アメリカ大統領選挙でジョン・マケイン上院議員が共和党側の指名候補となることが事実上、決まってしまいました。
スーパーチューズデー共和党の指名争いで二番手についていたミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事が撤退を言明したことがその直接の原因です。


マケイン議員の人となりや政策、思考については、日本でこれまであまり知られてこなかったようです。たまたま私は「ベトナム」という共通項などから、マケイン氏に早くから接する機会を得て、マケイン氏の外交一般に関する考えや、日本、日米同盟に対する政策についても、聞くことがありました。

マケイン氏の日本に関する知識や友好姿勢は想像以上だといえます。
そのへんのこれまでのマケイン氏の軌跡について産経新聞2月9日朝刊に書きました。
マケイン氏は日米同盟の強化を提唱するとともに、日本が自国の防衛をも強化し、国際的な安全保障面でも積極的に活動することを奨めていました。日本が安全保障面での自縄自縛を捨てて、他の国家並みに防衛努力をすることを訴えていました。いわば「普通の国」への薦め、ということでしょう。

マケイン氏の日本や日米同盟についての発言は他のところでもレポートとして発表しました。以下のサイトです。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/68/

また産経新聞で報じた内容は以下のとおりです。

緯度経度】ワシントン・古森義久 マケイン氏 日本観の軌跡 

           米国大統領選の共和党指名候補には事実上、ジョン・マケイン上院議員が確        定してしまったようだ。 

 マケイン議員といえば、ベトナムについて熱をこめて話してくれたことをまず思いだす。私がワシントン特派員として二度目の赴任をしてまもなくの1989年秋ごろからのことだった。マケイン氏もその2年前に上院議員になったばかりだったが、ベトナム戦争中に5年半も捕虜となり、北ベトナム側のあの手この手のむごい尋問にも屈しなかったことで「戦争ヒーロー」として知られていた。

 私自身もベトナムで4年近くを過ごしていたのでマケイン議員にベトナムについての見解を聞く会見を申し込んだ。すぐ応じてくれて、こちらが驚くほど時間をたっぷりかけ、ベトナム戦争の「大義」などを語った。以後、何度も会見には応じてくれた。その過程でマケイン議員は日本や日米同盟にも強い関心を抱いていることがわかった。

 当時のマケイン氏が述べた日本観や日米同盟観からすれば、今回の大統領選で発表した外交政策での日本に関する見解もごく自然にみえる。安倍晋三前首相の推進した「価値観外交」や「自由と繁栄の弧」への賛同、そして日米同盟の強化も、マケイン氏のそのころ主張と同じ範疇(はんちゅう)といえそうなのだ。

 当時、上院軍事委員会のメンバーとして活動していたマケイン氏は、日米貿易摩擦が激化するなかで米国議会にあいついで出された日本を標的とする一連の貿易関連法案にはすべて反対していた。自衛隊のFSX(次期支援戦闘機)の問題でも、議会の対日強硬派による「日本たたき」の動きを厳しく非難していた。その理由は明らかに安全保障面での米国にとっての日本の効用を重視するからだった。

 ソ連共産党体制の崩壊が明白となった1990年6月、日本側の一部に「ソ連の軍事脅威がなくなれば、米国は日米安保条約を必要としなくなる」という観測が生まれたことを提起すると、マケイン議員は次のように答えものだった。

 「ソ連の脅威が減っても、なくなっても、米国の政権は共和党、民主党の別なく日米安全保障の利害合致の基本的枠組みは絶対に保持すべきだと考えるだろう。議会の貿易問題での対日強硬派でさえ『日米安保は要らない』という意見はまったく持っていない」

 「アジアにはソ連の脅威以外にも日米防衛協力を必要とする不安定や変動の要因が多い。中東やペルシャ湾での異変、朝鮮半島の危機、そして中国の動向などがそれだ」

 だからマケイン議員は日本に対し日米同盟の強化策としての防衛の増強や負担の増加を強く求めた。このころ日本に在日米軍経費の全額を負担することを要求する法案を提出していた。イラクのフセイン政権のクウェート軍事占領への対抗策としての米国主導の湾岸戦争が起きると、マケイン議員は日本の具体的な貢献を求め、なんの行動もとらない日本を激しく批判した。

 「フセインの侵略を阻止する必要は欧州の同盟国も、ソ連も、アラブ諸国も認識し、米国の行動への支援を明確にしているのに、日本だけがその決意が不明だ。日本政府の形だけの支援表明は世界中の軽蔑(けいべつ)と、米国の敵愾(てきがい)心の対象以外のなにものでもない」

 「日本が米国の友邦であること、世界各国との経済的相互依存を続けることを欲するならば、国際国家にふさわしい姿勢をとらねばならない。世界でも最も柔軟な憲法の陰に逃げこんだり、少数の海運労働者の抗議を口実にしたりして、なんの行動をとらないままでいることはもうできない」

 このへんの日本への期待表明となると、「穏健派」という描写が当てはまるとは思えない。

 しかし、当時も日本が防衛力強化の措置をとることや、自衛隊を海外に送り出すことには、「軍国主義の復活」という類の反対論が日米両国の一部にあった。

この点にはマケイン氏は次のように答えていた。

 「日本の軍事大国化説や軍国主義復活説には根拠がない。むしろ逆に私は日本の消極的平和主義の方が問題だと思っている」

 この言葉は当時もいまも、ニューヨーク・タイムズの日本論評社説に象徴されるような日本不信や日本警戒の路線とはコントラストを描く。日本は日米同盟の強化にも、自国の「普通の安全保障」の整備にも、国際社会への安保貢献にも、もっと具体的な行動をとってほしい、という思考だろう。

 もし日本がこうした期待に応じられないという場合のマケイン議員の批判はきっとまた鋭く、険しい言辞となるだろう。「穏健」というイメージとはおよそ異なる姿勢が予測されるのである。