日本と中国との間の紛争案件のひとつは東シナ海での領有権問題です。
中国は日本の尖閣諸島への領有権を主張する一方、東シナ海の排他的経済水域(EEEZ)の紛争でも大陸棚というアナクロニズムの概念を押し出し、日本側の権利を認めていません。

以下は海上保安庁発表の資料です。

尖閣諸島の概要 

 尖閣諸島は東シナ海に浮かぶ我が国固有の領土で、魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島等の島々からなっています。
 一番大きな魚釣島を起点とすると石垣島まで約170km、沖縄本島まで約410km、台湾までは石垣島と同じく約170kmで中国大陸までは約330kmの距離があります。
 

 同諸島は明治28114日の閣議決定により我が国の領土に編入され沖縄県の所轄となり、現在、魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島は土地登記上石垣市字登野城となっており、それぞれ地番をもっています。
 

 明治29年ころには魚釣島や南小島でカツオ節や海鳥の剥製等の製造が行われており、魚釣島には、船着場や工場の跡が今も残っています。

  


            魚釣島 

 尖閣諸島中最大の島で、周囲約11kmです。最も高いところは海抜362mとなっています。

 

 

 

 

北小島(手前)と南小島(奥)
北小島は周囲約3.2kmの島です。
南小島は周囲約2.5kmで北小島との距離は約200mです。

久場島


久場島は周囲約3.4kmのほぼ円形をした島です

大正島


大正島は周囲約1km、海抜約84mの断崖絶壁の島です。

 

その尖閣諸島に対する中国の主張について第三者であるアメリカの専門家から興味ある指摘がありました。
その内容を紹介します。実際には私が月刊誌WILL5月号に書いた「中国の尖閣戦略
 目的は石油じゃない」という論文の抄訳です。


 中国の国家主権にからむ戦略や思想を真正面から点検する公聴会がアメリカ議会で開かれた。二月二十七日のことだった。アメリカ議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」が開催した「国家主権とアクセス支配の方法に関する中国の見解」と題する公聴会だった。この場で多数の米側の専門家たちから中国の主権拡大の野望の実態が詳しく紹介された。

この委員会は米中両国間の経済的交流がアメリカの国家安全保障にどんな影響を及ぼすかを調べ、議会や政府に政策上の勧告をする、という目的で二〇〇〇年に設置された。実際には中国の動向を「経済的交流」の枠組みをはるかに越えて、広範にとらえ、その軍事や防衛、安全保障上の意味合いを探究する。

委員会は十二人の中国問題や安全保障問題の専門家で構成される。その顔ぶれは現職の大学教授、研究所の部長から元政府高官、元上院議員まで、それぞれの分野で知名度や実績の高い有力人物ばかりである。公聴会は中国とアメリカの安全保障にからむ具体的なテーマを選び、その主題に詳しい証人たちを招いて、そもそも専門家である委員たちが報告を聞き、質疑応答をするという形式をとる。

この日の公聴会の主題は「中国の国家主権」だった。より具体的には中国が自国の主権をどう防衛し、どう拡大しようとするか、そしてそのことがアメリカの安全保障にどう影響するか、だった。


 国家主権といえば、まずだれもが思いつく主要な構成要因は領土保全だろう。主権国家は固有の領土があってこそ成り立つ。どの国家にとっても、自国の領土への権利をどう解釈するかが死活的な重要性を持つのは自然である。この場合の領土とはもちろん領海や領空も含まれる。

中国の主権概念の特殊性と日中両国間の領土紛争に関しては証人の一員のジューン・ドレイヤー氏(マイアミ大学教授)の発言が注目に値した。

「中国の国家主権の考え方のなかでも、とくに海洋法や宇宙使用に関連しての見解は過去二十年間、注目を集めてきました。一九九二年には中国の全人代は領有権が争われている南沙諸島、西沙諸島、台湾、尖閣諸島を含む多様な地域の主権を一方的に宣言する『法』を成立させました。この『領海法』はこうした紛争地域を含む海域を中国領海と勝手にみなし、人民解放軍がその『領海』を防衛する権利をも主張しています」

以上のドレイヤー教授の証言は、要するに中国はこと主権の主張、その象徴としての領海や領土への主権の主張となると、国際法は無視して、自国独自の「法」を打ち出し、その履行には軍事力の行使をも辞さない、というのである。中国側のこうした特徴は東シナ海での領土や権益を中国と争う日本にとってはとくに頭に刻みこんでおくことが欠かせないだろう。

この日本へのからみという点で、とくに注視されたのは日中両国間で主張が対立する東シナ海でのガス田開発の案件と、尖閣諸島の領有権の案件に対する中国側の姿勢についての米海軍大学「中国海事研究所」のピーター・ダットン教授が述べた考察だった。

