北京五輪での柔道種目はすべて終了しました。
日本から全世界へと広まった柔道も男女ともに、その1週間にわたる熱戦の幕を閉じました。
さて柔道の総括はどうなるのか。日本選手の戦績をどうみるべきか。
山下泰裕氏の総括を聞きました。
【古森義久の北京奥運考】男子の成績「衝撃的」山下泰裕氏の一問一答
【北京=古森義久】北京五輪の柔道での日本選手の試合結果などについてロサンゼルス五輪の柔道金メダリストの山下泰裕氏は産経新聞のインタビューに応じ、次のように語った。
--日本選手全体としての戦績をどうみるか。
「金4、銀1、銅2というメダル数は決して悪くない。これは女子の活躍と内柴、石井の勝利に負うところが大きく、その一方、男子の他の5人がまったく力を出し切れなかったことは衝撃的だった。一方、女子は金2、銀1、銅2というのは立派だ。メダルを取れなかった中澤はケガのためにやはり十分ではなかったが、佐藤はよく攻めており、相手に反則指導がいってしかるべきだった」
--男子金メダルの石井の試合ぶりは。
「彼は実によく練習し、研究する。上杉謙信が好きで、謙信の敵の分析法を研究しているそうだ。だから決勝でも自分の力を出し切ると同時に、相手のここ一発という得意技を一回もかけさせない組み手を貫いたのはすごかった。ただ一本を目指さない柔道とかで、旧来の男の美学とかプライドという要素は薄いと思うが、まだ発展途上であり、完璧(かんぺき)を求めるのは無理だ。とにかく断崖(だんがい)絶壁に追い込まれた日本男子柔道を彼が守ってくれたのだから」
--一方、惨敗した鈴木の試合はどうか。
「事前には本人は調整は順調、気迫も十分だという話を聞いた。そして試合後は本人が『信じられない』と述べたという。確かに本人も、われわれコーチも、そして外国勢も、あんな鈴木を想像だにしなかった。2試合して、なにもできない。力が落ちていたのだとしかいいようがないだろう」
--相手と組もうとしない選手への反則の措置が多くの試合の勝敗を分けたが。
「今回はいくらかその措置が厳しくなったが、日本の選手では谷が相手に道着を持たせないで、反則をくったわけだ。一方、その他の選手はみなつかみにいこうとはしていた。とくに塚田は強い中国の相手が持たせないのをなんとかつかもうと前へ、前へと出ていた」
--日本の柔道への長期の期待としては。
「柔道の底辺を広げるために一般の子供や母親に柔道の魅力をアピールし、柔道はおもしろく、人生にプラスになることを知らせて、運動能力が高く、聡明な子供たちを獲得できないとまずい。そのために日本の柔道界がどれだけ努力してきたか、疑問だ」
【古森義久の北京奥運考】元世界覇者、山下泰裕氏が語る北京の日本柔道 (1/2ページ)
【北京=古森義久】北京五輪での柔道について世界の覇者だった山下泰裕氏に講評を聞いた。
山下氏は全体の特徴としてまず世界の柔道の格差が減ったことと、頭を下げての足取り柔道がいくらか改善されたことの2点をあげた。
「アルジェリアが2つもメダルを獲得し、アフリカ大陸の国が初めて傑出した成績をあげた。全体で男女合わせて25もの国がメダルをとった。日本の男子選手でも鈴木、泉、平岡らがみなマークされていない外国選手に敗れ去った。1回戦からどの国とあたっても気が抜けない。要するに世界の柔道の格差がますますなくなってきたということだ」
確かに日本男子の石井、内柴両優勝者を除く5人はみな下馬評のそう高くない相手に負け、外国勢でも100キロ超級のフランス人の世界選手権保持者が前半で一敗を喫した。
日本式柔道にとってとくに脅威の足取り柔道については山下氏は次のようにその傾向を分析した。
「アテネ五輪で日本が大勝したため、その後、各国とも投げの強力な日本選手に対して頭を下げ、姿勢を低くして、足取りばかりを狙うという作戦に走った。その結果が昨年のリオデジャネイロの世界大会での『日本に柔道をさせない』戦術だった。だが、その傾向に対しこんどは『こんな柔道ばかりしていたら世界の柔道は滅びる』という懸念が各国の指導層で高まった。ダイナミックな一本を狙わずに相手にも道着を持たせず、腰を曲げたままというのではジャケットを着たレスリングとなってしまう。その結果、北京五輪では国際柔道連盟が組まない選手には反則判定を厳しくとることを決めたのだ」と、日本の男子陣には厳しく、「断崖(だんがい)絶壁に追い詰められたところをかろうじて石井に守られた」と評した。
