北京五輪で浮上した「中国と日の丸の旗を振ること」の意味について、コラム記事を書きました。
この「北京奥運考」というコラムもこれが最終です。

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記事情報開始【古森義久の北京奥運考】当局が抑えた「反日」

 

 女子柔道の78キロ超級の決勝戦で日本の塚田真希と中国の●文が対決したとき、観客席からは日中両方の勢いのよい声援が交互にわきあがった。

 「ニッポン!」

 「チアヨウ(頑張れ)!」

 「ニッポン!」

 「チアヨウ!」

 中国語の声援はもちろん自国選手に向けてである。

 地元だからその声の方がずっと大きいが、日本側もかなりの人数が負けずに声を張り上げる。

 そのほとんどが日の丸の小旗を打ち振る。

 大きな布の日章旗を広げて掲げるグループも目立つ。

 顔に小さな日の丸マークを塗った若い女性群もいた。

 開会式の日本選手団とは異なり、日章旗とともに中国の国旗を握って振る人はまったく目につかなかった。

 もっともフランス、ロシア、韓国などの応援団も自国旗だけを打ち振り、中国の五星紅旗を同時に振る人は皆無である。

 ごく自然な現象だろう。

 中国人の観客たちが塚田の戦いにやじや、ののしりを浴びせることはなかった。

 いわゆるブーイングは日の丸を誇示する日本応援団に対してもぶつけられることはなかった。

 この夕、同じ試合場で男子100キロ超級の石井慧が優勝し、君が代が吹奏されたときも、中国人観客はみな起立して静かに聞き入った。

 この日は中国が日本に対する戦勝を記念する8月15日だったことも影響はなかった。

 その3日前、同じ会場で女子63キロ級の谷本歩実が優勝したときも、君が代には観客はみな起立した。

 谷本の応援には彼女の所属する日本企業関連の100人ほどの一団が文字どおり日の丸だらけで絶叫を続けたが、中国人観客は反発しなかった。

 北京五輪では全体を通じて従来のような反日ブーイングや暴力行為がなかったのが特徴だといえる。

 女子サッカーの日中戦で中国人が日本人の持つ日章旗を折ったという話を除いては平穏だった。

 サッカーなどで日本チームがののしられ、君が代がブーイングを招き、日本側サポーターが暴行まで受けるというここ数年の事態とは対照的だった。

 しかし、日本側では北京五輪でもその種の反日言動が起きることを恐れ、あえて開会式で入場行進する日本選手たちに日の丸と同時に五星紅旗を持たせた。

 日本オリンピック委員会が北京の日本大使館と協議してとった措置だった。

 主催国とはいえ他国の国旗を振って行進する大選手団は他にいなかった。

 ブーイング予防という選手への配慮だとしても、媚(こ)びとも映りかねない異端の光景が生まれた。

 開会式の選手用も含めて合計約400本の中国国旗を調達した日本大使館は女子マラソンでも日本側の応援者たちにそれを配り、日の丸とともに振ることを要請した。

 日の丸だけを振ってはならないという認識からである。

 中国では日本の国旗は振れないという主張はどうしても長野の聖火リレーで巨大な五星紅旗が多数、打ち振られた事実を想起させ、日中関係の悲しいゆがみを痛感させる。

 では今回の五輪ではなぜ観衆の反日言動が起きなかったのか。

 簡単にいえば中国当局が20万人もの「文明応援隊」を作り、観戦マナーを徹底させたことに加え、胡錦濤政権が国内の反日を政策的に少なくとも当面、一定限度内に抑えようと努めているからだろう。

 日本側が五星紅旗を振ったからではない。

 共産党直結の英字紙「チャイナ・デーリー」は日本の五輪チームの友好的大特集を組んだし、国営新華社通信系の新聞「国際先駆導報」も一面に「五輪で中日の民間の感情を緊密に」という長文記事を載せていた。

 だが政府当局による五輪でのマナー特訓や政治戦略からの反日抑制が一般中国人の心情をどこまで変えるのか。

 答えは当然ながら早急には出ないだろう。
                            (編集特別委員)

●=にんべんに冬

 

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