福田首相がアフリカ諸国向けの政府開発援助(ODA)を2012年までに倍増するという意向を表明しました。5月20日のことです。

日本のアフリカ向けODAは2008年度には約1000億円です。それを2012年までには2000億円程度に増すということでしょう。
アフリカ開発会議というのが28日から開かれるので、それに備えてのPRなのでしょう。

しかし私は日本政府が海外援助に関して、まだいまでも「倍増」などと、数字遊びをしていることに驚きました。数字が増えれば、なにか日本にとってよいことが起きるという示唆でしょうが、「倍増」と「日本への利得」あるいは「日本外交にとってのプラス」との間になんの因果関係はありません。金額だけを誇り、「日本はこれほどアフリカ開発に熱意を注いでいる」なんて、福田首相や高村外相あたり宣言するのでしょうが、空疎です。

町村官房長官がアフリカへの援助増額の理由について、
①国連安全保障理事会の常任理事国入りでの連携
②豊富な資源の獲得
――という二つの点をあげました。

しかしこれまた根拠のない、古い「ODA願望」です。カネをあげれば、相手がこちらの頼みをきいてくれるという願望ですが、これまた根拠はありません。
2005年から2006年にかけての日本の外務省の全組織をあげての常任理事国入りの運動は、戦後の日本外交でも最大の失敗ケースでしたが、このトドメの一撃はアフリカ諸国の「ノー」だったのです。当時も日本はアフリカに豊富にODAを提供していました。しかしなんの外交効果もなかったのです。

ODAを増せば、アフリカ諸国が日本に資源を回してくれる、というのも、夢想のような主張です。

そもそも日本のODAがいかに非効率で、失敗例が多いか。
私は『ODA再考』という書で詳述しています。

「ODA」再考 (PHP新書)

上記の書でアフリカ援助の虚しさに関して、以下のケースを報告しました。

▽1997年に当時の厚相の小泉純一郎氏がアフリカの重点援助国ジンバブエを公式訪問し、ムガベ大統領と会談する予定だったが、待てど、暮らせど、大統領は姿をみせず、完全にすっぽかされた。

▽1997年、ケニアで日本政府からの援助がモイ独裁政権に継続して供されることに対し、一般民衆からの大規模な抗議が起き、「日本大使よ、去れ!」というビラがまかれた。

▽ケニアには日本から1997年までの10年ほどに累計3000億円の援助が与えられたが、この間、ケニアの経済はGDP総額でも、国民一人あたりのGDPでも、逆に縮小してしまった。

そしていま福田政権がアフリカへのODA倍増を宣伝することには次のような問題点があるといえます。

▽日本のODAのシステムにそもそも費用対効果を測定する体系的メカニズムがなく、「倍増」がどんな効果をもたらすかの測定手段さえない。相手国の経済の実態や政権の腐敗などを考慮して、経済援助の効果を確実にする制度もない。

▽世界の経済のトレンドは市場経済の拡大であり、政府から政府への資金の供与であるODAはこの流れに逆行する。相手国の経済成長を望むなら市場経済ベースでの投資や貿易、さらには一般融資を拡大すればよい。

▽アフリカ諸国の間には外国からの援助を多く受け入れた国ほど、経済の成長が鈍くなる、あるいはマイナスになるというケースが多くなってきた。国民の平均所得がODAの受け入れ額に反比例して下がっていった国も少なくない。

▽日本は過去にアフリカ諸国に供与した有償ODAの債権を放棄することをたびたび迫られてきた。つまりアフリカ諸国側の債務をキャンセルしてきた。アフリカ側諸国の一部にはその債務放棄で生まれた資金的ゆとりにより、中国から新たな資金を借り入れた国もあった。

そしてなによりも日本政府のODAというのは日本国民に帰属する公的資金なのです。
もうODAでの「数字遊び」はやめにしてもらいたいところです。