平沼赳夫議員のワシントンでの毅然とした、そして迫力にあふれる活動には、さわやかな驚きを感じさせられました。脳梗塞から回復したばかりなのに、アメリカ側に対して威儀を正し、断固として、迫力ある抗議や警告の言葉をぶつけていたのです。
この平沼氏の活躍を詳しく報告する前に、全体像を眺めてみましょう。
なおこのテーマは私は日経BPの連載コラムでも取り上げ、報告を書きました。

リンクは、http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/62/  です。

アメリカが「テロ支援国家」リストから北朝鮮を外す、つまり指定を解除する、ことに反対を訴えるためにワシントンを訪問した日本側の合同訪米団は、大きなインパクトを米側に投げかけました。とくに超党派の国会議員団が一つの特定の案件にしぼって、アメリカ側の行政府と立法府に直接、強力な申し入れをするという行動は日米関係の長い歴史でも、まず前例のない珍しい外交活動だといえます。

ワシントンを訪問したのは、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)の飯塚繁雄副代表、増元照明事務局長、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)の島田洋一、西岡力両副会長、そして「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)の平沼赳夫会長、中井洽副会長、西村真悟幹事長、古屋圭司事務局総長、松原仁事務局長代理、馬渡龍治幹事、鷲尾英一郎幹事という合同訪米団でした。

このうち第一陣として11月11日に着いたのは、「家族会」の飯塚、増元両氏と「救う会」の島田、西岡両氏、「拉致議連」の西村氏でした。14日には本隊と呼ぶべき第二陣の「拉致議連」の平沼会長はじめ超党派の計6人がワシントンに到着しました。西村議員は14日に、平沼議員ら残りの6人は16日に、それぞれワシントンを発ち、帰国の途に着きました。

ワシントンでは平沼議員を団長とする6人の無所属、自民党、民主党の議員たちが「家族会」「救う会」の代表とともに、アメリカ側の上下両院議員や、ホワイトハウスの国家安全保障会議、国務省、国防総省、副大統領オフィスなどの担当者多数に面会し、
アメリカ政府が北朝鮮を「テロ支援国家」指定から解除しないよう要望し、もし解除すれば、日本の国民も政府も国会も激しく反発して、日米同盟の根幹に悪影響を及ぼすと、警告しました。

この合同訪米団の活動の成果は大きかったといえます。

第一には、超党派の日本の国会議員たちがきわめて激しい言葉で「指定解除」への反対を米側に直接、伝えたのは初めてだからです。これまで日本側の政府も国会もこの反対を正面からは米側に伝えていなかったのです。それだけに米側の当局者も日本からの珍しい「反対」にとまどい、大きなインパクトを認めていました。

第二には、この「指定解除」が米側がこんごさらに依存をする日米同盟という安保上のきずなを侵食する危険を大統領、副大統領に確実に伝えることができたからです。国家安全保障会議の代表たちはブッシュ大統領に、副大統領スタッフはチェイニー副大統領に、それぞれ、日本側の激しい警告のメッセージを伝達することを約束したそうです。

第三には、アメリカ議会下院にすでに提出された「日本人拉致が解決されない限り、北朝鮮をテロ支援国家指定から解除してはならない」という趣旨の法案の同調議員たちと懇談して、共同闘争を約すことができたからです。この法案の共同提案者は日本側からの働きかけで増えました。デーナ・ローラバッカー下院議員は平沼氏らとの会談のさなかに、「では私もその共同提案者になります」と言明したほどです。

第四には、アメリカ議会上院でも、北朝鮮のテロ支援国家の指定解除を日本人拉致事件の解決にリンクさせる法案が準備されていたことが判明し、ここでも新たな日米立法府間の連携が約束されたからです。サム・ブラウンバック上院議員がこの法案を準備中で、平沼氏らに対し、できるだけ多くの上院議員に賛同を求めて、本会議に提出すると明言しました。すでに賛同している上院議員たちがいることも明らかになりました。

福田康夫首相がブッシュ大統領に対し、この北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除に日本が反対であることを果たして明言したのか。どこまで強く、どこまではっきりと述べたのか。なお不明のようです。
しかし平沼氏らの議員団がアメリカ側の幅広い関係者に反対を伝えたことは明白です。

この合同訪米団の米側への申し入れで一貫して先頭に立ち、言明でも口火を切ったのは平沼氏でした。私も平沼氏がその趣旨の抗議や懸念を伝達し、報告する様子を何回かかいまみて、その熱意と迫力に胸をうたれました。感銘したといえるでしょう。

平沼氏といえば、昨年暮に脳梗塞に襲われ、二ヶ月半の入院を余儀なくされた政治家です。その病からはもうほぼ完全に回復したとはいえ、平沼氏の発声はまだ本格的ではありません。しっかりと耳を傾けないと、聞き取れない場合もある、喉になおひっかかる声なのです。痛々しくひびくときさえあります。しかしいったん、平沼氏が話を始めると、着実に前進します。その言葉の内容はじつにきちんと、明快です。断固として毅然たる、という調子でさえありました。

平沼氏は付き添いに誰もつけず、ただ一人で太平洋を渡る旅に出てきました。身の回りの支度も、すべて自分一人でせねばならないのです。しかもホワイトハウスでも、国務省でも、平沼氏は警備上のチェックを他の一般人ととともに、行列に並んで、順番を待ち、時間をかけて通過していました。本来、自民党の一方の旗頭として経済産業大臣まで務めた経歴からは、特別の扱いを受けてしかるべき大物政治家なのです。

平沼氏は日本人記者を相手の最後の会見でも冒頭で発言し、合同訪米団の活動の総括をきちんとまとめて報告しました。声がよくひびかないことだけが玉にキズの迫力ある発表でした。私は平沼氏のその真摯な姿勢につい平沼氏自身が述べていた言葉を思い出しました。『政治武士道』という新著の「まえがき」で以下のように書いていたのです。

 「政治家は、行動で己の信念を示さねばなりません」
 「行動において信念を貫いてこそ、政治家と呼ぶに値する」   

普通の政治家が述べれば、うわついてしまう、こうした言葉も、平沼氏に限ってはワシントンでの言動の軌跡にしっかりと裏づけられているように感じた次第でした。

下の写真はワシントンでの平沼赳夫議員の姿です。滞在先のホテルでほんの一瞬、くつろいだところでした。
焦点がぽけたのは撮影者の責任です。