このサイトでもすでに述べましたが、この5月にドイツでのシンポジウムに招かれ、主としてドイツ側の方々に中国問題について講演をしました。
 日本からみての中国とはなにか。日中関係はいまどうなっているのか。こんごの展望はどうか。
 こうした諸点を中国について日ごろそれほど多くの情報には接しない人たちを念頭において話をしました。
 独日協会の年次総会を兼ねた会合でした。
 ドイツ語の同時通訳がついて日本語での1時間半近くの講演でしたが、聴衆は熱心に耳を傾けてくれた、と感じました。

 いま日本でも、基本点から中国との関係を考える必要が大であり、私なりのその基本に関する認識や意見を述べたその講演の内容を紹介したいと思います。

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このたびはドイツと日本との意義あるこの交流の場にお招きいただき、ありがとうございました。

 本日はドイツ、日本、そしてアメリカを含む世界の多数の諸国が真剣な関心を向けている中国をめぐる諸課題についてお話しをさせていただきます。

 いわゆる「中国問題」を考えることの国際的な意味は、最近のチベット問題に関連するオリンピック聖火リレーの騒動だけをみても、明白だといえます。


 そこで私はこの場では、日本からみての中国、そして日中関係はどうなっているのかを日本側の考察者として、2001年までの2年間、中国に在勤、在住した体験に基づき、まず報告したいと思います。そしてここ数年の勤務地であるワシントンで眺めてきたアメリカの対中国観をも交えて、中国の現状や展望をお話しさせていただきます。

 

 まず日本および日本人は中国をどうみているのか。

 そこには非常に複雑な実態のからみあいがあります。その実態を整理し、日本側の対中姿勢の基本的な要因として5点ほどをあげてみます。

 

 第一に、日本国民の多くは中国に対し文化や歴史の面で強い親しみを感じてきました。両国の関係を評する言葉として「同文同種」(文字と人種を同じくする同士)「一衣帯水」(一筋の水だけを隔てた近隣同士)など中国に対しての緊密さを示す表現は日本側でいまもよく使われます。


 歴史的に日本は中国から漢字、そして文学や思想、宗教を導入してきました。中国のことわざや格言は日本では日常的に使われています。私自身も少年時代に中国の冒険小説の日本語訳を何冊も夢中で読んだことがあります。

 近代では逆に中国が日本から導入した事物も多々あります。その共有からは一種の親しみの感じが生まれるわけです。

 


 第二には、日本国民の多くは戦後、中国に対して贖罪意識を感じてきました。日本が第二次大戦で中国に軍を進め、広大な地域を占領したことへの罪の意識です。日本側による残虐行為は戦後の一連の軍事裁判で責任を問われ、何千という日本人が死刑を含む厳罰を受けました。


 日本側は贖罪の意味をこめて中国に対し1972年の国交回復後、30年ほどにわたり総額3兆円(30
billion 米ドル)を越える巨額の経済援助を友好の証として提供してきました。

 歴代の日本の首相もみな中国に対し「過去の侵略」を謝罪してきました。しかし中国はさらなる「反省」や「謝罪」を求めます。

 日本側は現代の政治や外交の摩擦案件で、この贖罪意識のために、十分な主張ができないという傾向もあります。

 


 第三には、日本側には中国との競合という意識があります。これは中国側も同様であり、日本に対するそのライバル意識はいまもきわめて強いといえます。

 個性豊かな二つの強国が隣接していれば、地政学的(
geopolitical)にも競合や対立は不可避でしょう。ドイツとフランスの歴史をみても自明だといえます。


 日中間の競合や対立は二度の不幸な全面戦争をも引き起こしました。現在でも日中間には尖閣諸島の領有権の紛争や、東シナ海でのガス田資源をめぐる対立があります。

 政治面での競合の極端な例としては2005年春、日本が国連安保理の常任理事国入りを目指したとき、中国ではそれに反対する大規模なデモが政府の黙認の下、激しく展開され、破壊や暴力までもたらしました。

 

 
 第四には、日本側には中国との政治体制やイデオロギーの違いに対する錯綜した意識があります。


 中国は共産党による一党独裁の体制です。他方、日本は複数の政党が自由に競う民主主義の政治システムです。

 日本の左翼、つまり共産主義や社会主義の信奉勢力は長年、中華人民共和国をイデオロギー上の同志や師匠とみなしてきました。主要新聞の一部にも中国の政治思想に学ぶという傾向がありました。

 その一方、日本側の多数派たる非左翼は中国の独裁政治や、そこから発する国民の人権や自由の抑圧には批判や懸念を抱いてきました。

 日本がアメリカとの間で結ぶ同盟関係も、その土台には民主主義という政治的価値観の共有がありますが、中国は異なります。その相違が日本国民の対中姿勢に複雑なブレーキとなっています。

 

 
 第五には、日本側では経済面での中国との相互依存の意識が強いことです。

 日本全体として自国の経済繁栄のためには中国と取引をしなければならないという認識です。これは現実でもあります。

 先進工業国の日本にとって隣に位置する面積で26倍、人口で10倍、自然資源が豊かで労働賃金の低い中国は絶好の経済パートナーとなります。

 技術も資本も豊富だが人口の伸び悩みと高齢化が進む日本と、原材料は豊富でも技術や産業インフラは未発達の中国と、その相互補完の利点はマクロ経済の専門家でなくても、簡単に理解できます。

日本にとって2007年、中国(香港を含まず)は貿易総額で初めてアメリカを抜いて、第一位の貿易パートナーとなりました。

 日本の対中直接投資もこの10年で累積総額で4倍近くに増えました。日本の超大企業も中小企業も、中国内部に生産拠点を次々に開いてきました。
(つづく)

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なお以上のような日本側の対中認識などについては、私は以下の著書でも詳述してきました。

日中再考