「5人は自分の力をなにも出せないうちに負けるという衝撃的な試合内容だった。いままでにないことだ。こんごの教育や訓練を抜本的に変えないと4年後はもっと厳しい状況になるかもしれない」
これら敗北でもとくに目立った前金メダリストの鈴木の試合について山下氏は「相手の足取りにあんな棒立ちで、なにもできない鈴木を初めてみた。タックルしてきたモンゴル選手の体を横にひねらず、抱きかかえた瞬間にもう終わりだった。本人も頭ではわかっても体が反応しなかったのだろう」と厳しい。
一方、優勝した石井については「決勝で相手に得意技を1回もかけさせなかったところが日ごろの研究熱心の成果だろう」と総括した。
女子では五輪3連覇を狙った谷が準決勝で反則判定を取られて負けたが、この判定について山下氏は「本来は日本に有利になる組まない選手への『指導』が逆に谷の負けを決めたのは皮肉だ」として以下の見解を述べた。
「残り30秒以下での判定に論議があるのは知っているが、あの時点では明らかに谷が組むのを嫌っていた。谷が触れなば斬らんというばかりに、とことん自分から組んでいって投げたアトランタ五輪時代とはいま異なるのは仕方ないだろう。谷が長年、日本柔道界を支え、日本国民に夢や感動を与えてきたことに心から感謝したい」
山下氏は女子チームの金2、銀1、銅2という入賞結果を「立派であり、男子の不振を救った」と評する一方、熱戦の末に2位となった塚田の決勝戦の試合ぶりについて語った。
「私は塚田にこの1年ほど、五輪で勝つためにするべきことをすべてやったかどうか自問するよう告げてきたが、決勝戦をみて彼女はそれを果たしてきたと感じた。相手の中国選手とはものすごい力の差があったのに、常に自分から動き、前に出て、あれだけのよい試合をしていたからだ」
(編集特別委員)
コメント
コメント一覧 (21)
主観的になりすぎず、見るべきところはきちんと抑え、
苦言は苦言として明確にその対称となる点を挙げている。
……常日頃のコメントが言語明瞭意味不明な色々な政治家たちに
この人の爪の垢でも飲ませてやりたいと思います。
ありがとうございます。
山下氏本人も聞いたらよろこぶコメントでしょう。
でも彼の話は本当に意味明瞭なんです。
他の格闘技と違って柔道のルールの場合、タックルを失敗してもあまりリスクがないような気がするのですがどうでしょうか(他の格闘技だとタックルを仕掛けて失敗したらそれなりに不利になりますよね)?そこら辺がタックル柔道が蔓延る理由なんでしょうか?
僕は複数の格闘技を習っていましたが、柔道は学校の授業でやっただけです。とりあえず、そんな印象を持ちました。
山下泰裕氏へのインタヴューの紹介有り難うございます。貴重なものだと思います。
なかでとりわけ男子100超級の石井選手のこと
>「だから決勝でも自分の力を出し切ると同時に、相手のここ一発という得意技を一回もかけさせない組み手を貫いたのはすごかった。」
とのこと。こんなほめ方もあるのだとある意味感心します。多分決勝の相手の選手も「相手のここ一発という得意技を一回もかけさせない組み手を貫いて」すごかったのだと思います。ですが見ていて何も面白くない。
石井選手はK1などの異種格闘技でて強さを競われたらよいと思います。
以前のエントリーですでに皆さんでタックル柔道について散々話し合われていたんですね。蒸し返して申し訳ありません。
自分としてはルールで認められている限りタックル柔道を卑怯とは思いません。明らかに柔の道とは違いますが、オリンピック種目である限り勝利至上主義になるのは仕方ないですよね。高校の部活ではないし。剣道ではそうなるのを恐れて五輪種目など目指さない、という話を聞いたことがあります。
タックル柔道を具体的にルールで規制するとなると、やはりしつこくタックルを仕掛ける選手には指導を与えるという形になるのでしょうか?
