や海軍、ミサイル部隊など軍事の全域にわたるといえるだろう。ハードウェアの増強と同時にその兵器類を駆使する戦略にも重大な変化が生まれてきた。とくに中国の核戦力にそうした変化が顕著のようである。

 

この中国の核戦略の変化について、国防総省の「中国の軍事力」報告書とタイミングを一にして注目すべき研究結果が公表された。

アメリカ陸軍大学の戦略研究所が五月中旬に発表した「中国の核戦力」と題する研究報告である。同報告書は中国軍が最近、核兵器に関する戦略を大幅に変えつつあるとして、次のような諸点を指摘していた。

▽中国軍は年来の「核先制不使用」の方針を変える兆しをみせてきた。

▽中国軍は日本を射程内にとらえる弾道ミサイルに核と通常の両方の弾頭を混在させるようになった。

▽中国軍は米海軍の機動部隊に核と通常両方の弾頭装備の弾道ミサイルを使う新作戦を立て始めた。


 以上の諸点は「中国の軍事力」でもさまざまな形で触れられていた。しかし陸軍大学の報告は中国の核戦力に焦点をしぼっての研究である点にまた別の価値がある。だからその内容をもう少し詳しく紹介することとする。


 この「中国の核戦力」の報告書は陸軍戦略研究所の元所長で現在はアメリカ議会の超党派政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員を務める中国軍研究の権威ラリー・ウォーツェル氏により作成された。同研究所の支援で書かれた同報告書は四十二ページから成り、「中国の核戦力=行動・訓練・ドクトリン・指揮・管制・作戦計画」と題されていた。

 同報告書は中国人民解放軍国防大学の最新の戦略教典「戦役理論学習指南」など一連の文書にアメリカ当局の情報などを加えた資料を基礎としたという。


 報告書はまず中国がアメリカを最大の潜在脅威だとみなすという基本の戦略認識を強調していた。中国がアメリカを脅威とみるのは、アメリカの軍事能力の強大さと、アジアでの安保政策が理由だという。アメリカがいまのような強大な軍事力を誇り、しかもアジアでは日本などと同盟関係を結び、軍隊を常駐させ、台湾の安全保障にもかかわるという政策を保つ限り、中国が軍事パワーを拡大し、アジアでの影響力、支配力を強めれば、不可避的にアメリカと対立し、衝突していく、という認識である。


 中国はそのアメリカとの衝突のシナリオのために人民解放軍戦略ミサイル部隊の「第二砲兵」を中心に米軍との核戦争をも想定し、ことに最近、核と通常の戦力の相互関係を主に弾道ミサイルの機能にしぼって再考し始めた。同報告書はそう分析するのである。

 
 同報告書は中国が最近、年来の「核先制不使用」の方針を変え始めた、という重大な指摘をも明らかにした。

「核先制不使用」というのは、局地的な軍事衝突でも、全面的な戦争でも、核兵器は敵より先には使わないという誓約である。相手側から核攻撃を受けたときだけ、初めて報復として核兵器を使う、という方針である。

東西冷戦の間はソ連がその「核先制不使用」を言明し、アメリカ側にも同調することを再三、求めていた。ソ連は当時、欧州で非核の通常戦力では圧倒的に優位に立ち、アメリカ・西欧側との全面戦争になっても核兵器を使わないで勝利できると計算したからだった。

しかしアメリカはそれに応じなかった。いざ戦争となれば、自国側がさきに核兵器を使う可能性を否定しなかったのだ。その姿勢が戦争自体への抑止になるという狙いもあった。

 
 中国の場合、アメリカやソ連にくらべれば、核戦力は決定的に弱く、もし戦争となっても核兵器使用は自国が滅びるときの相手への最後の死を覚悟しての報復のみ、という思考だった。だから核は先には絶対に使わないと宣言した。戦争が起きても、あくまで核をつかわない通常戦闘だけ、という言明だった。それが自国の対外軍事戦略にも合致していた。

ところが中国はここにきて、その年来の「核先制不使用」を変え始めたようだ、と米陸軍大学の戦略研究所の報告書は伝えるのである。

 
 同報告書はその理由として米軍が通常兵器の性能を高め、非核の第一撃で中国側の核戦力を破壊し尽くす能力を高めてきたことをあげていた。これまでは中国側が非核の戦争を始めても核戦力の一部は必ず最後の報復として温存され、その展望が相手に戦争に踏み切ることや、核攻撃をかけることを、ためらわせる抑止効果を発揮するという読みだった。

