日本とアメリカとのきずなは、いかに反米とか反日と呼べる現象が起きてきても、なお堅固で広範です。
アメリカ国民の間でも、日本への興味や善意を抱く人たちはまだまだ多数、存在します。そうしたアメリカ側の日本の関心のシンボルの一つが、全米各地にある「日米協会」でしょう。英語の名称では, Japan -America Society  とされ その名称の後ろに
of Washington DC というふうに都市や地域の名前をつければ、その地の日米協会となります。

その一つに「ワシントンDC日米協会」というのがあります。なにしろ首都の対日友好団体ですから、歴史も規模も影響力も、全米でも特別です。会員は約600人、アメリカ人がほとんどですが、日本という主題のために、アメリカ人高校生の日本語演説コンテストを開いたり、桜祭りの一部に参加するとか、という活動をしています。

ところが首都という場所柄のせいか、このワシントンDC日米協会はアメリカ側の元日本担当の職業外交官の引退者たちに仕切られた感じなのです。資金だけは日本の大手企業が出し、その資金を使っての活動は米側の元国務省外交官がぎゅうじるという観なのです。

こうしたアメリカ人の元外交官たちはみな日本のアメリカの大使館や領事館に勤務し、日本を知り、日本語もある程度、できて、基本的には日本に前向きの関心を抱いてきた人たちといえます。日米関係への貢献も大きかった人たちです。いまも個人レベルでは元気で活発な人たちも少なくありません。そうした元外交官への敬意は表されるべきです。

しかし彼らはもう現役ではありません。いまの日米の交流や友好は両国とも現役の人たちで実際には担われています。日米協会もそうした現役の人たちが本来、運営し、実効をもたらすべきです。それが60代、70代、80代という退役外交官たちが交流組織を支配しているというのが、日米協会の現状のようなのです。そのうえに政治的な党派制とか偏向という問題も潜在しています。

果たして、これでよいのでしょうか。
いまの日米協会が抱える問題の一端について、自分の体験を基に記事を書きました。
以下がその紹介です。
産経新聞12月22日付朝刊のコラムです。


【緯度経度】ワシントン・古森義久 日米交流は「追憶」なのか 

 

 「ワシントンDC日米協会」の夕食会に参加した。12月6日、ワシントン市内の著名ホテルで、だった。参加費はひとり最低275ドル、しかも服装はブラックタイ、つまり男性はタキシード着用と指定されていた。これまでは確かその下に「選択自由」と記されていたが、今回は義務づけなのだ。

 日米協会といえば、日米両国の市民レベルで交流や友好を促進し、日本の文化を広めようという米側の草の根組織のはずである。だから高い参加費も格式ばった服装も、奇異に感じたが、今回は創設50周年記念であり、参加費は寄付になると聞いて、まあ納得した。ただし仕事帰りの参加だからタキシードは勝手に辞退させてもらった。 

 会場に入ると、まず参加者が意外に少ないと感じた。これまで数回、出席した過去の年次ディナーよりも、盛り上がりが低いのだ。後で調べると、昨年の参加は約260人だったのが、今回は50周年記念なのに240人ほどだとわかった。 

 米国側出席者の中核は高齢の退役キャリア外交官が圧倒的に多かった。国務省の日本担当職業外交官として日本に駐在した元公使、元参事官、元書記官たち、たとえば現在84歳のウィリアム・シャーマン元国務次官補代理をはじめとして60代、70代の引退外交官が目立つのだ。この傾向はそもそもワシントンDC日米協会のいまの会長がウィリアム・ブリア氏、理事長がジョン・マロット氏と、いずれも日本を担当した元キャリア外交官だから自然なのかもしれない。 

 しかし驚いたのはこの豪華な会食には米国側の現職議員がただのひとりも加わっていないことだった。普通、この種の2国間の交流の会合には米側の連邦議会のメンバーが顔を出し、格を高める。だが米国にとっての主要同盟パートナーとの交流組織の50周年記念に国政の代表がだれもきていないのだ。上下両院は開会中であり、議員はワシントンにいるのに、なのだ。 

 さらにびっくりしたのはいまの米国政府、つまりブッシュ政権の高官の参加がこれまた皆無なことだった。国務、国防各省など日本担当も含めて部長以上の現職高官はみる限り、一人もきていなかった。日本に最も縁の深い国務省日本部長さえいないのだ。 

 資金面でも米側の比重の縮小が顕著だった。最大の寄付は1団体が1テーブル10人分に6000ドルを払い、うち8人分は自分たちが出席し、協会側が招くVVIP(超重要人物)2人と同席するという仕組みだが、これに応じた3団体のうち米側は1社だけで、あとは日本企業だった。例年は米側が数社になるのだという。 

 次の水準は3500ドルで8人に米側VIP2人を加えるというテーブルだが、これも日本側団体が9社、米側は4社という偏りだった。そもそもこの協会は米側の組織なのに、である。 

 これらの現象は俗にいうジャパン・パッシング(日本軽視)からなのか、それとも日米協会のいまの体質のせいなのか。 

 現状に対して「米国の官民で日本の比重が落ちてきたこともあるが、同協会の現執行部が米側の現職議員や企業への働きかけをあまりしていないことが大きい」(日本企業関係者)とか「VIPにブッシュ政権高官をと協会側に頼んだのに退役の職業外交官を招いてきたのには驚いた」(同)、あるいは「ブッシュ政権の高官と縁がないのはいまの協会を仕切るマロット氏やブリア氏があまりに反ブッシュ、反共和党の民主党傾斜の党派性が強いためだ」(米側民間関係者)というような批判の声も、日米両方の広範な分野から聞かれたことも強調しておこう。 

 確かに夕食会の行事も民主党カラーが激しかった。 

 基調演説が民主党の副大統領だったウォルター・モンデール元駐日大使、乾杯の挨拶がブッシュ政権の運輸長官を務めたとはいえ民主党員のノーマン・ミネタ同日米協会名誉会長、そしてその両氏を紹介するブリア会長もマロット理事長も、ブッシュ政権への熱をこめた非難の言動で日ごろ知られる人たちなのだ。 

 さてマロット氏に見解を尋ねると、まず「議員の姿がなかったのは会期中で多忙のため、どうせ出席できないと判断し、招待しなかったからだ。政府高官はそれぞれに職務遂行中で出席できなかったのだろう」という説明が返ってきた。そして夕食会全体については「日米関係にかかわった人間同士が集まり、家族の再会のようなとても温かい雰囲気のノスタルジックな会合となったので、みんな喜んでいた」と語った。 

 日米間の交流や連帯をノスタルジー、つまり追憶や郷愁でくくるという発想には、思わず戸惑って、つい言葉を失った。