北京五輪での柔道種目はすべて終了しました。

日本から全世界へと広まった柔道も男女ともに、その1週間にわたる熱戦の幕を閉じました。

さて柔道の総括はどうなるのか。日本選手の戦績をどうみるべきか。

山下泰裕氏の総括を聞きました。

【古森義久の北京奥運考】男子の成績「衝撃的」山下泰裕氏の一問一答

2008.8.16 20:13
練習を見守る井上康生氏(左)と山下泰裕氏=7日、北京市・ジャパンハウス(山田俊介撮影)練習を見守る井上康生氏(左)と山下泰裕氏=7日、北京市・ジャパンハウス(山田俊介撮影)

 【北京=古森義久】北京五輪の柔道での日本選手の試合結果などについてロサンゼルス五輪の柔道金メダリスト山下泰裕氏は産経新聞のインタビューに応じ、次のように語った。 

 --日本選手全体としての戦績をどうみるか。

 「金4、銀1、銅2というメダル数は決して悪くない。これは女子の活躍と内柴、石井の勝利に負うところが大きく、その一方、男子の他の5人がまったく力を出し切れなかったことは衝撃的だった。一方、女子は金2、銀1、銅2というのは立派だ。メダルを取れなかった中澤はケガのためにやはり十分ではなかったが、佐藤はよく攻めており、相手に反則指導がいってしかるべきだった」


 --男子金メダルの石井の試合ぶりは。


 「彼は実によく練習し、研究する。上杉謙信が好きで、謙信の敵の分析法を研究しているそうだ。だから決勝でも自分の力を出し切ると同時に、相手のここ一発という得意技を一回もかけさせない組み手を貫いたのはすごかった。ただ一本を目指さない柔道とかで、旧来の男の美学とかプライドという要素は薄いと思うが、まだ発展途上であり、完璧(かんぺき)を求めるのは無理だ。とにかく断崖(だんがい)絶壁に追い込まれた日本男子柔道を彼が守ってくれたのだから」


 --一方、惨敗した鈴木の試合はどうか。

 
「事前には本人は調整は順調、気迫も十分だという話を聞いた。そして試合後は本人が『信じられない』と述べたという。確かに本人も、われわれコーチも、そして外国勢も、あんな鈴木を想像だにしなかった。2試合して、なにもできない。力が落ちていたのだとしかいいようがないだろう」

 --相手と組もうとしない選手への反則の措置が多くの試合の勝敗を分けたが。

 
「今回はいくらかその措置が厳しくなったが、日本の選手では谷が相手に道着を持たせないで、反則をくったわけだ。一方、その他の選手はみなつかみにいこうとはしていた。とくに塚田は強い中国の相手が持たせないのをなんとかつかもうと前へ、前へと出ていた」

 
  --日本の柔道への長期の期待としては。

 「柔道の底辺を広げるために一般の子供や母親に柔道の魅力をアピールし、柔道はおもしろく、人生にプラスになることを知らせて、運動能力が高く、聡明な子供たちを獲得できないとまずい。そのために日本の柔道界がどれだけ努力してきたか、疑問だ」



【古森義久の北京奥運考】元世界覇者、山下泰裕氏が語る北京の日本柔道 (1/2ページ)

2008.8.16 19:37
このニュースのトピックスワールドスポーツ
東海大学教授の山下泰裕氏=月25日(大山実撮影)東海大学教授の山下泰裕氏=月25日(大山実撮影)

 【北京=古森義久】北京五輪での柔道について世界の覇者だった山下泰裕氏に講評を聞いた。


  山下氏は全体の特徴としてまず世界の柔道の格差が減ったことと、頭を下げての足取り柔道がいくらか改善されたことの2点をあげた。

 「アルジェリアが2つもメダルを獲得し、アフリカ大陸の国が初めて傑出した成績をあげた。全体で男女合わせて25もの国がメダルをとった。日本の男子選手でも鈴木、泉、平岡らがみなマークされていない外国選手に敗れ去った。1回戦からどの国とあたっても気が抜けない。要するに世界の柔道の格差がますますなくなってきたということだ」

 
 確かに日本男子の石井、内柴両優勝者を除く5人はみな下馬評のそう高くない相手に負け、外国勢でも100キロ超級のフランス人の世界選手権保持者が前半で一敗を喫した。


 日本式柔道にとってとくに脅威の足取り柔道については山下氏は次のようにその傾向を分析した。

 「アテネ五輪で日本が大勝したため、その後、各国とも投げの強力な日本選手に対して頭を下げ、姿勢を低くして、足取りばかりを狙うという作戦に走った。その結果が昨年のリオデジャネイロの世界大会での『日本に柔道をさせない』戦術だった。だが、その傾向に対しこんどは『こんな柔道ばかりしていたら世界の柔道は滅びる』という懸念が各国の指導層で高まった。ダイナミックな一本を狙わずに相手にも道着を持たせず、腰を曲げたままというのではジャケットを着たレスリングとなってしまう。その結果、北京五輪では国際柔道連盟が組まない選手には反則判定を厳しくとることを決めたのだ」と、日本の男子陣には厳しく、「断崖(だんがい)絶壁に追い詰められたところをかろうじて石井に守られた」と評した。

 「5人は自分の力をなにも出せないうちに負けるという衝撃的な試合内容だった。いままでにないことだ。こんごの教育や訓練を抜本的に変えないと4年後はもっと厳しい状況になるかもしれない」

 これら敗北でもとくに目立った前金メダリストの鈴木の試合について山下氏は「相手の足取りにあんな棒立ちで、なにもできない鈴木を初めてみた。タックルしてきたモンゴル選手の体を横にひねらず、抱きかかえた瞬間にもう終わりだった。本人も頭ではわかっても体が反応しなかったのだろう」と厳しい。


  一方、優勝した石井については「決勝で相手に得意技を1回もかけさせなかったところが日ごろの研究熱心の成果だろう」と総括した。

 女子では五輪3連覇を狙った谷が準決勝で反則判定を取られて負けたが、この判定について山下氏は「本来は日本に有利になる組まない選手への『指導』が逆に谷の負けを決めたのは皮肉だ」として以下の見解を述べた。

 「残り30秒以下での判定に論議があるのは知っているが、あの時点では明らかに谷が組むのを嫌っていた。谷が触れなば斬らんというばかりに、とことん自分から組んでいって投げたアトランタ五輪時代とはいま異なるのは仕方ないだろう。谷が長年、日本柔道界を支え、日本国民に夢や感動を与えてきたことに心から感謝したい」

 山下氏は女子チームの金2、銀1、銅2という入賞結果を「立派であり、男子の不振を救った」と評する一方、熱戦の末に2位となった塚田の決勝戦の試合ぶりについて語った。

 「私は塚田にこの1年ほど、五輪で勝つためにするべきことをすべてやったかどうか自問するよう告げてきたが、決勝戦をみて彼女はそれを果たしてきたと感じた。相手の中国選手とはものすごい力の差があったのに、常に自分から動き、前に出て、あれだけのよい試合をしていたからだ」

(編集特別委員)