とにかく日本柔道には頑張ってほしいです。
柔道競技を視た後にレスリング競技を視ると、まさにジャケットレスリングを彷彿させます。
もうひとふんばりして、将来は有効をなくして技ありまで戻すのがよろしい。
日本の発言権を回復するのには選手の活躍が不可欠ですが、現行ルールに順応するジレンマがあります。
>日本の発言権を回復するのには選手の活躍が不可欠
この論理はどうやら国際社会を動かしているものとは違うような気がします。なぜなら、これでは、ノルディックスキーの最盛期に日本に不利なルール改正が連発されたことを説明できないからです。「偉そうな事を言うのなら実力を示してからにしろ」というのは日本ではとても一般的な論理ですが、これにこだわるとドツボにはまると思いますよ。日本人の矜持として自分自身の行動規範としているうちはいいですが、外人がこれに従うと考えるのは失敗の元かと。。。
そもそも、「偉そうな事を言うのなら実力を示してからにしろ」というのが、正々堂々と勝負することを潔しとする武士道にも通じる日本精神の発露なのであって、外人が須らく理解すべき事柄ではないと思うのです。もちろん外国にこのような精神性を理解する下地がまったくないわけではないと思うし、それを高く評価してくれる人たちもいますが、一般的に日本人が外人とミスコミュニケーションに陥る典型的な例がここにあると思います。最近の風潮としてこのような日本独特の考え方は世界に通用しないからだめだという人が幅を利かせていることには強烈に違和感を感じますが、そうかといって日本精神一辺倒で不利益をこうむるのであればやはり考えねばならないと思います。
鋭い指摘ですね。
確かに普通のけんかでも、相手に向かって身を投げ出し、背中から頭の後ろまでぜんぶさらすということは、敗北を誘うようなもので、まずはしません。それがスポーツ化されたとはいえ格闘技の要素を持つ柔道では許される、というのは、そもそもヘンだという見解は根強くあります。
実は山下泰裕氏も以前に同じことをちらりともらしました。
国際柔道連盟でもそのへんを改善していく兆しがあります。
石井式の柔道には実は日本柔道界にはかなりの批判があります。
山下氏もそういう思考があり、「自分の好きなタイプの柔道ではない」と述べていました。
しかしなんといっても金メダルですからね。
人生での他の物事の多くと同様に、結果よければ、という認識は否定できませんよね。
返信してくださりありがとうございます。
古森さんは武道に関する造詣が深くいらっしゃるので、ちょっと長いコメントを書かせていただきます。お時間のある時にでもお読みになってください。
僕は留学しているのですが、留学先では韓国人のテコンドーの普及活動が凄まじいです。今海外ではテコンドーがとてもポピュラーになっており相対的に空手の存在感が薄れているようです。テコンドーは空手のコピーですが、韓国人はこれを長い歴史を持つ朝鮮伝統の武道と言い張っています(そして空手より先に五輪種目になってしまいました)。また、剣道をやっている友人が言っていたんですが、韓国人は「剣道は本来朝鮮の武道である」と主張し、米国などでは韓国剣道の影響力がなかなか強く、それを信じている人もけっこういる、という話を聞きました(古森さんはそんな話はお聞きになったことがありますか?)。
近年、相撲はプロは言うまでもなく最近はアマチュアでも外国勢に負けたりします。剣道もとうとう前回の世界大会で、日本は米国に敗れ結局韓国が優勝しました。
柔道というのは非常に実戦的な格闘技ですので、多くの国々の軍隊や警察でも学ばれており、そこまで国際化している状況で日本の柔道は依然本家としての強さを維持しており、本当にすごいことだと思います。日本柔道を心から応援しています。
異国の人々と話すと、日本のイメージとして「サムライと武道の国」という印象を持っている方々が多いようです。そんなイメージは本当にかっこいい素晴しいイメージだと思いますが、一方では外国の人が「本物」に出会う経験があまりないようです。
また韓国の「我々こそが武道の国」という露骨な海外での攻勢を目の当たりにすると「武道の国日本」の地位がちょっと心配になってきます。
日本政府も国のイメージの重要性はわかっていると思いますが、そんな日本武道への支援をもっとしてくれればと本当に思います。
長文駄文失礼いたしました。
>人生での他の物事の多くと同様に、結果よければ、という認識は否定できませんよね。
それをconformismというのだと思いますが。
そこにとどまったらおしまいだと思っています。
(レス有難うございました)
現行ルールのもとで日本人選手が勝っていくには、柔道本来の崩してから投げるスタイルは順応しずらいジレンマがありますね。
女子48kg級決勝でみせた、準決勝で谷選手に勝ったルーマニア選手の投げは正に谷選手の真骨頂、嬉しく思いました。
一本を取りに行く日本柔道には勝てないからポイント制にしてきた現行ルールを、いかに本来の柔道に立ち返らせるか悩ましいところです。