だが非核の攻撃で中国側の核戦力がすべて破壊されてしまえば、核の報復力は消えて、抑止効果を発揮できないということになる。それなら核兵器はこちらが先に使うこともあるという可能性を表面に打ち出しておいたほうが有利だろう。そんな理由づけだというのだ。ただし同報告書も中国当局が年来の「核先制不使用」の方針を公式に破棄したとは述べていない。変化の兆しがある、というだけである。


 もっともこの「核先制不使用」の方針は実際には虚構だとする趣旨の発言は、中国軍の幹部から非公式にはすでに述べられてきた。中国の国防大学の院長だった朱成虎将軍の「台湾有事で米軍が中国を攻撃すれば、通常兵器での攻撃でも中国側はアメリカ本土に核ミサイルを撃つ」という発言である。

 

 同報告書はまた中国の核戦略の危険な側面として「核弾頭と非核の通常弾頭とを同じクラスの弾道ミサイルに装備し、たがいに近くに配備して混在させる傾向がさらに強くなった」という点を指摘した。

その危険性とは最悪の有事の際、アメリカ側が中国側から発射されたミサイルが核か非核か判定できない確率が高まり、事故のような核戦争を起す可能性が強まることだという。米軍の場合、核弾頭装備のミサイルと非核弾頭装備のミサイルとはクラスをあえて別にしている。このミサイルならば弾頭は非核だけ、あるいは核だけ、と区分しているのだ。ところが中国軍はその区別をあえてつけず、核と非核の弾頭を一個ずつではあるが、同じ種類のミサイルにあれこれ混ぜて装着する傾向をますます強めてきた、というのである。

 
 同報告書は中国軍が核と非核の弾頭を混在させている比率がもっとも高いのは中距離ミサイル(MRBM)のCSS5だと指摘する。前述のように中国が約五十基を配備するこのミサイルは射程千八百キロ、DF(東風)21とも呼ばれ、とくに日本の要衝や沖縄の米軍基地に照準を合わせて配備されているのだという。

 同報告書はその点について次のように警告していた。


 「中国軍はこの機動性のある中距離ミサイルCSS5を日本の要衝や沖縄の米軍基地への脅威として現在よりも多く必要としている。日米側はその増強に注意し、対応策を考えねばならない」

 報告書はさらに中国軍が米海軍の空母を中心とする機動部隊に対し核、非核両方の弾頭を装備した弾道ミサイルで攻撃をかけるという新戦術を実行する能力をほぼ保持するにいたった、と記していた。

もし中国が台湾に軍事攻撃をかけたとすれば、アメリカが軍事介入し、台湾の防衛にあたる可能性はなお高い。中国にすれば、この米軍の介入の可能性こそ、台湾問題への対応での最大の軍事障壁であろう。もしそんな事態が起きれば、台湾海峡に向かってくる最初の米軍部隊はまず第七艦隊の空母を中心とする機動部隊であろう。
 中国軍としてはこの機動部隊をどう阻止するかが最大の課題となる。これまでの中国側の作戦としては潜水艦による阻止、あるいは空軍部隊による攻撃などのシナリオが語られてきた。

ところが同報告書によると、中国軍は実は弾道ミサイルによるアメリカ機動部隊の制圧、あるいは撃滅の能力開発を長年の目標としてきた、というのである。そのためには中国は弾道ミサイル用の個別誘導複数目標弾頭(МIRV)技術をも開発中だという。

 

 このように中国がアメリカに対して正面から挑むような形で軍事力を大増強するという構図は日に日に鮮明となってきた。とはいえ軍事力の比較ではアメリカがまだまだ圧倒的優位に立っていることは変わらない。

 しかしアメリカ側のそうした従来の認識に突然、水をかけたのが二〇〇六年十月の日本近海での出来事だった。その海域をゆうゆうと航行するアメリカ海軍の空母「キティホーク」のすぐそばに中国海軍の「宋」級潜水艦が突然、浮上したのである。空母の側はそんな至近距離までの潜水艦の接近をまったく探知していなかった。戦時ならば魚雷攻撃を受けて撃沈されてもおかしくない異常事態だった。

 この事件は国防総省の「中国の軍事力」報告書にも特筆されていた。アメリカ側が長年の軍事優位を当然視する間に、現実は意外と速いスピードで変わっているのではないか、という警鐘だった。

 

とはいえアメリカ政府が中国の軍事力の増強や拡大をこれほど重視し、懸念するようになっても、もちろん米中関係は軍事だけではない。経済や政治など多様な側面で両国が協力しあうことも、また普通である。しかしその両国の複雑多岐なかかわりあいのなかで、中国の軍拡という要因が投げる影が着実に大きくなり続けていることは、どうにも否定できない現実なのである。(終わり)