守屋武昌前防衛事務次官の国会での証言が波紋を広げています。
守屋氏は11月15日、参議院の外交防衛委員会で以下のような趣旨の証言をしました。

「ジェームズ・アワー元米国防総省日本部長が日本に来て、何人か東京・神田の料亭に集まって時、私(守屋氏)が行ったら、そこに宮崎(元伸・山田洋行元専務)さんが来て、それから額賀(福志郎・財務相)先生が来て、額賀先生が最初に帰っていった。一昨年だと思う」

周知のように、守屋氏はすでに逮捕された宮崎容疑者らからさんざんに接待や供応を受けていたことを自ら認めています。その守屋、宮崎両氏との宴席に国会議員の額賀氏が出席していたとなると、別にそれだけで罪になるわけではありませんが、疑惑を生みかねません。民主党は必死で追及しています。

しかし額賀氏自身は「そんな同席の事実は記憶にない」と否定しています。
そこで焦点となるのは、ジェームズ・アワー氏の対応です。そもそもこの会食がアワー氏のために開かれていたというのです。

その後の調査などで、この会食は2005年12月4日に財団法人「国際研修交流協会」が東京・日本橋人形町の料亭「濱田家」で開いたことが判明しました。その直前の同12月1日に同交流協会が主催したセミナーでアワー氏が講師として講演をしたことに同協会側が感謝しての御礼の会食だったそうです。会食の主催は同協会の理事長の幕田圭一氏でした。幕田氏は東北電力の取締役会長です。同協会も11月26日、「この会食には額賀氏は出席していない」という声明を発表しました。

アワー氏も同協会よりは先に「私は記憶する限り、額賀氏といっしょに食事をしたことはこれまで一度もない」と言明しました。守屋氏や宮崎氏と会食をしたことは覚えているが、自分はこれまで日米防衛関係の政策面にいろいろな形で関与はしてきたものの、
企業を代弁したり、企業に雇われたことは、まったくない、とのことでした。アワー氏も守屋証言とは反対の趣旨を証言するわけです。

さてこのアワー氏は私の旧知でもあります。こちらは日本の新聞記者、アワー氏はアメリカ国防総省の日本担当官でした。当初はあくまで取材対象としての知己でしたが、その後の長い期間のうちに個人的な交流もあるようになりました。しかしそのことと、今回の事態とは関係がありません。私はその会食についても、アワー氏の日本での活動についても、まったく知りません。ただしアワー氏本人が額賀氏と一緒に食事はしたことがない、と述べ、軍事関連などの企業を代理することも、これまで皆無だった、と強調していることだけは、その言葉どおりに報告しておきたいと思います。

さて、アワー氏とはどんな人物なのでしょうか。
下が彼の写真です。

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アワー氏のプロフィールは以下のとおりです。
 
1963年、アメリカのマーケット大学を卒業後、米海軍将校に任官、以後、1983年まで海軍勤務、その間、海上自衛隊幹部学校に留学、米海軍大学に学び、タフツ大学のフレッチャー法律外交大学院で博士号を取得する。横須賀を母港とする米海軍フリゲート艦の副艦長も務める。1979年から国防総省の日本部長となり、カーター、レーガン両政権下で同ポストに就いて、日米安全保障関係を担当する。1988年秋からテネシー州ナッシュビルのバンダービルト大学の教授となり、同時に同大学の「日米公共政策研究協力センター」所長となって、現在にいたる。著書には「よみがえる日本海軍」(時事通信)などがある。

そのアワー氏と私がたまたま雑誌SAPIOの最近号で対談をしています。
今回の守屋発言とは直接の関係はありませんが、アワー氏がふだんはどんな活動をしてきたかが、明らかになると思います。
日米安保関係の現状や展望についての対談でした。
以下、その内容を紹介します。


古森義久 私がアワーさんを最初に知ったのはカーター政権の終わりの時期、一九七九年でした。あなたは当時、海軍士官のまま国防総省の日本部長として赴任してきた。それからもう二十八年もが過ぎたわけです。この長い年月、日米安全保障の米側専門家としてのあなたと、日本人ジャーナリストとしての私が論じあってきたテーマは常に日米関係であり、日米同盟でした。いま個人レベルでの回顧をも含めて、そうした過去の両国関係の変遷を振り返ると、日米間の安全保障関係が一つの大きな曲がり角にきたと感じてしまいます。