礼や自分を鍛える場に対する礼、相手なしでは稽古も試合できない故の礼、弱い相手からでも学べることに気付いた礼の意味合いを解って初めて柔道に限らず競技に対する姿勢ができると思います。
戦国時代なら、というのは、そのとおりだと思います。
しかしいまの柔道でも、四つんばいになった相手に対し、背後から攻める技はいろいろ教えられています。ただし最近のルールだと、相手の背後から攻めて、抑え込み、あるいは絞めにもっていこうとすると、短時間のうちに審判によって、立たされてしまうという現実があります。だからはたからみていると、背後から仕掛ける技自体が存在しないかの印象を与えるのかも知れません。
いやあ、このお褒めの言葉はとくにうれしいですね。
あまり舞い上がらないように気をつけています。舞い上がると、下は建国門外の大通りで、車にひかれます。
確かに山下氏は熱をこめて、語ってくれました。こちらも柔道をやったことを彼もよく知っているので、細かく説明しなくてもーーたとえば「ウズベクスタンの選手には一発があるけど」なんていう表現は、それこそ一発で詳細や本意が通じますーー通じるという面もあります。
しかも彼は柔道競技の最終で石井の優勝への君が代が吹奏されたあとから、日本柔道選手団の打ち上げがあるまでの1時間をぜんぶこのインタビューに費やしてくれました。
私がふだん在住するアメリカの首都ワシントン地域でもテコンドウが盛んです。ただし柔道は韓国パワーはそれほどではありません(アメリカでは)。
むしろ韓国系の柔道の選手や師範たちも日本の柔道への敬意は表しているという感じです。
しかし全体として日本の武道の国際的な評価や地位に関しての危惧は私も抱いています。韓国は政府が海外でのテコンドウなどの普及を全面支援しています。柔道でも海外に出す選手は段位をあげて、送り出します。
わが日本政府も日本文化の国際的な振興に武道をぜひ加えてほしいですね。
お茶やお花も大切ですが、柔道、剣道、空手も日本からの対外発信ではきわめて重要であり、実効があると思います。
日本の外務省はこれまで武道への意識が低かったと思います。ロシアのプーチンが柔道家であり、山下泰裕氏を尊敬していることを知って、あわてて山下氏にアプローチしたころから、いくらか柔道などの外交的効用もわかってきたようです。
それでも柔道人口56万といわれるフランスに対し、日本の政府あるいは外交官がその柔道を使って日仏交流を深めるという話しをまず聞いたことがありません。シャンソンとワインだけではないのです。
返信してくださり、ありがとうございます。
武道における相手を敬うという精神は海外の人には新鮮のようですね。
あと日本の武道の道着は外国の人々から見るとかなりカッコイイみたいです。僕も外国の人が剣道着や空手着をしっかりと着ている姿はとてもカッコイイと思います。日本人以外にもなぜか似合いますね。やはり見た目、ユニフォームというのは大事なんで。
格闘技というのは世界中に色々なものがあるし、必須なものでもあるので日本の武道が受け入れられる土壌はありますよね。
柔道がこれほどまで多くの国々に受け入れらた理由は、世界中に柔道とある程度似たその土地その土地の民族の格闘技があり、そして柔道がそのなかでも実用的かつ競技として洗練されているからではないかと自分は思います。
柔道では絞め技は後ろからでも、前からでも、横からでも、許されています。
北京五輪でも確か石井が準決勝で相手を絞め、相手が「参った」をしました。ただしその直前に審判が「待て」をかけていたので、無効になりました。ひょっとして石井が反則をとられるかなと、心配したほどです。
抑え込みは相手を仰向けにさせた体勢になるので、相手が四つんばいのときは、その体をひっくり返さなければなりません。そのために相手の腕をとったり、首を押さえたりするわけですが、そのプロセスの間に、審判が「待て」をかけてしまうことが多いのです。
韓国の剽窃・起源の捏造主張には、山ほど情報がありますよ。
「コムド・クムド」「韓国 パクリ」などで検索なさってみてください。
その一例↓
「彼の国のパクリ癖」
http://clip.esmartkid.com/nhk/04_pakuri.html
ちなみにですが、山下氏は理路整然と話すことが多い人です。
おそらく、しゅんさんの想像よりは。
確かに彼は話すことに熱意を示し、試合会場からホテルまでの車内で40分ほど一気に離し、ホテルに着くと、「いやあ、ノドが乾きました。つい熱をこめて話してしまったので」と言い、ビールを飲みましょうということになりました。
ホテルの入り口からビールの飲めるバーまでの数十メートルの区間で、
山下氏は日本の女性たち3人に呼びとめられ、写真を一緒にとらせてほしいと求められました。私にどうしましょうか、と聞くので、どうぞ、どうぞといったら、丁寧に3人それぞれとポーズ写真をとらせてあげていました。
その後に彼はビールをおいしそうに飲んで、さらに20分ほど話しをしました。
ライバル意識はあると思いますよ。
でも自分の立場上、それを露骨には出せないし、出さないということだと思います。