ダットン氏は肩書きどおり、海軍の研究機関に所属して、中国の海洋戦略、海軍戦略を専門に研究する学者である。これまでも日中両国の東シナ海での海事紛争などについてこの種の公式の場で何度か証言してきた。今回の公聴会では「軍事的手段で国家主権を拡張する中国の手法」というセッションの証人として登場した。

ダットン教授の証言も中国がこと領土の保全や拡張となると、国際法にも背を向け、軍事力の行使をも辞さずという態度で対処してくる、という「中国的特徴」を提示していた。同教授は総括としてまず以下のように述べた。

「中国は沿岸諸国と国際社会との海事権の伝統的なバランスを根本から覆そうと意図しています。とくに排他的経済水域(EEZ)に関する従来のバランスを変えようとしているのです。中国はそのために自国の海域周辺の主権を強化し、さらに拡大しようと狙っています」

排他的経済水域とは周知のように、沿岸から二百海里の水域で、沿岸国に生物・非生物の資源の探査や開発に関する主権的な権利が認められるという概念である。国際的に認められた原則ともいえる。だが中国はこの原則や概念にチャレンジしている、というのがダットン教授の考察の前提なのである。

そして同教授は中国のこうした基本姿勢の実例として東シナ海での日本との領有権紛争について証言するのだが、その前に興味あることを述べた。

「中国は南シナ海での領有権紛争では他の当事国に対して、原則は譲らなくても、わりに協力的なアプローチをみせています。しかし東シナ海での日本との紛争ではまったく対照的な対決の姿勢をとっているのです。ただし管理された対決とでも呼ぶべき姿勢です」

中国は日本に対してだけはとくに非妥協的な厳しい姿勢をとっていると証言するのだ。そして次のように説明するのだった。

「中国側指導者はごく最近は表面的には日本に対して、わりに友好的にみえる態度を示しているけれども、こと領有権紛争となると、日本との争いを実際に解決してしまうことは中国にとって好ましい事態ではないとみなしているようです。東シナ海での自然資源、境界線、国家主権などをめぐる日中両国間の緊張、とくに尖閣諸島を日本が統治し、その領有権を主張していることをめぐる日中対決は中国政府にとっては自国側のナショナリズムを支える強いテコとなります。中国政府はそうしたナショナリズムの高まりをうまく使って、自国民の関心を内政の難題からそらし、共産党政権への支持を強めることができるでしょう」

東シナ海での領土争いも中国側は実は自国内の民族意識の高揚に利用しているのだ、という見方である。だから中国側の日本との対決は「管理された対決」というわけである。

     

 要するに、中国政府は東シナ海の排他的経済水域の線引き争いや、中国側が「釣魚島」と呼ぶ尖閣諸島の領有権争いに対して、そもそも日本側との間で妥協をして、紛争を解決する意図がまったくない、という考察なのだ。だとすれば、日本側の「譲歩」とか「妥協」とか「友好的姿勢」などという概念ははじめからまるで不毛だということになる。「ガス田の日中共同開発」という発想さえ、言葉だけの域を出ないこととなる。そうであれば日本にとっては重大な事態である。出発点から基本の構図や原則を完全に誤認していたことにもなってしまう。

 ダットン教授はさらに証言した。

 「中国指導者にとって自国民のナショナリズム感情を強化したいと思えば、いつでもとにかく東シナ海での日本との領有権争いに注意を喚起さえすればよいのです。その結果、つい数十年前まで中国領土の主要部分を日本が占領していた事実を中国人民に想起させることができるのです。この過去の日本の侵略の想起は、中国の領海権主張への現在の日本の侵害への断固たる反発と合わせて、中国政府が外国勢力に屈し、恥辱を味あわさせられることはもう二度とないことを自国民に誇示する効果を生みます」

 まさに自国民に強い民族意識をあおるための「日本カード」である。日本との領有権紛争カードと呼べば、さらに正確だろう。

ダットン教授は中国のこの戦略にはさらに巧妙な二面性があることを指摘する。前述の南シナ海と東シナ海との対応の相違である。

「中国政府は南シナ海での領有権紛争では他の当事国に対しわりに協力的な姿勢で交渉を進めるのに対し、東シナ海では日本に対し一定の抑制を効かせたうえでの対決の姿勢を崩そうとしません。中国はこの使い分けによって、自国内の安定と周辺地域での台頭の両方に寄与する形で、国内向け政治メッセージと地域向け政治メッセージのバランスをとろうとしています」

つまり日本に対して強硬な対決の姿勢をとれば、中国の国内の安定には役立つ。一方、南シナ海で領土紛争の相手となるベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどという諸国に協力的な姿勢をみせれば、東南アジア地域での中国の外交得点となる。ダットン教授はこんな意味を述べているのである。

