アメリカに端を発した金融危機からの世界の経済不況がこんごの国際関係や外交関係をどう変えるのか。
 
とくに非経済の安全保障、政治、テロリズムというような領域も経済の不況で変わってしまうのか。
 
そんな疑問を取り上げたコラム記事を書きました。
 
 
 
【緯度経度】ワシントン・古森義久 不況は世界を変えるか
2008年12月06日 産経新聞 東京朝刊 国際面


 

 インドのムンバイで起きた大規模なテロ事件は二重、三重の意味で衝撃的だった。
 
 殺戮(さつりく)や破壊のすごさとともに、この世界はカネの動きだけでは支配されないという冷徹な現実を突きつけたからだった。


 最近の世界は、米国の金融危機が火をつけた国際的不況の広まりにどっぷりと侵食されきった感じだった。
 
 金融とか経済という事象だけが人間集団を虜(とりこ)にし、統御するかの観があった。
 
 ところがムンバイでのテロは人間も国家も、ときには金融や経済の枠をまったく超えた要因に突き動かされるという単純な摂理を示したといえよう。

 とはいっても経済の変化が政治、軍事、安保など非経済の領域にも大きな影響を及ぼしていくのも、これまた世界の現実である。
 
 だからいまの米国の国政や言論の場では、現在の経済不況や金融危機が国際関係をどう変えていくのかをめぐる議論も活発となってきた。

 ブッシュ政権で国家安全保障会議や国務省の枢要ポストを歴任した米国外交問題評議会のリチャード・ハース会長は「不況は外交政策になにを意味するか」という題の論文を米紙に発表して、次のように論じた。

 「不況は米国政府に国内経済刺激への巨額の支出を余儀なくするため、防衛と対外援助の予算がどうしても大幅に削られる。防衛と援助は米国の対外的なパワーと影響力の主要手段だから、その削減は米国の国際的主導権を弱める」

 米国議会調査局も、米国の金融危機が米国の対外政策にどんな意味を持つかを調査した議員用の報告書で伝えていた。

 「この金融危機は、米国が全世界に向けて広めてきた『自由市場資本主義』の終わりの始まりを告げるのかどうか。この問いかけへの答えは米国の対外政策自体の将来を左右する」

 今回の金融危機と経済不況が招きうる国際的な変化としてよく指摘されるのは、グローバリゼーションへの影、とくに米国主導の自由市場経済や規制緩和の流れへのブレーキである。
 
 不況は各国の経済に閉鎖傾向を生み、保護貿易主義を広げる、という説もある。

 こんごの経済では自由よりも国家の介入が再評価されるため、独裁国家の中国や北朝鮮が少なくとも政治的に元気づくという観測もある。
 
 その一方、不況は貧困を増すため、開発途上国では政治の不安定が強まるという見方もある。

 そんななかでとくに注視されたのは米国とすでに対立してきた諸国の動向だった。
 
 金融危機が国際的に反米風潮を強めるのかという設問と一体の主題だった。
 
 たとえば米国が核兵器開発を非難してきたイランでは、政権中枢の高官が「この金融危機は米国への神の罰なのだ」とうれしげに言明したという報道がワシントンにも伝えられた。

 国連総会でブッシュ大統領を「悪魔」と断じたチャベス大統領を抱く南米のベネズエラや、このところグルジア問題やミサイル防衛配備などをめぐり米国への姿勢を強硬にするロシアでも、米国の金融危機の当初はそれを自陣営への大きなプラスと受け止めるような動きが伝えられた。


 ところがその後、石油の価格が暴落した。
 
 米国の金融危機から起きた世界的不況の結果だった。
 
 イランもベネズエラもロシアも産油国である。
 
 当然、外貨の収入が大幅に減ってしまう。
 
 イランでは政府収入の激減の結果、野心的な国家予算が組めなくなって、アフマディネジャド大統領までが周辺から非難されるようになった。
 
 チャベス大統領も国家資金の激減への懸念を認めるにいたった。
 
 両国とも米国を敵視しての強圧的な行動を新たに拡大もできなくなったようだ。

 このへんの実態をハース氏は「不況は米国の力を弱くするが、米国に敵対する諸国も同様なのだ」と評した。
 
 不況は米国の力だけを弱めるのではなく、相対的には国際関係はそれほど変わらないというのが目下の総括のようである。
 
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