朝日新聞がまた「日本」を忌避し、「日本の国家」や「日本の国益」を悪者扱いしています。
テーマはNHKの国際放送のあり方について、です。

要するに朝日新聞はNHKが海外向けの放送で、日本としての主張をしてはいけない、というのです。
日本の国益を守る主張もしてはダメだというのです。
日本を非難する側、日本を敵視する側の主張をまずきちんと伝えろ、というのです。
あるいは国連の主張が日本の主張よりも優先されるべきだ、というのです。

まさに朝日新聞は「日本」という概念が嫌いのようです。
日本という国家も、その政府も、日本国民の代表機関であるという民主主義の基本、さらには主権在民の原則、あるいは国民国家の主権を認めていないようです。
朝日新聞は日本に関しては、国家や政府は国民とは別の場に立ち、国民の意思を表さず、国民をむしろ抑圧する存在であるかのようにとらえているのです。

しかし現実の民主主義システムでは、国家とは国民の集合体であり、政府とは少なくとも国民多数派の公的代表なのです。「国家は人民を抑圧する機関」だというのは、マルクス主義者の主張でしたが、いまの朝日の主張もそれに似ています。

まず論を進める前に、朝日新聞のこうした年来の志向の背景を詳しく報告した書があるので、自己宣伝も兼ねて、紹介しておきます。
朝日新聞の大研究―国際報道から安全保障・歴史認識まで


では今回の朝日新聞の「日本の国益」忌避について述べましょう。
まず最初は3月25日付朝刊の記事でした。その見出しは以下のようでした。

「国際放送で国益主張を」 古森委員長、執行部に NHK経営委

この「古森委員長」とは、NHK経営委員会の古森重隆委員長(冨士フィルムホールディングス社長)のことです。
たまたま私と同姓ですが、まったくの偶然であり、なんの縁も関係もありません。

記事の要旨は以下のとおりです。

「古森委員長は3月11日の経営委員会で、NHKの海外向け国際放送では『利害が対立する問題については日本の国益を主張すべきだ』と話した」

「同国際番組基準では従来、『国際連合憲章の精神を尊重』とあったのを『日本国憲法および国際連合憲章の精神を尊重』と改定する提案があった」

「古森委員長は『国連憲章には日本などを対象とした敵国条項が入っている。国連憲章の部分については一般的な言葉に変えるべきだ』と発言し、さらに『不偏不党と放送法に書いてあるが、国際放送では各国とも国益を主張する中で国内放送のように満遍なく意見を伝えるという話ではすまない』と主張した」

「古森委員長は『利害が対立する問題については当然、日本の国益を主張すべきだ。日本の意見の発信は覚悟を決めてやらないといけない』とも語った」

さて、以上はいずれも、まともな、国際規範にも沿った常識論ですね。

ところが朝日新聞は以上の古森委員長の見解に対し、すべてけしからんという論陣をはるのです。
まず上記の記事のなかに上智大学の音好宏教授の談として「国営放送的なものに耳を傾ける人は少ない」とか「公正中立なニュース提供が報道への信頼と日本の民主主義の成熟を示すことになる」という意見を入れています。

朝日新聞はそして3月26日の社説で古森委員長をヒステリックに叩きました。

「NHK委員長 国の宣伝機関にするのか」という見出しです。

この表現の大前提には、日本の国家や政府の主張は単なる「宣伝」だという虚構の前提があります。民主主義の原則に従い、日本国民自身が選んだ日本の国家の枠組み、および政府の機構が日本国民の意思や感情を体現しているという現実を一切、否定しています。
もちろん国家や政府の主張がすべて国民多数の意思ではない。しかしそうあることを目ざす公的機構である基本は揺るぎません。

朝日新聞社説は以下のようにも述べます。

「公共放送であるNHKは、国民から集める受信料で運営される。国家権力からの独立を保障し、さまざまな情報を多角的に伝えるための仕組みである。ここが政府の宣伝機関とは決定的に異なる」

