雑誌『諸君!』の論文の紹介をさらに続けます。

 

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 中国政府は五輪期間中、自国の国民の当局への苦情に対し、北京の公園三カ所をデモ容認区域(事前許可制)に指定し、集会の自由の規制を緩和する姿勢をみせた。

 

 いわゆる「直訴村」である。

 

 私は自分たちのオフィスからほど近い日壇公園のデモ容認区域、つまり公認直訴村に様子を見に行ってみたが、抗議をするらしい人の姿はまったくなかった。

 

 後で調べると、この公認直訴村での抗議運動の事前申請が少なくとも七十件以上もあったが、当局はそのすべてを拒否してしまったことが判明した。

 

しかしまだそんな実情を知らないまま、日壇公園で不審に思って園内を見回しているうちに、「ボランティア」の中年女性数人が、私が首から提げていた記者章をみとがめて、社名と名前を申告するよう強行に求めてきた。

 

公園の入り口の記帳台にあるノートに名前などを書けというのだ。

 

公園を見物しているだけだから、と断ったが、必死で、しつこく記述を要求してくる。

 

結局は記帳に応じてしまった。

 

この経験でわかったのは、五輪期間中には抗議の活動は一件も許可されず、公認の直訴村を認めたという発表も、中国当局が民主的なポーズをとってみせただけ、という実態だった。

 

  またある晩、テレビをみていてるうち、おもしろい現象を目撃した。

 

 イギリスのBBCテレビだった。

 

 一般の中国人はみられない衛星放送である。

 

 そのBBCが中国でのネット規制に関して詳細な報道をしていた。

 

 そのレポートで中国当局の規制や検閲を正面から批判するコメントが始まる途すぐに、「ピッ」という音とともにTVの音声が途切れ、映像が乱れた。

 

 コメント部分は音も映像も20秒ほど、すべて消されてしまった。

 

 明らかに中国当局の検閲官が番組をリアルタイムでチェックしていて、好ましくない部分だと判断して、妨害作業をしたのである。

 

 いまだにこんな原始的な手段で検閲をしているのか、と信じられない思いだった。

 

しかし私は以前に中国在勤の経験があり、中国当局がこんな言論弾圧をすることは数え切れないほど体験していた。

 

七年後のいまも、しかも五輪の開催の最中に、なお中国政府がこんなことをしているという事実にあきれたわけである。

 

しかし中国経験のない欧米の記者たちはもっと驚いたことだろう。

 

中国経験者であれば「ああ、またか」という一種の諦念もあるが、今回、北京に集まった報道陣の多くは中国取材が初めて、しかもそれまでの五輪取材でこのような規制を受けたことがない、というケースが大多数だろう。

 

彼らの目に中国がいかに異様な国として映り、また神経を逆撫でされたか、想像に難くない。

 

中国政府自らが中国の批判者を大量生産しているのだ。

 

   開会式前日の八月七日、各国のジャーナリストたちが集まるプレスセンターで欧米の記者たちと話すと、驚くほど多くの人たちが中国当局のネット規制やチベット抑圧、宗教の弾圧といった課題を五輪開催と結びつけて、中国政府に対する批判を爆発させていた。

 

 その数日前、北京では「フリー・チベット」と書かれた横断幕を五輪選手村近くの電柱に掲げた米国人二人と英国人二人が即座に拘束され、国外追放されるという事件があった。

 

 また、冬季トリノ五輪スピードスケートの金メダリスト、ジョイ・チーク氏(米国)が北京五輪への来訪を決め、入国ビザまで取得していたのに、出発直前にそのビザを取り消されるという措置を受けた。

 

 チーク氏がダルフール虐殺問題で中国政府を非難する運動に関与していたことが理由だった。

 

 欧米の記者たちは、この「チーク事件」をも話題にしていた。

 

  (つづく)

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