四川大地震の被害はその後も拡大しています。というよりも当初の予測よりずっと犠牲や被害が大きかったことが判明している、ということでしょう。すでに死者だけでも4万を越えたとされています。
中国の犠牲者、被害者の方々には心からのお見舞いを申し上げたいと思います。
被災者で満杯になっている綿陽市内の体育館。行方不明の子供や家族を捜す掲示板でいっぱいになった=19日(野口東秀撮影)


さてその一方、中国政府は5月18日、「各地の核関連施設での地震による放射能漏れなどの被害はない」と発表しました。核施設の「安全が確保された」というのです。
この発表については産経新聞5月19日の記事が「四川大地震 中国政府 核施設『安全』強調 放射能漏れ うわさ警戒」という見出しで報じています。

アメリカ側では中国の軍事動向を研究している専門家たちがこの中国政府発表には最大の注意を向けています。なぜならば、この大地震の震源地となった四川省は中国全土のなかでもとくに核兵器の研究、開発、製造、貯蔵の各面で最も多くの施設が集中的に建設されてきた地域だからです。大地震があれば当然、核関連施設の安全には最大の懸念が向けられます。旧ソ連のチェルノブイリの原子力発電所の事故による放射能放出の恐ろしさは、その理由の一つでしょう。だから米側専門家たちは、四川省の核施設に特別の注意を向けてきました。                                 

 

 しかし四川省が中国人民解放軍にとって全土でも最大級の軍事生産拠点であることは、あまり話題にはなりません。ましてその四川省が中国の核兵器、核戦力の最大施設を抱えてきたことは、日本ではほとんど知られていないでしょう。なにしろ核兵器の惨禍にあった広島県がよりによって核兵器だらけの四川省を友好縁組みの相手に選んでいる(岩波『現代中国事典』による)ほどですから。しかし四川省はとくに核弾頭の開発、製造では中国最大の施設を有する、というのです。

 なぜ四川省にそんな重要な軍事施設や軍事基地が多いのか。これには歴史的な理由があります。

 内陸部の広大な地域を占め、山岳地帯も多い四川省は1960年代から国防上の最重要地区にされてきました。当時の毛沢東主席が軍事上の最重要の基地や施設を沿岸部から内陸部に移すことを目的として進めた「三線建設」の中心が四川省だったののです。
 「三線建設」とは、中国の沿岸部と国境地帯を「一線」、沿岸と内陸の中間を「二線」とし、内陸を「三線」と呼んで、その「三線」にあたる四川、貴州、甘粛、青海などの各省の山岳部に軍事関連の基幹施設を点在させて構築する計画でした。ソ連と険悪な関係にあり、アメリカとも対立する当時の中国が核攻撃を受ける最悪シナリオをも想定し、その場合の被害を少なくするために毛沢東主席が決めた大胆な軍事戦略が「三線建設」でした。


 四川省にはその「三線建設」の結果、建設された多数の重要軍事施設がいまも機能しているというのです。その種の施設で国際的にも有名なのは四川省の省都の成都にある「成都航空機工業公司」でしょう。この巨大な軍事生産施設は中国軍が誇る最新鋭の多目的戦闘機「殲10号」(J-10)を量産することで知られています。

 

しかし四川省の核兵器施設はさらに重要とされます。ワシントンの中国軍事動向研究機関「国際評価戦略センター」のリチャード・フィッシャー副所長は次のように語りました。

「四川省には中国全土でも最重要の核弾頭の開発や製造の一連の施設があります。省内の綿陽地区には核兵器の開発、とくに構造や機能を設計する研究施設があります。廣元地区には核兵器用のプルトニウム製造などの一群の施設があります。この廣元地区の研究所・工場は中国全土でも最大のプルトニウム関連施設であり、大地震で被害を受ければ、放射能漏れの恐れがあります。アメリカ政府もこの点に重大な懸念を抱き、偵察を強化しているようです」

要するに、四川省は中国軍の核戦力にとって最重要地域だというのです。そうした核施設がある綿陽市は省都の成都から北東に80キロほど、廣元市はさらにそこから北東に50キロほどの距離にあります。そして、いずれも今回の大地震の震源地から70キロから150キロという近距離の地域なのです。アメリカ政府もこれら震源地近くの核兵器施設への被害について気にかけるのは、二重三重の意味で当然です。

 

アメリカ政府のこの懸念はニューヨーク・タイムズ5月16日付でも「西側専門家たちは中国の核施設の地震被害を調べている」という見出しの記事で報じられました。記事は四川省の重要核施設で放射能漏れがあったかどうか、アメリカ政府も人工衛星での偵察やその他の情報収集手段を強化してモニターを始めた、という趣旨だった。


 同記事はそしてアメリカの核問題専門家らの情報として、四川省内の核兵器関連施設について①廣元市北東25キロほどの広大な地域に核兵器用プルトニウム製造のための中国最大の原子炉とその関連施設(821工廠と呼ばれる)がある②綿陽市には核兵器の開発、とくに構造設計をする中国最主要の研究所が存在し、実験用の小型原子炉がある③綿陽市の北にはプルトニウムを核弾頭用の小型の球体にする特殊工場がある④綿陽市の西には核弾頭爆発を補強する素粒子開発のための特殊の高速度爆発原子炉がある⑤綿陽市のさらに北の険しい山岳地帯には実際の核兵器を貯蔵する大規模な秘密トンネル網が存在する――などと報じていました。

ニューヨーク・タイムズのこの報道は、核施設への被害については、アメリカ側の官民いずれの専門家たちとも、「現在のところ注意すべき損害は探知されていない」と述べていることを伝えました。この種の軍事用の核関連施設はそもそも有事には敵のミサイル攻撃などを受ける可能性までを想定しているから、外部からの衝撃に耐えるための最大限の防御策がとられており、地震ならいかに激しくてもまず破壊されることはない、という見解も記されていました。

 
 しかし前述のフィッシャー氏は述べています。

「中国の核兵器関連施設というのはそれ自体、すべてが極秘にされる存在だから、それに対する地震の被害の有無というようなことは、重大機密扱いとなります。アメリカ側のその実態を探知しようとする試みも、そのこと自体が機密となります。だから真相は簡単にはわからなず、表面に出た情報だけでの即断は禁物です」

真相はまだまだわからないというのが総括なのでしょうが、中国の核兵器保有の軍事大国ぶりがこういうところでも露呈するということでしょうか。


なおこのテーマについては以下のサイトでも書きました。
関心のある方はご参照ください。


http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/75/