アメリカのバラク・オバマ次期大統領についてかなり長い記事を月刊誌『WILL』2009年1月号に書きました。

 

 タイトルは「バラク・フセイン・オバマの光と影」「米メディアが報じなかったオバマ最大のタブー」となっています。

 

 その内容を何回かに分けて、紹介します。

 

 なおオバマ氏については以下の別サイトにも記事を書きました。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/88/

 

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 アメリカの第四十四代大統領に民主党のバラク・フセイン・オバマ氏が当選した。

 

 十一月四日の投票で共和党のジョン・マケイン候補を破っての勝利だった。

 

「地すべり」ではないまでも、圧勝と呼べる票差だった。

 

 オバマ氏はアメリカの歴史でも初めての黒人大統領となる。

 

 アメリカ国内でかつて奴隷だった黒人がついにその国全体の元首たる大統領の座に就くのである。

 

 アメリカの社会や国民の開かれた意識を反映し、その民主主義の健全性を明示する文字どおり歴史的な出来事だといえよう。

 

 ちなみにアメリカ社会では黒人を指す場合、アフリカ系という呼称が「政治的に正当」ともされる。

 

「アフリカ系アメリカ人」という表現である。

 

 だがその一方、「黒人」という表現も客観的な用語として使われる。

 

 黒人というのはいまのアメリカの国勢調査などで正式に使われる公認の用語でもあるのだ。

 

連邦議会の上院議員をわずか三年ほど務めたという公務だけが国政レベルでの経験としてはすべて、という四十七歳のオバマ氏が初の黒人として一気に大統領に当選したことは、文字どおり驚異的な偉業だった。

 

オバマ氏の政治デビューは彗星のようだったのだ。

 

そもそも全米の次元でオバマという名前が初めてごく一部でも認知されたのは二〇〇四年夏の民主党全国大会だった。

 

この大会で民主党の大統領候補にはジョン・ケリー上院議員が指名されたが、その指名の演説をした一人が当時、イリノイ州の州会議員にすぎなかったオバマ氏だった。

 

だが当時から民主党筋では注視されていた。

 

カリスマ性などという表現がすでにちらほら述べられていた。

 

オバマ氏はその年の連邦上院議員選挙にイリノイ州から立って、みごとに当選した。

 

しかし、その時点で彼がわずか四年後にホワイトハウスの主になるとは、予測する人はいなかった。

 

 オバマ氏の選挙での戦いぶり、そして勝ちぶりは異例の才の劇的な成果としてアメリカの政治や選挙の歴史に特筆されるだろう。

 

 特徴としてはまず天賦の弁舌の才である。

 

 よく「黄金の舌」と激賞されるほど演説が上手なのだ。

 

 語調に静かな低音の抑制を効かせ、明確で穏健に響くメッセージで聞く側の心を和らげる。

 

 わかりやすい表現での直截の訴えは理と情の両方を同時に実感させる。

 

 私自身も初めてオバマ氏の演説にじっくりと耳を傾けたときは、びっくりするほど好印象を受けた。

 

「アメリカには保守も、リベラルもありません。白人のアメリカも、黒人のアメリカもない。ただ一つのアメリカ合衆国があるだけなのです」 

 

 こんな言葉もよく考えれば、当たり前のことなのだが、オバマ氏の口から出ると、ふしぎなほど説得力がある。

 

 癒しの効果がある。

 

 なるほど、この人物の言に従っておけば、アメリカという国も社会も一つに穏やかにまとまるのではないか、という気持ちがなんとなくわいてくるほどなのだ。

 

融和や団結を唱えるオバマ氏の演説は、初期の最大ライバルのヒラリー・クリントン上院議員が対決調の言動を特徴としていたために、ことさらアピールを発揮したといえる。

 

いつもピリピリと張りつめたような緊張や対決を感じさせるクリントン候補の言動とはちょうどコントラストを描いたのである。

 

オバマ氏は現実の政策面では具体的な主張が少なかったが、基本方向を思わせる表現として「変革」と「希望」という言葉を繰り返し、スローガンとして唱えた。

 

とにかくいまのブッシュ政権の政治環境からの「変革」を主張し、現状を閉塞としてとらえ、それを打破する「希望」をアピールするのだった。

 (つづく)

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