柔道に関するテーマをこのブログで何回か、取り上げてきました。
このブログの主題はアメリカの首都ワシントンからみての政治や安保、外交などですので、柔道というのは奇異に思われるかも知れません。

しかし私が柔道を話題にするのは、柔道が「日本と世界」とか「日本からの対外発信」という主題にかかわるからです。日本で生まれ、育ち、国際社会に広まっていった事物で、柔道ほど全世界に普及したものも、まずありません。日本の事物が国際基準となりうる例証です。

ワシントンでもジョージタウン大学のなかに「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」という大きな道場があって、アメリカ人だけでなく、他の諸国からの男女が多数、日本から発展した柔道の練習に励んでいます。日本の柔道の国際性のまさに縮図です。

この柔道クラブには子供たちもやってきます。アメリカ人の少年少女がほとんどですが、そのなかにはフランス人やペルー人の子供たちも入っています。そんな外国の子供たちが「礼!」とか「始め!」という日本語の号令に合わせて、日本の柔道に没頭する光景は柔道の国際性とともに、「日本」の普遍性をも感じさせます。

しかしこの「ワシントン柔道クラブ」にいつも通ってくる子供の一人にごく最近、悲劇が起きました。夢にも想像のできなかった悲惨な出来事でした。そのことを書いた記事をまず、以下に紹介します。

【外信コラム】ポトマック通信 ある少女の死
2008年02月01日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 日ごろ通う「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」では11歳のクロイ・バッセさんは人気者だった。フランス人の父、ベトナム人の母を持つこの少女は医学者の父がワシントン地区の米国立衛生研究所(NIH)に勤めるため地元の学校に通い、2年ほど前にこのクラブに入門してきた。

 小柄で細身、笑顔が優しいクロイさんは柔道となると、敏速に動き、果敢に攻め、昨年秋に慶応大学選手団を連れて訪れた同大学の朝飛大師範までを絶賛させたほどだった。朝飛師範といえば、日本でも有数の少年少女柔道の指導者である。

 クロイさんは入門当初から技を教えた私にもなつき、遅れて道場に入る私をみると、いつもにっこりと笑い、手を振ってくれた。そのクロイさんが死んだという報はクラブの全員に衝撃を与えた。

 12月末、父親の故郷のフランスの地方に滞在していた彼女は古い湯沸かし装置からの一酸化炭素の中毒で事故死したのだという。悲報が柔道クラブにもたらされたのは新年に入ってからだった。全員がしばらくは黙りこんでしまうほど唐突で残酷な知らせだった。彼女と親しかった米国人の子供たちはやがて声をあげて泣き出した。

 柔道を通じての国際交流にはこんな意外な事態もあるのかと感慨に襲われた。(古森義久)

そのクロイさんは下の写真の右端に写っています。5人の子供のなかで一番、背が高くみえる少女です。この少女が事故死してしまったのです。
なお背後に立っているアメリカ人男性は「ワシントン柔道クラブ」の師範の一人、タッド・ノルス弁護士です。




上の写真は昨年5月、ワシントン近郊のメリーランド州での柔道大会に出場した「ワシントン柔道クラブ」の子供たちの一部です。この大会でクロイさんは3人ほどに勝って、昇級しました。

クロイさんはどういうわけか、柔道がすっかり好きになって、付き添いの父親を逆に引っ張るようにして、クラブに毎週、通ってきました。練習も熱心でした。相手にがっちりと組んで、大内刈、大外刈という技を果敢にかけて、攻めるのです。私も頻繁に稽古の相手になっていました。

日本とはおよそ縁のないクロイさんが日本の柔道に熱中していたのです。
そして普通ならまったくかかわりのない日本人の新聞記者の私とも、組みあって、投げあうという体のぶつけあいまでしていたのです。柔道というきずながそうさせたのです。
これこそ柔道の普遍性、国際性だといえましょう。

クロイさんの笑顔を思い出し、その冥福を祈りながら、そんなことを考えた次第です。