ロッキード事件、とくに田中角栄逮捕の根拠となったロサンゼルスでの嘱託尋問や刑事免責の回顧レポートです。
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■【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(15)嘱託尋問と刑事免責
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1976年7月、ロサンゼルス地裁に到着し日本人記者団に囲まれるチャントリー氏。その右が筆者(古森)=ロイター |
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1976年7月、逮捕され東京拘置所へ移送される田中角栄氏 |
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■同盟への信頼を侵食
ロッキード事件のロサンゼルスでの展開を報道することを唐突に命じられたのは、まず私の自動車運転能力が理由だともいえた。
空港に着いてすぐレンタカーを調達し、広大なロサンゼルス地区に散る取材先を回るには記者自身で車を運転することが不可欠とされたのだ。
英語で取材する一定の能力ももちろん条件だった。
もし私が運転ができなかったら、その後の新聞記者としての進路はまったく異なっただろう。
ロサンゼルス連邦地裁での嘱託尋問はロッキード社のコーチャン前副会長、クラッター前日本支社長、エリオット前同支社員の3人が対象だった。
日本の検察から委託されたチャントリー元同地裁判事が尋問役となった。
3人が自社の旅客機トライスターを全日空に売り込むため日本政府の高官らに不正な資金を払ったことが明確となったため、日本での刑事事件捜査にはその証言を得ることが欠かせなくなったのだ。
嘱託尋問は1976年6月8日に開始されるかにみえたが、コーチャン氏らは尋問を執行するロサンゼルス連邦地裁に異議を申し立てた。
米国憲法上の自己に不利になる証言の拒否の権利などを主張したのだ。
だが同地裁は申し立てを却下する。
証人側は即日、連邦高裁に抗告した。
日本中の耳目がこの嘱託尋問の一進一退に向けられた。
私も現地に着くやいなや、この複雑な動きを必死で追った。
日本のメディアはやる気満々の記者たちを投入していた。
日本式の突撃取材で地裁に出入りする証人たちに質問を浴びせる。
証人や弁護士の自宅にも夜討ち朝駆けとなる。
なにしろだれかがほんの一言、なにか口にしただけでも1面の大記事となるのだ。
私も車を駆り、ベルエア地区の緑豊かなコーチャン邸やサンタモニカの近代風のクラッター邸に押しかけたりした。
だが事件の重みにもかかわらず、夏の陽光下の嘱託尋問のドラマは意外と明るかった。
ひとつには尋問の執行責任者のチャントリー元判事がごく気さくな人物で、日本人記者にもひどく愛想がよかったのだ。
「裁判官は給料を納税者に払わせるから、裁判所での出来事は最大限に国民に知らせる義務があるんだ」
本気だか冗談だか分からないこんなことを述べ、私たちの質問には懇切に応じてくれた。
やがて「これが尋問書だよ」と述べて、分厚い書類をかざし、最初の数ページをめくることまでしたのに、びっくりした。
コーチャン氏は礼儀正しかった。くどい問いかけにも逃げることなく耳を傾ける。
「ノーコメント」という反応が多かったのは当然だが、嘱託尋問が終わったときには日本人記者たちに夫人が用意したという日本のせんべいを贈り、労をねぎらってくれたほどだった。
本番の尋問は6月25日にやっと始まった。
だが証人たちは日本側の免責を求めた。
自分の証言の結果、日本の法律違反が判明しても処罰はされないよう刑事免責措置をとらなければ協力はしない、というのだ。
当然の要求だろう。
だが日本の司法には免責という制度がなかった。
日本の検察は米側の証言は緊急に必要だったから、免責を与えることにはすぐに同意したが、問題はその方法だった。
日本側では、刑法の一部改正が必要かもしれないという議論まで出た。
免責の問題が解決しないまま、尋問だけは進んだが、その解決なしには証言記録が日本側に渡されないというような状況までが生まれた。
この点で7月中旬、私は思わぬ情報を得た。
ロサンゼルス地裁の便所で以前に友人から紹介されていた地裁の関係者にばったり会うと、「当方は日本の最高裁が米側証人を訴追しない旨の意見書を出せば、十分だとみなしている」と、もらしたのだ。
そのことを記事にすると、朝刊の1面トップで大きく掲載された。
だが、スクープだなどと喜んでいるゆとりはなかった。
田中角栄前首相が逮捕されたのだ。
ロッキード社からの不正資金5億円を受け取った容疑だった。
つい1年半前まで総理だった人物の逮捕は、その後の日本を激しく揺さぶり続けることとなる。
「総理の犯罪」の裁判では、私も報じた免責措置の是非が最後まで争点となった。
ロッキード事件は日米同盟への一般の信頼性を侵食する影響もあっただろう。
だが事件の追及が米国側で始まったという事実が、日本側での不信を和らげる効果もあったように思える。
(ワシントン駐在編集特別委員 古森義久)
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コメント
コメント一覧 (6)
ブログエントリーとは直接の関係がない事ですが
下記の大紀元の記事の中に驚きの記載がありました。
http://goo.gl/CXr4
07年11月、解放軍高級幹部の王慶が、日本の諜報員を務めたことで軍事法廷で死刑を言い渡された
王慶を取り巻く真相に付いては全く知りませんが、こういう過酷な国際状況の中で
北朝鮮のスパイの釈放要望書に署名した菅直人氏
http://nyt.trycomp.com/hokan/0025.html
が総理に就任した日本は現状維持できないどころか
国体が壊されるんじゃないかと危惧しています。
大丈夫なんでしょうか?
部屋の隅に置いていた本ですが。
「角栄失脚、歪められた真実」、徳本栄一郎、光文社、2004年12月20日発行の最後のEpilogue エピローグからの抜粋より、
米国の行動原理と哲学は少しも変わっていない。 対等の友人として付き合っているつもりでも、知らず知らずのうちに利用され、最後は捨てられる可能性もある。
田中の栄光と悲劇は、今を生きる私たちにもそのまま当てはまる。国際政治・経済のルールの変化を認識せず、過去の成功体験に固執すれば、いかに深刻な失敗を犯すか。世界の潮流を見誤り、対症療法で乗り切ろうとすれば、いかに傷口を広げることになるのか。
わが国で流れたロッキード陰謀説は、想像の産物とすら言えるものだった。客観的事実を無視し、高名な政治家や評論家の言葉を鵜呑みにしたものがほとんどだった。それが日本人に恐怖心を植え付け、米国への卑屈な態度となって現れてきた。このトラウマを脱却しない限り、対等な日米関係は実現しない。
> だが事件の追及が米国側で始まったという事実が、
> 日本側での不信を和らげる効果もあったように思える。
済みません、この意味がよく判りませんでした。
米国からの指摘が発端となって一連の犯罪(F104採用に絡む収賄も)が明らかになったのですから、日本の政治家や経済人の「自浄力」及び、検察機構やマスコミの調査能力に対する、日本国民の不信感は、和らぐどころか悪化すると思うのですが。。。他国から指摘される前に、国内からの指摘・告発調査の結果、明らかになった方が、未だしもマシであると思うのです。
或いは「米国の陰謀、田中らは被害者」という同情的な見方をする者もいるという意味でしょうか。
日米同盟に対する信頼性の問題でしたね。
はい、アメリカという同盟相手の自浄作用が証明されたわけですから、日本側でもその点について「アメリカも捨てたものではない」というぐらいの認識を生んだのでは、と思った次第です。
これが逆にアメリカで自国の大企業が外国で贈賄行為をしたことをひたすら隠そうとしたという場合、その外国でのアメリカへの信用は落ちるでしょう。
そんなような意味の記述でした。