2月5日にアメリカ合計24州で実施された大統領選挙の予備選では、まず共和党側でジョン・マケイン上院議員が同党の指名獲得を確実としました。この時点まで激しく競いあってきたミット・ロムニー、マイク・ハッカビー両候補を各州の代議員獲得数では大きく上回り、共和党全国大会での実際の投票を待たずに、同党の指名候補になるという展望を確実にしてしまったわけです。



5日深夜の指名への「勝利演説」でマケイン議員は自分自身を「つい最近までの負け犬(アンダードッグ)」と評し、「やっと後ろから他の候補たちに追いついた」と語りました。自分自身への支持も「thick and thin」(濃かったり、薄かったり)と表現し、聴衆の爆笑を誘っていました。
Cindy McCain

マケイン氏の大統領選への出馬は、それほど波乱に満ちていたのです。数ヶ月前には共和党内でも、一般有権者の間でも、支持率がどんどん落ちて、もう選挙戦から脱落するとまで観測されていました。
その同じマケイン氏がなぜいま事実上の共和党の最終候補となってしまったのでしょうか。

第一にはマケイン人気を低くしていたイラクでのテロ攻撃がすっかり減ってしまったことでしょう。
マケイン氏はイラクのサダム・フセイン政権を軍事手段で打倒することを強く主張してきました。米軍がフセイン政権を打倒し、アルカーイダのテロ攻撃や各宗派間の軍事衝突が激しくなってからは、米軍の増派をこれまたきわめて強く、明確に、主張しました。
この主張は皮肉ではなく、ブッシュ大統領より強いくらいでした。
この米軍増派の結果、イラクでのテロ勢力は大きな打撃を受け、テロ攻撃が大幅に減ったことは周知の事実です。宗派間の争いもスンニ派の米軍への協力で、すっかり少なくなりました。少なくとも当面はマケイン氏の主張が正しかったという状況が生まれているのです。

第二には、共和党の他候補たちが一般選挙での知名度や魅力に欠けるということでしょう。
多数の候補がひしめいた共和党の指名争いで、最後まで残ってきたロムニー、ハッカビー両候補とも、保守正統派とはいえ、一般へのアピールに欠けるところがあります。
ロムニー氏はモルモン教徒、ハッカビー氏はバプティストの宣教師と、宗教色が強く、
共和党内の保守主流派には受けても、同じ党内の中道派、穏健派にはアピールが弱くなります。まして共和党以外の無所属層、中立層への魅力はさらに少ないでしょう。
しかしマケイン候補はこの点、知名度が高く、無所属層やリベラル派の一部にさえ、かなりアピールできる魅力を有しているといえます。だから単にロムニー、ハッカビー両候補よりはずっとまし、という要因があったということなのです。

第三には、民主党側の最終候補がヒラリー・クリントン上院議員になる可能性ということでしょう。
クリントン候補はオバマ候補に支持率で肉薄されているとはいえ、なお民主党側の最有力候補です。クリントン候補が最終的に民主党の指名を獲得した場合、共和党側としては、やはり全米的に広く知られたマケイン氏のような候補が必要になるでしょう。
ロムニー、ハッカビー両氏というような、保守主義のお墨付きこそあるけれども、一般からは過激すぎる保守とみなされがちな候補では、クリントン候補には歯が立ちません。
その点、マケイン氏は保守色が濃くない一般層にもアピールする魅力を持っています。
能力はきわめて高いとはいえ、アクが強く、反発する人の多いクリントン候補に対しては、マケイン氏のような大ベテランの政治家をぶつけることが効果的だ、というわけです。

まあ、ざっと、こんな理由でしょうか。
なおマケイン氏がずっと長い年月、同じ共和党内でも保守本流、超保守とされる勢力からは蛇蝎のごとくに嫌われてきた原因や、その最近の変化などを説明した私の産経新聞記事を以下に紹介しておきます。


米大統領選 共和党保守主流派→軟化 マケイン氏に追い風
2008年02月03日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 【ワシントン=古森義久】米大統領選の共和党側の指名争いでジョン・マケイン上院議員が先頭に立つにつれ、同議員に反対してきた共和党内の保守主流派の動きが改めて複雑な様相を呈してきた。マケイン氏は防衛や外交で強固な保守の姿勢を保つ一方、内政、社会の諸課題ではリベラルに近い立場をとってきたことが共和党内に屈折した反発を生んできたからだ。

 マケイン氏は共和党の有力上院議員として外交や安全保障では防衛力の増強や同盟関係の重視、民主主義の拡大など保守主義的政策を一貫して主張してきた。イラク問題ではブッシュ大統領よりも強くフセイン政権への軍事攻撃を唱え、米軍の増派を求めた。

 しかしその一方、内政や社会の諸問題への立場表明では共和党内の保守派から「保守主義に反する」として激しく非難されてきた。

 マケイン氏はブッシュ大統領の減税案に2001年と03年の2度も反対し、同性結婚を禁止する憲法修正案にも反対した。02年には選挙資金規制で民主党のファインゴールド上院議員とともに共和党支持の大企業の献金を制約する新法を成立させ、05年には移民問題でも違法入国者の永住を認める法案を民主党リベラル派のテッド・ケネディ上院議員と共同で提案して、保守主流の怒りをかった。

 マケイン氏はブッシュ大統領が任命した最高裁判事に「保守的すぎる」として反対したこともある。こうした反保守、リベラル傾斜のスタンスは00年の大統領選キャンペーンで同氏が現大統領のブッシュ氏を激しく非難したことと相乗して、保守陣営に強い反感を生んできた。

 例えば保守の女性政治評論家として全米で知名度の高いアン・コールター氏は「マケイン氏は政策的には(民主党の)ヒラリー・クリントン(上院議員)と変わらない。私はマケイン対ヒラリーならヒラリーに投票する」とまで言明した。

 しかしここ数日、マケイン氏がカリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事やフロリダ州選出のマルティネス上院議員ら共和党の中道派やリベラル傾斜派からの幅広い支持を得るにいたり、保守本流でもマケイン氏について「基本政策は保守だといえる」(政治評論家ショーン・ハナディ氏)とか「税制について正しい路線を歩み出した」(保守運動指導者グローバー・ノーキスト氏)という声も出るようになった。その背後には共和党側が団結しないと本選挙で民主党候補に負けるという意識があるといえる。

 マケイン氏本人も「保守」の過去の実績を強調し、リベラルとみなされる主張を再度釈明して、後退させるようになるとともに、昨年は参加を拒否した「保守政治行動会議」の2月7日からの年次総会に出席する意向も表明した。