雑誌『諸君!』の論文の紹介の続きです。

この後、もう一回分で完結します。

 

なおアメリカ大統領選の最新状況については別なサイトに書きました。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/84/

 

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「五輪疲れ」が「異質性への疑問」に転化する

 

   第三の「五輪開催による経済浮揚効果」は、現時点では結論を下しかねる。

 

 だが、北京五輪が中国のマクロ経済に大きく寄与するという見方は疑わしい。

 

 開催に間に合わせるために無理を重ねた都市開発は、むしろ国力を殺いだ可能性もある。

 

 「株式市場は正しく民意を反映する」という格言がここ中国でも通用するならば、上海総合指数は五輪開催中も下降トレンドのままだった。

 

 少なくとも株式市場からみる中国経済は五輪開催を歓迎していないと推測できる。

 

また、五輪開催前のチベット弾圧事件や汚染食品のせいで外国人観光客の出足が予想を大きく下回ったことも大きい。

 

さらに五輪協賛の各国大企業がチベットでの弾圧などにより、人権擁護団体から激しい抗議を受けたことも、ミクロ経済の次元では大きなマイナス要因だろう。

 

北京五輪にかかわることがそれら協賛大企業のイメージの汚染となってしまうのだ。

 

この事態は中国への諸外国からの投資の動向にも、負の要因となるであろう。

 

北京五輪の開催にからんで中国当局が断行した抑圧の数々は中国が投資先としても好ましい環境や条件を有していないという現実をも改めて照らし出すこととなった。

 

たとえその効果がイメージの領域だけに限定されたとしても、外国投資に高度経済成長を頼ってきた中国としては深刻な事態だといえよう。

 

しかしさらに深刻なのは、中国人民に蔓延する「五輪疲れ」ともいうべき倦怠ムードであろう。

 

  五輪招致決定後、中国政府は競技関連施設の建設などインフラ整備のため、内陸の貧しい農村地帯から「民工」と呼ばれる肉体労働者を数百万人規模で北京に呼び寄せ、急ピッチで建設作業に従事させた。

 

 中国共産党は「農業戸籍」と「非農業戸籍」を区別して人口移動を厳しく制限してきたため、民工の人々は国民としての基本の権利の保証も社会福祉恩恵もなく、最低の労働条件と賃金で働かされてきた。

 

 そして、いざ五輪が始まる直前になると、粗末なボロ小屋から強制的に追い出され、北京市外へ追い立てられてしまったのである。

 

 民工たちが抱える苦しみや悲しみ、そして怒りは、深刻なものがあるだろう。

 

  民工ほど悲惨ではなくても、北京五輪によって不利益や不便を蒙った人々は数多い。

 

 前述のような車のナンバーの偶奇による交通規制に耐えてきた北京市民、その規制のために農作物や畜産物を腐らせてしまった生産者、商売あがったりの流通業者、わずかな外国人観光客しかいないのに全市一律に駆り出される「ボランティア」……。

 

一般の人々は、開会式前の時点で、すでに疲れきってしまったようにみえた。

 

そのせいか、庶民的な食堂や商店をのぞいても、TVの五輪中継の観戦に興じているシーンを見かけることはあまりない。

 

たまにあっても、見ているのは外国人ばかりだった。

 

  北京でのそうした一般市民たちの動向は、今後の中国の行方を占う上で、大きなカギとなるだろう。

 

 現在、中国国内における情報は厳しく統制されている。

 

 しかし、北京五輪の開催が諸外国の情報をより多く中国の一般市民に触れさせる触媒となった可能性は高い。

 

一般市民が外国人の選手や観光客の所作を直接に目にして、自分たちが国際社会の普遍的価値観からいかにズレているかを肌で感じた機会も多かっただろう。

 

 そうなると、いかに一枚岩の共産党の教育だけで育てられてきた中国人とはいえ、「自分たちの国の政府は少し異質ではないか?」という疑義を抱くことも十分に考えられる。

 

  そのような兆候はすでに実際にちらついてみえる。

 

 ネット掲示板に寄せられる反政府的な書き込みが世論の動向を左右し、地方で発生する暴動やデモの大きなファクターになっている。

 

 現在はネット検閲によって当局は政府批判を必死で削除しているが、そうしたモグラ叩きのような作業にはいつか限界がやってくる。

 

(つづく)

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