しばらく中断していた日本憲法の起草者チャールズ・ケイディス氏のインタビュー記録の続きにもどります。

今回分は戦争放棄などをうたった憲法第9条は一体、だれが発案したのか、などという疑問点に触れています。

では以下が会見記録です。



古森 (日本側が)“もっと多くの要求ができたのに”とはどういう意味ですか。

ケイディス 日本側が憲法草案の変更をもしもっと多く求めても、アメリカ側がそれに反対しなかった、というところがかなりあった、という意味です。

古森 交戦権について、さきに話されたようなところですね。

ケイディス はい。

古森 そうした点に関連して、日本が憲法第九条を受け入れることと、アメリカが天皇の制度や身柄の保持を保証することをからめた取り引きがあったようだ、という推測があります。

ケイディス 私は聞いたことがありません。もし当時そうした交換の取り引きが実際にあれば、私は必ずそれを耳にしたことでしょう。しかしまったくなにもそんなことは聞いたことがありません。

古森 あなたはこれまでのインタビューで、“憲法草案を日本側が受諾しなければ、天皇を戦犯として裁判にかけることもありうる”と金森氏に告げたことを認めた、ともいわれていますが。

ケイディス 私が金森氏にそんなことを言ったというのですか。そんなことはだれに対しても言った覚えはありません。

古森 それではなにかの間違いなのでしょうか。

ケイディス 私は全然、知りません。私が天皇の扱いについて知っているのは、ワシントンからの指令が“こんごあらたな命令がない限りは天皇については、一切なにもしない”とはっきり述べていた、ということに尽きます。だからそんなこと(天皇を裁判にかけるなど)は、考えもしませんでした。

古森 天皇と第九条をめぐっての取り引き、交換条件というのはなにもなかった、というわけですね。

ケイディス そんなことを私たちが検討したことはありません。したくてもできなかった。天皇についてはなにもするなという命令があったのだから、私たちが独自になにかをするのは不可能だったのです。

 さて金森氏に私がなにを言ったかですが、もしなにかを述べたとすればこんなことしかない・・・・・・NATIONAL POLITY というのは日本語でなんていいましたっけね。

古森 「国体」です。

ケイディス そうそう、“コクタイ”です。金森氏は当然、日本の国会で、新憲法が国体を変えることになるかどうか、何度も質問されていました。しかし彼はその質問に答えるのを避け、あれこれと言い逃れをしていました。なんの意味もない答えをながながと述べるだけでした。このことはGHQ民政局の中で、私よりも日本のことをよく知っている人たち、国体についてよく知っている人たちの懸念のタネとなっていました。コルグローブ教授とかサイラス・ビート氏という学者たちですが、彼らは新憲法は国体を変える、と考えていたのです。私は学者ではないので、それがどんなことを意味するのかよくわからなかった。けれども金森氏に対して、“新しい憲法は日本の国体を変える、というのが民政局内の日本専門学者たちの意見です。だからあなたはこんごその質問を受けたら、日和見のような態度をとらず、もっと率直な回答をすべきだ、と私は思います。さもないと極東委員会が結局は新憲法に不満の意を表明することになる、と日本専門学者たちは心配しているのです”と告げました。

 これは天皇の身柄などとは、まったく関係がありません。極東委員会には有名なイギリス人のジョージ・サンサム卿など、日本のことをよくわかる専門家たちがいました。もし新憲法が国体を変えないというなら、新憲法そのものの目標が達成されないことにもなる。帝国主義的な方法をすべて排除するというのが、その目標だったのです。

 いずれにせよ、金森氏に私が言ったことは、これ以外にはなにもありません。その他には私が彼が国会での答弁がうまいことをほめたりもしました。私の自宅には一九五一年ごろ日本の国会の訪問団が持ってきた、金森氏のサイン入りの掛軸がいまも飾ってあります。

金森氏と私とはその後すっかり仲良くなったのです。お互いに好感を持ち合っていたといえます。お互いに率直でもありました。

 そんな背景もあって私が金森氏に天皇の身柄について、そういうことを言うなど、考えられません。そもそもワシントンからのバイブル(命令のこと)があって、天皇に関しては私たちはなにもできないことになっていたのです。

古森 となると、日本政府がGHQの憲法草案をたとえ拒否したとしても、その結果、起きる最悪の事態は、同草案が国民投票にかけられる、ということだけだったわけですね。

ケイディス そうです。

古森 それよりも悪い事態は、なにも考えられなかったのですね。

ケイディス GHQに関してはそうです。でも極東委員会がどうしたかはわからない。とにかくホイットニー将軍が威圧的に言ったことは、それだけなのです。

古森 さてもう一度、確かめたいのですが、憲法第九条がだれの発案なのか、あなたはわからない。それを確定するための情況証拠も、あなたはとくに持っているわけではない。そういうことですか。

ケイディス まあそうですね

古森 発案者は幣原、マッカーサー、天皇のいずれかである、という以外にはなにも言えない。

ケイディス そういうことです。当然、数多くの人たちが、こういう戦争放棄というようなことを考えていました。天皇は神格化否定の宣言をして、世界中の新聞や世論から歓迎を受けたのですが、その時、私はホイットニー将軍に、“天皇が『平和主義に徹して』と言っているけど、これは具体的になにを意味するのでしょう。軍縮でしょうか、武装解除でしょうか。将軍は天皇がなにを考えているとお考えですか”と尋ねたこともあります。ホイットニー将軍は“わからない”と答えました。私は“GHQが新しい詔勅をだしてこの平和主義のアイディアをもっと進めてみるのも、悪くない。とくに世界世論に与える印象ということでは、とても望ましいのではないのでしょうか”とも言ったものです。だから第九条の考え方は、いろんな起源から発してきた可能性があるのです。私には確実にはわかりませんが。

古森 しかし天皇に限っていえば、マッカーサー元帥に直接考えを伝える機会は、極めて限られていましたね。

ケイディス はい。しかし幣原氏は天皇に会っていました。(つづく)