さあ、上記の記述でも、おなじみ「政府や国家は国民とは対立状態にある権力なのだ」という前提があります。
実際には国家とは国民の集まりなのです。国民の意思で動きます。民主主義ではそうなのです。しかし朝日はそれを認めません。
朝日流に従うと、政府の発言はすべて「宣伝」であり、政府の発言を伝えれば、それは「宣伝機関」になる。
ところが現実には民主主義国家の政府の発言は対外的には通常は国民(集合体)の発言です。日本の放送局が日本の国民の主張を外国に伝えても、それは「宣伝」だから、いけないというのでしょうか。
では朝日新聞は自分たちの偏った政治主張は宣伝ではないのでしょうね。

朝日社説は次のようにも述べます。
「(海外向けの放送が)日本の政府の主張だけを色濃く反映していたとしたら、だれがその報道を信じるだろうか。日本とは利害が反する国の主張も公正に伝えてこそ、その放送には権威あるものと認められる」

上記の主張も欠陥と偏向だらけです。

日本の海外放送が日本の主張を入れれば、信頼を失う、という暴論です。
現実はむしろ逆でしょう。どの国の海外放送もその国の実態を反映しています。官民を問わず、対外発信では自国の主張を述べています。とくに「報道」ではなく、「解説」とか「訴え」「分析」という方法もあります。

しかもどのメディアでも発する内容は客観性を目ざす「報道」と、主観が入る「論評」とに分けられています。朝日新聞でも、社説では自社の左傾斜の主張を毎日、述べているではないですか。だから左翼の宣伝機関だなんて、失礼な言葉は使いませんが。
NHKにしても国際番組で日本側の主張と、そうでない単なるニュース報道と分けることは簡単なはずです。というよりも、自然に区分されているでしょう。

メディアが外国へのメッセージで自国の主張や事情を伝えると、対外的に信頼を失うというのは、おかしな理屈です。北京放送が中国の主張を伝え、平壌放送が北朝鮮の主張を伝えても、両国が独裁国家であっても、その放送がその国の主張を正確に表明しているという点では放送メディア自体への信頼が失われることはないでしょう。

朝日新聞のこの主張に従えば、日本固有の領土である尖閣諸島も竹島も、NHKでは日本の領土として扱ってはならないことになります。「日本の尖閣諸島」という言葉自体が「日本政府の宣伝」となり、利害の反する中国や韓国がそれらの日本領土を中国領、韓国領と主張していることを、どちらが正しいとも決めずに「公正に伝える」ことになるわけですね。

朝日の理屈では、海外での日本国民の生命や財産を守るという日本国家としての最低限の責務も、NHKでそれを主張することは「宣伝機関」になるから、よくないということになります。
要するに朝日の同社説には、朝日新聞自体を含めて、NHKが日本国のメディア、しかも国民の資金で運営される公的機関だという認識がゼロなのです。「日本」という概念の否定とさえいえるでしょう。

朝日新聞の社説はNHKが日本の国益に沿った放送をすることにも難色をつけています。以下のように述べます。
「(古森委員長の国益に関しての発言について)何が日本の国民にとっての利益になるかは、幅広い論議と慎重な吟味が必要だ。政府と異なる考えが国益にかなうこともある。政府の見解を放送すれば国益にかなうと古森氏が考えているとしたら、あまりに短絡的だといわざるをえない」

国民にとっての利益が国益です。国民の代表である国家や政府はその代弁をしているわけです(何度も繰り返しますが)。日本人拉致被害者の安全確保や帰国を求めることはまちがなく「国益」でしょう。「幅広い論議と慎重な吟味」が必要でしょうか。尖閣諸島が日本領土だと主張することも、「政府と異なる考えが国益にかなう」のでしょうか。
政府が主張する国益は日本のように民主主義国家では国民多数の求める、最大公約数としての国益です。どんな課題でもどこかには異論はあるでしょう。その異論の存在のために国民多数派の意見は対外的に表明してはならない、というのが朝日新聞の社説でもあるのです。

まあ、あまり長いのも退屈でしょう。
あとは読者の方々の判断に任せましょう。

なお朝日新聞は従来の手法だと、この次は古森重隆委員長への個人的な非難を打ち上げてくるはずです。やがては辞任要求というシナリオですね。