中国は日本に対しては東シナ海での領有権紛争も資源紛争も本当は解決しようという意図はない。いつまでも日本と対決したままにあることが自国民の政府への支持を保持するのは得策だからだ。こんな意味でもあろう。何度も書くように、そうだとすれば、日本政府のこれまでの対応は根本から間違っていた、ということにもなりかねない。

ダットン教授はその所属の米海軍「中国海事研究所」という機関の名称が示すように、中国が自国の主権や軍事に始まり、海上、海洋にからむ諸問題に対しどのような政策を保ってきたかを体系的に研究してきた専門家である。この公聴会での証言の準備文書をみても主要な主張のすべてに詳細な脚注がつき、中国側の公式非公式の資料を含めて広範な参考の記録や文献が列記されている。その拠って立つ立場としても、とくに中国を敵視して、日本の味方をしなければならない理由はない。

ダットン教授は中国の日本への対決について、その「管理された」部分にも言及していた。

「中国は東シナ海での日本との海上境界線をめぐる紛争で断固たる対決の姿勢をとりながらも、なお当面はその対決が暴走して、実際の軍事衝突などに発展することは避けたいとしているようです。ただし台湾に対して中国が主張する主権が深刻に脅かされた場合だけは、東シナ海の領有権を軍事力を使ってでも、全面的にコントロールしようとするでしょう。それ以外は日本との東シナ海での対決はあくまで一定範囲内で管理をして、外交と軍事の両方の要素を混ぜた対日戦略の道具としておくでしょう」

だからこそ、あくまで「管理された対決」なのである。そうなると、日本側が「胡錦濤国家主席の来日までには東シナ海のガス田をめぐる紛争を解決し、日中共同開発の合意を成立させる」などと主張することがいかにも無益にみえてくる。中国側はそもそも問題の解決への意思がないとされるからだ。

 ダットン教授のこうした一連の考察の証言に対して、「米中経済安保調査委員会」の委員側からきわめて具体的な質問が出た。質問者は第一次ブッシュ政権で東アジア担当の国防次官補代理を務めたピーター・ブルックス氏だった。

 「中国が東シナ海のEEZ(排他的経済水域)の線引きの問題で強い主張を崩さないのは、まず第一にはエネルギー資源の確保、つまりガスの最大限の確保が理由だからではないのですか」

 ダットン教授はこの質問に「ノー」と答えたのだった。

 「いや中国当局がエネルギー資源の確保を最大限、優先するのであれば、もう何年も前に日本との間でEEZの主張の食い違いを解決して、ガス田開発の共同事業を進めていたでしょう。エネルギー獲得が優先ではないと思います」

 中国政府にとっては国家主権の発動としての政治的な主張による「対決」の維持こそが真の目的だと示唆する発言だった。

 ダットン教授はガス田については質疑応答で次のような発言もした。

 「日本政府側は小泉政権時代に、もし日中共同開発のための対中交渉に進展がなければ、日本独自でも開発を進めると言明したことがあります。中国側はそれに対し『そうした行動は戦争行為とみなし、軍艦をすぐ送りこむ』と威嚇しました。この反応は中国が領土紛争に対しては国家主権の発動として軍事力行使の可能性をも常に排除はしていないという基本姿勢の表れだといえるでしょう」

 つまり中国は「管理された対決」として紛争の暴走を抑制する一方、最悪の事態では軍事力の行使も辞さないという可能性を残しておく、ということなのだろう。
 

東シナ海に関しては中国はそもそもその大部分が中国の領海だという見解をとってきた。いわゆる大陸棚延長の領海論である。つまり中国大陸から海底に延びる大陸棚は沖縄海溝にまで続くから、沖縄近海までが実は中国の領海だとする主張なのだ。この点についてもダットン教授は証言の書面部分で明確な反駁を述べていた。以下の趣旨だった。

 ▽中国当局は「東シナ海の海底の大陸棚は長江や黄河から流れ込んだ沈泥の堆積だ」と主張するが、そんな堆積が起きたのは氷河時代の現象であり、いまの世界でそんな主張をする国は他にまず存在しない。

 尖閣諸島に対する中国の主張に対しても、ダットン教授は以下の趣旨の意見を表明した。

 ▽この島の存在を認める中国側の文書の記録は明時代からあったが、中国側による同島の実効統治の証拠はまったくない。合法的な領有権主張にはこの実効統治の存在が根拠となる。

 ダットン教授はここでも結果として日本側の主張に軍配を上げるような見解を明らかにしているのだった。

 

 中国はまさに多種多様な方法で日本に対し領有権紛争を挑んでいるのである。

 アメリカ議会でのこの公聴会はそんな厳しい現実をいやというほど明らかにしたのだった。(終わり)