雑誌『諸君!』の論文の紹介をさらに続けます。

 

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 中国政府はこうした外国メディアの不満を和らげようとしてか、呉建民・中国外交学院教授に「北京五輪と中国の対外関係」という題名のブリーフィングをさせた。

 

 開会式の前日の八月七日だった。

 

 呉氏は中国外務省の報道局長や駐フランス大使を務めた中国政府きっての国際派であり、スピーチもうまい。

 

 だが、記者側からは人権関連のテーマ、つまりは中国の異質性を問いただす厳しい質問が相次いだ。

 

 オランダの有力紙NRCハンデスブラッドの記者は「なぜ中国政府はダルフール虐殺を〝支援〟したのか?」という質問を発した。

 

 傍目には完全な中国人にみえる在外華僑の機関紙の記者さえ「ジョイ・チークのビザを取り消したのはなぜか?」と詰め寄った。

 

 呉教授は欧米ジャーナリストの問題提起や批判をもっぱら「東と西、アジアと欧米の間の文化の違い、思考の違い」のせいにする答弁に終始した。

 

 そこで私もついに「日本は文化的には中国に対しては欧米よりもずっと近いといえるだろうが、その日本の感覚でもいまの中国政府の言動は行き過ぎだと思うが」と質問した。

 

 より具体的には、「フリー・チベットの横断幕を掲げた米英の若者たちを国外追放したのは過剰反応ではないか?」という問いだった。

 

 私の質問に対する呉氏の回答は以下のような趣旨だった。

 

「中国には独自の法律と独自の文化があり、いずれも欧米とは異なる。欧米では何事も白黒二分して、善悪を単純に分けてしまうが、現実はそう簡単ではなく、灰色の領域も存在するのだ。中国はそんな二分法はとらない。欧米諸国は中国をはじめとする歴史の長い国や開発途上の国の文化や価値観への理解を深めねばならない。そうなれば、オリンピックが象徴する調和のある一つの世界ができるだろう」

 

 なんとも苦しい答えだった。

 

 呉氏は一つ一つの質問に根気よく丁寧に応じていったが、外国人記者たちはまったく不満足のようだった。

 

  プレスセンターで毎日のように開かれる北京五輪組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)の定例記者会見でも、記者たちからは鋭い質問が絶えず発せられた。

 

 英国人記者からは「中国政府は人権問題と報道の自由に関する約束を守らなかった。IOCは約束を反故にされて恥ずかしくないのか」という厳しい質問が飛んだ。

 

 中国政府が北京五輪を誘致する際に、「報道の自由」や「人権問題の改善」をIOCに対して約束した経緯があるのだ。

 

 IOCの報道官は「五輪が社会体制によい影響を与えるかもしれないという希望が確かに二〇〇一年にはあった」としつつ、「競技がスムーズに行われている事実を誇りに思う」と強弁するしかなかった。

 

「共産党支配の現実と五輪前の約束の矛盾が露呈するのに一週間もかからなかった」(英紙フィナンシャル・タイムズ)というのが欧米人記者たちの率直な印象であろう。

 

  北京五輪は中国政府にとって、海外に中国の魅力をアピールし、国際社会にデビューするための場であったはずだ。

 

 しかし、自国に都合の悪い報道をする海外メディアを検閲・統制しようとすればするほど、むしろ中国の異質性や無法性をアピールすることになり、中国の対外イメージはかえって悪化してしまう。

 

 独裁権力者にとってメディア統制は必ず両刃の剣となることを、中国共産党は身をもって示しているのである。

 

 そしてさらにその結果、北京五輪自体が中国当局にとって両刃の剣となったのだといえよう。

 

(つづく)

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