アメリカ議会の下院外交委員会がアルメニア人虐殺に関してオスマン・トルコ帝国を非難する決議案を僅差とはいえ、採択したことはすでに産経新聞でも、このブログでも伝えました。
このアルメニア決議案は(1)遠い過去の出来事を現代の基準で判断し、非難している(2)アメリカ議会の民主党議員が主体となっている(3)過去の出来事を理由に結果としてアメリカの現在の重要な同盟国を非難している(4)非難される側の政府はきわめて不快だという反応をみせている(5)アメリカ議員の一部が自らを道義的に勝手に高所において、他者に説教をするような姿勢をとっている――などという諸点で慰安婦問題で日本を糾弾した決議とよく似ています。

もちろん差異も多々あります。
その最大の一つはアメリカ政府がアルメニア決議案に対しては、激しい反対を表明し、議会にその決議案の採択を断念するよう説得しているのに対し、慰安婦決議案では、そんな言動はまったくみせず、むしろ議会民主党に同調する態度をとった点でしょう。
またトルコが官民一致で激しい反発をみせたのに対し、日本側では国内がそれほどの団結はなく、むしろ慰安婦決議を歓迎する勢力も存在する点も、差異の一つです。

とにかくアルメニア決議案はこんどは下院の本会議で採択される見通しとなっていました。ナンシー・ペロシ下院議長も早い時期に本会議で表決する意向を述べていました。決議案の共同提案議員が226人も名を連ねているため、本会議でのスピーディーな採択も確実とみられていました。

しかしその一方、トルコは国をあげて、この決議案の採択に反発し、アメリカ議会下院本会議がもし採択をするならば、トルコとアメリカの同盟関係にも重大な悪影響が出ると警告しました。具体的にはいまのアメリカのイラクでの活動にとって、超重要なトルコ国内の軍事基地の米軍による使用を禁止してしまう可能性が指摘されました。トルコ政府は実際に、下院での同決議案採択後、すぐにアメリカ駐在のトルコ大使を本国に召還しています。アメリカへの抗議の第一歩でした。

さてその後の展開として、おもしろいことに、アメリカ議会に大きな変化が起きたのです。トルコの強硬姿勢におびえたように、この決議案への反対議員が次々と出始めたのです。これまで共同提案者として名前を連ねていた民主党議員のなかでも、自分の名を撤回するという人たちが一気に10数人も出たのです。
そしてペロシ議長の態度も変わりました。

どうやらアルメニア決議案は下院本会議で採択される見通しは、一気に遠のいてしまったようです。ひとえにトルコ側の断固たる反発のせいだといえましょう。ブッシュ政権がその反発を懸念して、議会に必死で働きかけたせいでもあります。

下院外交委員長のトム・ラントス議員は、慰安婦決議案でももしこれを通せば、日米同盟に悪影響があるという指摘があったが、実際にはなにも起きなかったではないか、と発言していました。だからアエルメニア決議案を通しても、アメリカとトルコの同盟関係はだいじょうぶだ、という趣旨の発言でした。
ところが実際は違っていたわけです。

このへんの動きを産経新聞記事を以下に紹介します。
慰安婦決議再考という意味をこめています。



【ワシントン=古森義久】米国下院外交委員会が可決したアルメニア人虐殺に関しオスマン・トルコ帝国を非難する決議案は、下院本会議での採決の見通しが17日、一転して遠のいた。トルコ政府の激しい反発が米国のイラクでの軍事作戦に支障を生むという懸念が米議会に一気に広まり、同決議案をこれまで支援してきた議員も十数人がすでに支援を撤回した。

 同下院国防歳出小委員長で民主党の有力メンバーのジョン・マーサ議員は17日、ジョン・タナー議員ら他の民主党議員5人とともに記者会見し、アルメニア虐殺非難決議案への反対を表明し、ナンシー・ペロシ下院議長に今回は本会議での審議や採決をしないことを要請した、と言明した。

 その理由としてマーサ議員は「アルメニア虐殺はあくまで糾弾されるべきだが、現時点での決議案採択は貴重な同盟国であるトルコの猛反発を招き、イラクでの米軍の軍事作戦に必要な空輸物資の74%が中継されるトルコのインジルリク基地が使えなくなって、イラクでの作戦に打撃を受ける」と述べた。

 同決議案は下院全体で226議員が共同提案者として名を連ねてきたが、16日から17日だけでも十数人が撤回した。共同提案者には民主党議員が多く、提案を撤回した一人のアレン・ボイド議員(民主党)は「トルコは1世紀近くも前に起きたことに関して不当に目を突き刺されていると感じており、いまはこうした決議案を通そうとする時期ではないと考えるにいたった」と述べた。

 ブッシュ政権もトルコ政府の強い反対を懸念して、同決議案には明確に反対を表明してきた。

 これを受けてペロシ下院議長は17日、「アルメニア虐殺非難決議案は審議できるかどうか、静観したい」と語った。同議長は16日までは「アルメニア決議案は11月中に必ず審議し、採決する予定だ」と述べていたため、反対の動きをみての後退だといえる。

 決議案は1915年から起きたアルメニア人大量虐殺を公式に「ジェノサイド」(事前に計画された集団的虐殺)と呼び、その悲劇への理解を米国の外交政策に反映させるという内容だが、虐殺をオスマン・トルコ帝国の全責任とし、犠牲者150万人として「ジェノサイド」と断じる点などに対し、トルコ政府が激しく反対してきた。