慰安婦問題もアメリカ下院が日本糾弾の決議を採択し、日本当局はその不拘束声明を事実上、無視して、いわゆる慰安婦問題も当面は自然解消という感じです。
日本のマスコミもほとんどがもう後追いはしないという姿勢のように思われます。

なおこの慰安婦決議案を推進した真の主役である中国系組織については私が日経BPの連載コラムで改めて書いています。日本のマスコミの大多数が取り上げないこの主役の存在はきわめて重要です。下記のリンクで読めます。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/55/

さて、そんな慰安婦問題のフォローアップの過程で、朝日新聞が8月11日の朝刊に掲載した寄稿論文には関心をひかれました。「慰安婦問題」「まず彼女らの名誉回復を」という見出しの長文の論文です。筆者は山梨学院大教授の小菅信子氏、国際関係論と近現代史が専攻の学者だとされています。

この論文の内容にはびっくりしました。「途方もない」という言葉が浮かびました。
日本は自国の過去の行動に対する濡れ衣的な事実無根の糾弾に対しても「事実誤認」だと反論してはならない、というのです。しかも日本の慰安婦は「あらゆる戦時性暴力の国際的なシンボル」だから日本がその加害者の代表として全世界に謝れ、というのです。

その主要部分を紹介し、コメントしていきます。
ちなみにこの論文の筆者の小菅氏は私はまったく存じ上げません。それなりの学術の実績を残された方なのでしょうが、私的な事柄は一切、排して、同氏が公的な場で発表した今回の主張だけを取り上げます。

まず小菅論文の核心部分は次のとおりです。

<<今回の決議に対しては、まずは米議会あるいは国際社会の「事実誤認」をただすことを急務と説く主張もある。慰安婦には心から同情するが、慰安婦問題には日本が一方的に濡れ衣を着せられている部分があるから、まずは正確な歴史認識をとの主張だ。
 しかしながら、たとえ反発や非難を招いても、言うべきことは言わなければならないという心情を優先させてしまうことは賢明ではない。
 われわれがまず留意すべきなのは、慰安婦は、今日、従来の歴史研究の対象の域を超えた存在でもあるという点だ。いまや彼女は歴史上なされたあらゆる戦時性暴力の国際的なシンボルである。踏みにじられた人間の尊厳と権利とを回復することが我々の生きる時代の使命であるから、慰安婦問題は、女性の名誉と人権の回復の問題そのものとして国際社会で認識されているのだ。>>

さあ、よく読めば読むほど、途方もない、恐るべき主張であると感じさせられます。
筆者はアメリカ議会の決議には「事実誤認」があることを否定はしていせん。しかしその誤認を正そうとしてはならない、と説くのです。その理由は「慰安婦問題は従来の歴史研究の対象の域を超えた」からであり、「慰安婦は歴史上なされたあらゆる戦時性暴力の国際的シンボル」だから、だというのです。

まず慰安婦問題がもう歴史研究の対象ではない、などとは、一体、なにを根拠に誰が決めたのでしょう。日本という国家が過去に「軍や政府が女性を組織的に強制徴用して、性的奴隷にした」という非難に対し、「もう歴史研究の対象ではないから、事実誤認を正そうとしてはならない」と、この論文の筆者は述べるのです。

同じ理屈を使えば、南京事件も、米人捕虜問題も、731部隊も、たとえ「日本軍は100万人の中国民間人を一気に虐殺した」などと言明されても、もうみな「事実誤認を正してはならない」ということになりかねません。
そもそも過去の出来事が現在に持ち得る意味を考える際に、その歴史上の出来事の「事実誤認を正してはならない」というのは、近現代史を専門とする学者の立場たりうるのでしょうか。

さらにこの論文の看過できない最も重大な主張は「慰安婦が歴史上なされたあらゆる戦時性某暴力の国際的なシンボル」だと断じる点です。
この理屈に従うと、日本の慰安婦はいまダルフールでスーダン政府や中国の直接、間接の支援を得てなされる大量虐殺のなかの集団レイプのシンボルでもあるわけです。
ソ連軍将兵が旧満州で日本人婦女を傍若無人に強姦したことも、日本の慰安婦問題が象徴しており、日本がいま謝罪をする理由の一つになる、というわけです。米軍が占領下の日本で実行させた軍隊用の組織的セックス奉仕も、同じ米軍がベトナムで行った売春買春の行為も、そして韓国軍がベトナムで実行したセックス徴用も、みな日本の慰安婦問題に総括されることになります。
そして、その慰安婦に対しての加害者とされる日本国が「歴史上なされたあらゆる戦時性暴力」に対し、責任を感じ、謝罪をするべきだ、という理屈になってしまいます。
いまの日本の政府や国民が慰安婦について謝るだけでなく、日本人女性を強姦したソ連軍将兵にとってかわって、その日本女性たちに謝る、ひいては、ダルフールでいま強姦されている現地女性たちにも日本国が謝る、という病的な理屈になってしまいます。

日本は「歴史上なされたあらゆる戦時性暴力」に責任を負わねばならないほど、邪悪な、劣等な、特殊な国なのでしょうか。

「途方もない」と冒頭に書いたのは、以上の理由によります。

さらに小菅氏は安倍首相に対し、「日本軍の関与を認めた河野談話の継承を内外に示すことである」という対応を勧告しています。
しかしアメリカ議会は慰安婦問題では「河野談話の保持では不十分」だという立場から出発して、日本糾弾を打ち上げているのです。マイク・ホンダ議員は河野談話での日本の謝罪では真の謝罪になっていないとか、公式の首相の謝罪ではないと断じています。河野談話ではダメなのです。この点にも「慰安婦問題」の邪悪性がひそんでいます。

ちなみに小菅氏はホンダ議員が決議採択の直後に最初に謝意を表明した在米中国系団体「世界抗日戦争史実維護連合会」が果たした役割をどう考えているのでしょうか。この抗日連合会が日本の国連安保理常任理事国入りへの反対運動を中国当局と連携してグローバルに展開し、4200万人の反対署名を集めたと宣言していることを、どう位置づけるのでしょうか。

朝日新聞は今回の慰安婦決議案の提出から採択までのプロセスの報道で、これほど歴然としている中国系団体への言及をまったくしていません。