この論文を読めば、いま鳩山政権が政府としての当事者能力を失い、分裂状態になっている普天間基地問題の真相がよくわかります。

 

つい最近も紹介した拓殖大学の渡辺利夫学長の現地を視察され、当事者たちと話しをされての報告です。

 

 

その渡辺論文の中枢は以下の文章一つに凝縮されているようです。

 

<沖縄と米国の「合意」を阻止しているのが日本の新政権である。>

 

沖縄知事は立場上、公式には普天間基地は県外への移転を希望する、という趣旨を発言せざるを得ないでしょう。しかし現実は以下の渡辺利夫先生の述べられるとおりのようなのです。

 

とにかくこの渡辺論文を読むと、普天間問題の全体像と枢要の各部分像とが鮮明にわかるでしょう。

 

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【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 国益を見据え「普天間」決断の秋


  

 ≪問題解決の条件がそろう≫

 

 「知恵の輪」という遊びがある。

 

 2つの金属の輪をあれやこれやといじくりまわしているのだが、どうしても抜けない。

 

 これがあっと思うほどすんなりと抜ける痛快な瞬間がある。

 

 なんだこんなことかともう一度やってみても、果たしてこれがどうにもうまくいかないのである。

 

 外交にだってそんな偶然のような好条件が生まれて、難題中の難題がすんなりと解決するといったことがあるような気がする。

 

 沖縄問題の解決にとって現在ほどいい条件が整った時期はかつてなかったのではないか。

 

 10月の中旬、沖縄で日本青年会議所主催のシンポジウムにパネリストの一人として招かれた私は、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事としばらく歓談する機会に恵まれた。

 

 氏は“沖縄の意向はもう決まっているのだから、政府が方針をいちはやく決めてくれなければ、沖縄は動くに動けない”といった趣旨の困惑を吐露していた。

 

 困惑ではあるが、開けっぴろげな仲井真さんらしい率直な語りに私の方も“本当にそうですよねえ”と深くうなずいていた。

 

 沖縄県も名護市も、沖合移動という条件は付しながらも、現行の日米合意の基本計画を支持するにいたった。

 

 米海兵隊普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設は、在沖縄米海兵隊8000人とその家族のグアム移転、空母艦載機の厚木から岩国への移駐、沖縄本島南部の6施設の全面返還などを含む「パッケージ」として、2006年5月に日米両国政府によって合意された。

 

 日本は合意実現のために最大28億ドルの負担を米国に約している。

 

 ≪複雑な沖縄世論にも悪影響≫

 

 沖縄の世論が複雑をきわめていることを私とて知らないはずもない。

 

 しかし沖縄県と名護市の世論が、沖縄の負担の大幅軽減を求めて日米合意の方向に現在ほど大きく傾いた時期はない。

 

 北朝鮮の2度にわたる地下核実験や、大規模な軍拡により中国の東シナ海制海権の掌握が現実味を増している状況下で、これ以上問題をこじらせては日本の安全保障が危ういとする意識が沖縄県民の中にも高まってきたことの反映であろう。

 

 訪日したゲーツ国防長官は、鳩山新政権の要人との会談において普天間の代替施設のキャンプ・シュワブ沿岸への移設が実現しなければ海兵隊のグアム移転はなく、それなくして人口の密集する沖縄南部6施設の全面返還も不可能だという主張を繰り返した。

 

 ゲーツ氏は、極東での軍事力抑止と沖縄の負担軽減の2つを両立させようという戦略をもって日本の新政権に臨んだのである。

 

 沖縄と米国の「合意」を阻止しているのが日本の新政権である。

 

 これほどの皮肉もあるまい。

 

 11月のオバマ大統領の訪日の条件整備のためにやってきたゲーツ氏の訪日に際してもなお、首相は“来年の名護市長選、沖縄知事選などの様子をみて県民の総意を確かめたい”といい、外相は“日米合意の正当性を検証してからだ”といった趣旨のことを述べ、片や防衛相は“そんなに時間を浪費するいとまはない”といったりで、新政権の本意がどこにあるのかまるで不鮮明である。

 

 複雑な世論の沖縄である。

 

 市長選や知事選で県内移転派が勝利する保証はない。

 

 敗北ともなれば沖縄問題解決の「千載一遇」は消え去る。

 

 日米合意の検証といったところで、合意はその時々の政治的ベクトルの合成の帰結であって、条件の異なる現時点で正当性など検証できるものか。

 

 検証にどれほどの意味があるのか。

 

 仮に日米合意が不合理だとの結論が導かれたとて、米側がその結論をよしとして受け入れるとは思われない。

 

 ≪信頼なくせば同盟も空洞化≫

 

 外相のいう普天間基地の嘉手納基地への統合もすでに検証ずみのものだというのが米側の見解である。

 

 キャンプ・シュワブ基地の沖合移動は“県と政府の問題だ”との含みをもたせたゲーツ発言にさえ無反応であってみれば、待っているのは日米同盟「空洞化」の危機である。

 

 米国が信頼に値するアジアのパートナーとして選ぶのは、ひょっとして日本ではなく中国となる可能性がある。

 

 民主党のブレーン、ブレジンスキー氏などに根強い米中2極体制(G2)もあながち空想ともいえなくなる。

 

 集団的自衛権行使に踏み切れない片務的な日米同盟は、このポスト冷戦期にあってはそもそもが脆弱(ぜいじゃく)な存在なのである。

 

 脆弱な日米同盟をさらに脆弱なものにしようというのが民主党の本意ではあるまい。

 

 日米同盟は現在では日本と米国の2国関係を律する同盟というにとどまらない。

 

 北朝鮮問題、台湾海峡問題、何より中国の外洋進出を牽制(けんせい)して極東アジア全域の安定性を確保するための唯一の同盟なのである。

 

 日米同盟が崩れれば「極東のドミノ現象」が起こる危険性がある。

 

 どうしても抜けなかった「知恵の輪」が、あれと思うほど簡単に抜けてしまう希有(けう)な条件が整備されているのが現在である。

 

 民主党の諸兄よ、国益を見据えよ。ここは決断の秋(とき)である。

               (わたなべ としお)

 

 

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以下は渡辺利夫先生の多数ある著書の一つです。

 

新脱亜論 (文春新書)