次期のアメリカ大統領のバラク・オバマ氏がどんな政策を打ち出し、どんな哲学を実践するのか。

 

 世界中がかたずをのんで見つめているといっても、誇張ではないでしょう。

 

 そのオバマ次期大統領について組閣などを中心に長い記事を書きました。

 

 雑誌『正論』の2009年2月号に掲載された古森のレポートです。

         

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「変革はワシントンからは起きません。変革は外部からワシントンへとやってくるのです!」

 

 アメリカ大統領選キャンペーンの終盤戦でバラク・フセイン・オバマ候補が最も頻繁に口にした言葉だった。

 

 反ワシントンとも、脱ワシントンとも、呼べる言辞だった。

 

 「変革」と「希望」を政策指針のスローガンとして、首都ワシントンでの国政のあり方を首都の外からの新しい風を吹き込むことで根本から変えるぞ、という宣言でもあった。

 

 だがオバマ氏が第四十四代アメリカ大統領に当選してから一ヶ月余り、十二月中旬の時点でみるオバマ次期大統領は逆にワシントンにぴったりと身を寄せてしまったかのようにみえる。

 

 脱ワシントンも、変革も、意外なほどに感じさせない。

 

 ワシントンの外からの新しい風がどこにも感知できない。

 

 むしろ反対に、次第に明らかとなった新政権や閣僚に任命された顔ぶれをみると、びっくりするほどワシントン・インサイダーが多いのだ。

 

 ワシントン政界の長年の常連たちである。

 

オバマ氏のこの変身は、よくもここまで、と思わせるくらい徹底している。

 

同氏自身、大統領に実際に就任するのは二〇〇九年一月二十日であり、新政権はまだスタートしていないのだから、即断は控えるべきではあろう。

 

まずはお手並み拝見ということで、静観すべきという考え方もあろう。

 

だがその一方、次期大統領として公式に発表していく人事などは、当然、次期政権のあり方を投射し、アメリカのメディアや国民の正面からの論評の対象となる。

 

さてそのオバマ人事案をみると、統治の政党自体は当然ながら共和党から民主党へと変わるとはいえ、オバマ新政権を動かす中枢の高官たちはオバマ氏の「反ワシントン宣言」にもかかわらず、ワシントンですでに長年、おなじみの顔ぶればかりとなりそうなのである。

 

 典型的なワシントン・インサイダーということなら、まず国務長官に指名されたヒラリー・クリントン女史だろう。

 

 周知のように、クリントン氏は一九九三年一月に登場したビル・クリントン大統領のファーストレディーとしてワシントンの主舞台にデビューした。

 

 ホワイトハウスでは歴代の大統領夫人でも初めて閣僚待遇の地位を要求し、実際にクリントン政権の閣議にも定期的に出席するという突出ぶりだった。

 

クリントン女史は二期八年の夫の大統領任務が終わった後はすぐ上院議員へと転進した。

 

二〇〇〇年にニューヨーク州選出の上院議員に当選し、翌年からワシントンの連邦議会上院での議員活動を開始した。

 

そして二〇〇八年の大統領選挙に打って出たのである。

 

それまでの軌跡はまさに強烈なワシントニアン(ワシントン人)だった。

 

オバマ氏が大統領に当選後、最初の主要人事の発表として名前をあげたラム・エマニュエル氏も究極のワシントニアンだった。

 

エマニュエル氏といえば、ワシントンの政治の内幕で民主党の活動家として長年、ギラギラとどぎつい活動をしてきた人物である。

 

同氏はオバマ新政権の大統領首席補佐官という中枢ポストに選ばれた。

 

エマニュエル氏はまだ二十代だった一九八〇年代から常に民主党側で選挙活動やロビー活動にかかわってきた。

 

連邦議会の民主党選挙活動委員会のスタッフとなり、一九九二年にはビル・クリントン大統領候補の選挙を支援して、翌年にはホワイトハウスに登用され、大統領の顧問や補佐官を務めた。

 

エマニュエル氏はワシントンの政治ゲームに精通し、同じ民主党内での争いや共和党との戦いではえげつない、しかし威力のある戦術を駆使するケンカ屋としても知られてきた。

 

自分の活動を妨害する政敵に腐りかけた生魚をボックスに入れて送りつけ、心理的な威圧をかけ、沈黙させたというのはワシントン政界でも有名な「エマニュエル・エピソード」である。

 

オバマ氏が政権引継ぎチームのトップに選んだのも、ワシントンでの活動が長いジョン・ポデスタ氏だった。

 

ポデスタ氏は一九七〇年代からワシントンで連邦議会の民主党議員の補佐官やロビイスト、さらには選挙の資金集め役として活動してきた。

 

一九九三年にはクリントン政権に招かれ、大統領の首席補佐官となった。

 

オバマ氏の他の閣僚級の人事となると、同氏のワシントン・エスタブリッシュメント依存はさらに顕著となる。

 

商務長官に任命されたビル・リチャードソン氏は連邦議会の下院議員を務め、クリントン政権では国連大使やエネルギー長官を歴任した。

 

司法長官に任命されたエリック・ホルダー氏も長年、ワシントンを舞台に活動してきた弁護士で、同じくクリントン政権の司法副長官だった。

 

ホワイトハウスの国家経済会議委員長に選ばれたローレンス・サマーズ氏もクリントン政権の財務長官として日本側でもよく知られた人物である。

 

ハーバード大学の学長を務めた最近、女性差別ともとれる発言をして、辞任に追い込まれたが、それよりもワシントンを拠点とする経済や財政の専門家としての声価が高かった。

 

こうみてくると、オバマ氏の選挙期間中の「ワシントン叩き」も、「ワシントンの既成勢力の否定」も、空疎なレトリックに過ぎなかったのか、と思わされてくる。

 

「ワシントン」を切って捨てるかのような言辞を繰り返しながら、いざ当選したとなると、こんどは「ワシントン」にすり寄り、全面依存という感じにまでなってきたのだ。

 

オバマ夫妻が二人の娘、マリアさん、シャサさんをワシントンでは名門私立の「シドウェル・フレンズ」校に入れると発表したことも、なにやら示唆的だった。

 

というのは、この名門校はワシントンのエスタブリッシュメント向けのエリート学校なのである。

 

クリントン大統領夫妻の一人娘チェルシーさんも同校に通った。

 

ちなみに同じ民主党大統領でも一九七七年一月にホワイトハウス入りしたジミー・カーター氏は末娘のエイミーさんをワシントンの一般の公立小学校に入れていた。明らかにワシントン・エスタブリッシュメントに背を向けた選択だった。

 

(つづく)

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