簡単にいうと、今や日米同盟は揺らぐようになったと感じます。堅いきずなが緩んできた。同盟に暗い影がさしてきた。そういう印象を受けるのです。その理由の一つは、日本が対米安保協力の意味をもこめて実施してきたインド洋での海上自衛隊による給油活動が唐突な形で終わったことです。第二には、ブッシュ政権が北朝鮮の核問題の進展のために、日本の反対を無視する形で、北朝鮮を「テロ支援国家」から外す方向に動いていることです。そしてその背景には、今年夏のアメリカ議会下院による日本非難の慰安婦決議案の採択があります。この決議は日本側で年来、日米同盟を最も強く支持してきた陣営を最も失望させる結果となった。こうした諸要因が日米安保関係を冷めた状態にして、将来の展望にも影を投げていると思います。もっともこういう状態は日本が安全保障でこれまでよりも自立を目指さねばならない、ということかもしれません。

ジェームズ・アワー 日米関係は二〇〇一年から二〇〇五年ごろまではとくに「蜜月」といえる堅固で緊密な状態でした。いま思えば、その期間は古森さんと意見を交換してきた三十年近い年月の間でも、日米関係の最高の状態だったかもしれない。現在は確かにそれより低い水準にあるでしょう。しかし私はなお希望的です。インド洋からの自衛隊撤退にしても、日本の政府が自ら撤退を決めたわけではない。政府は継続を強く望んでいるのに、野党の民主党が反対したからです。しかしなお政府が努力して、新たな立法措置をとり、また給油活動を再開できることに私は希望を抱いています。

北朝鮮を「テロ支援国家」の指定から解除するという話も決まったわけではない。ブッシュ大統領は小泉、安倍両首相とは非常に緊密なきずなを保ち、その状態を福田首相との間でも続けたいと願っていることは間違いない。だから日本の苦しい立場に追い込むような決定は下さないのではないでしょうか。ヒル国務次官補は確かに指定を解除することを示唆はしている。だが最終の権限は大統領にあります。ブッシュ大統領は日本に不利となる形でその種の解除はしないことを私は期待しています。

古森 こうした日米間の問題が起きた際、日本側では慰安婦決議が影を広げ、日米同盟を支える努力への意欲をそぐ形の作用を果たします。

アワー 日本側の同盟支持者たちが慰安婦決議に失望したことは当然であり、よく理解できます。私もまた失望しました。しかし慰安婦決議と日米同盟の間には直接のリンケージはありません。慰安婦決議案は民主党が多数を占める下院で採択されました。民主党は政権を握っているわけではない。現政権を困らせるためという政治的理由でこの決議案を通したといえましょう。そんな決議が日米関係に影響を及ぼすことはないだろうし、あってはならないのです。ただし大統領はこの慰安婦問題での日本側の懸念を十分に意識する必要があります。

古森 日米双方が二国間の同盟を当然視しすぎてきた、という側面もあると思います。

同盟は長い年月、うまく機能し、着実に維持されてきた。最近のアメリカ議会ではアルメニアの虐殺を糾弾する決議案を審議する下院外交委員会では、委員長のラントス議員がおもしろい発言をしました。アルメニア決議案を通すと、トルコが反発し、アメリカの安全保障に重大な悪影響を及ぼすという向きがあるが、日本の慰安婦決議案の例をみるがよい。なにも悪影響は出なかったではないか。だからトルコについても心配することはない。こんな発言をしたのです。

民主党長老のイノウエ上院議員らは『こんな日本糾弾の決議案を通すと、日本が反発して、日米同盟に悪影響が起きる』と主張し、慰安婦決議案に反対していたのです。現実には確かに日本側では表面に出る悪影響はなかった。しかし目にみえない侵食が大きいのです。ラントス議員はその深層での悪影響を無視している。日米同盟の不変な継続を当然視しすぎているということだと思います。

一方、日本側にもアメリカが日本との同盟をいつも重視し、日本側の安保がらみの要請には必ず応じてくれるという当然視の傾向、甘えの傾向があるでしょう。拉致問題でブッシュ政権は必ず、いつまでも日本の立場を支持してくれると思いこむのも、その種の甘えからも知れません。

アワー その点では日米両国がいつも慎重に対応せねばなりません。日米同盟は日本にとっても、アメリカにとっても非常に重要なのです。だから両国ともそれを当然視してはなりません。古森さん、国防次官補などを務めたジョセフ・ナイ氏の言葉を覚えていますか。『日米関係は酸素のようだ。なくならない限り、だれもその価値を意識しない』という意味の言葉です。それに対してラントス議員の発言ですが、彼はすでにトルコの対応については間違っていたことが証明されました。(以下は省略)