8月22日の産経新聞朝刊に以下の記事を書きました。

 

【緯度経度】ワシントン・古森義久 医療保険改革 オバマ支持を減らす


 

 米国の政治でも「一寸先は闇」という言葉が当たるのかも知れない。
 オバマ大統領のこのところの苦戦をみていると、そんな実感を覚える。

 白馬にまたがるプリンスのようにさっそうと国政に登場し、高い人気を誇ったオバマ大統領がつい19日に公表されたラスムセン社の全米世論調査では、「強く支持」が全体の32%なのに対し、「強く不支持」が38%と大幅な支持率の下降をみせた。

 

 70%台の支持率だった数カ月前からすれば劇的な人気失墜だといえる。

 

 オバマ大統領への反対の声を急速に高めたのは明らかに医療保険改革である。

 

 オバマ政権は登場後まもない数カ月前から全力をあげて、議会での包括的な医療保険改革法案の成立を目指す作業を始めた。

 

 米国のリベラル派懸案の国民皆医療保険への前進だった。

 

 この動き一つでもオバマ大統領は中道や穏健の実務派ではなく、「大きな政府」を強く信奉するリベラル革新派であることを鮮明にした。

 

 だが、この医療保険改革がオバマ政権側の予測よりずっと広い国民層から激しい反発を受ける羽目となった。

 

 この18日に発表されたNBCテレビの世論調査では、オバマ大統領の進める医療改革に賛成する人が41%、反対が47%だった。

 

 今年4月には医療制度の全面的な改革に賛成が33%だったのが、現在は21%に減ってしまった。

 

 米国民のこうした反応の結果、オバマ大統領は当初、8月末までには医療改革法案を通すとしていた言明を反古にし、さらに9月いっぱいとした予測も揺らいできた。

 

 それどころか一連の法案の中身を薄め、政府の役割をどんどん後退させ始めた。

 

 「国民皆保険」の実現はほど遠くなる見通しさえ強くなってきた。

 

 オバマ大統領の医療保険改革でのこの後退をくっきりと象徴したのは、共和党の前副大統領候補のサラ・ペイリン女史との対決だった。

 

 オバマ政権の主導で議会に出された医療保険改革の法案の中にあった「高齢者は末期介護などについて政府任命の機関と定期的に協議する」という趣旨の一項を、ペイリン氏は「死の審査会」として批判した。

 

 ペイリン氏は、この高齢者末期介護の案を進めたオバマ大統領の医療政策顧問エゼキール・エマニュエル医師がかつて「公的医療は15歳から40歳の男女を最優先すべきだ」として、高齢者への医療費抑制を説いた論文を引用し、「官僚的な『死の審査会』が病んだ高齢者の医療を打ち切ろうとするに等しい」と非難した。

 

 この非難は同調の輪を広げ、オバマ政権側が全米各地で開く医療改革推進のための「町の討論会」でも多くの一般参加者たちが賛同し、同政権を攻撃した。

 

 オバマ大統領はペイリン氏の主張に「事実ではない」と反論し、民主党のナンシー・ペロシ下院議長はペイリン氏に「非米国的」という激しい非難を浴びせて、発言の撤回を求めた。

 

 だが「死の審査会」という言葉はさらに幅広い層に共感を呼ぶにいたり、オバマ政権側はついにその「高齢者末期介護」案を法案から削ってしまった。

 

 この議論に関する限り、オバマ対ペイリンの対決もペイリン氏の勝利に終わったわけだ。

 

 しかし4千万人以上の国民が医療保険のない米国で国民多数派がなぜ皆保険に難色を示すのだろうか。

 

 最大の理由はやはり、米国に根強い「政府への依存」や「政府による管理」への国民の伝統的な反発のせいだろう。

 

 今年1月のピュー・リサーチ・センターの世論調査では経済の大不況にもかかわらずなお、「政府は国民の経済を傷つける」と答えたのが50%、「政府は国民の経済を助ける」と答えたのは39%という結果が出た。

 

 「政府を信じられる」という人が約20%だったともいう。

 

 国民皆医療保険というのはまさに「大きな政府」への依存である。

 

 オバマ大統領の人気も、米国民のその「大きな政府」への反発を崩すところまでは及ばなかったということだろう。