自民党の気鋭政治家、稲田朋美氏が終戦記念日に際して、日本のあり方に鋭い意見を述べる論文を発表しました。

 

 終戦記念日は過ぎ、「8月の平和論」もまた戸棚にしまわれる感じとなってきましたが、改めて稲田論文を紹介します。

 

 そのなかでとくに私が注視すべきだと思ったのは、稲田氏が自党である自民党に対し批判を表明し、反省をうながしている点でした。

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【正論】終戦から65年 弁護士、衆院議員・稲田朋美
2010年08月10日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面


 

 ■「自らの国は自らが守る」気概を

 1枚の写真がある。65年の歳月でセピア色になっているがそれでも凛(りん)として立つ青年の輝きは失せていない。青年のまなざしははるか遠くをみている。その目線のさきに何があるのか。青年が自分の命を賭けてまで守ろうとしたものは何だったのか。

 特攻隊員として訓練中に殉職した母方の伯父は21歳、終戦のわずか3カ月前のことだった。

 ある日、中学生だった息子がその写真をみて、「この人僕に似ているな」とつぶやいた。その息子も20歳、写真の伯父が散華した年齢になっている。

 ≪村山、河野談話の撤回から≫

 政治家としてどうしてもやらなければならないことがある。戦後50年目の平成7年、自社さ政権の村山富市内閣が出した村山談話と平成5年、宮沢喜一内閣でのいわゆる従軍慰安婦に関する河野洋平官房長官談話の撤回だ。

 平成7年6月9日、衆議院本会議で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議案」が起立採決により可決され、同じ年の8月15日に村山談話がだされた。そこには、植民地支配と侵略に対する反省とお詫(わ)びはあるが、日本を守るために命を捧(ささ)げた240万の靖国の英霊に対する感謝と敬意、また国際法違反の原爆投下や空襲などで犠牲になった同胞80万人に対する追悼の心の片鱗(へんりん)もない。

 いかなる歴史観にたとうとも、命を賭けて自分の国を守る行為は理屈ぬきに尊い。いやしくも日本の政治家なら同じ思いで政治をしているはずであり、政治家が戦後50年目に何よりも先に思うべきことは、命とひき換えに国を守った英霊と原爆投下に象徴される許すことのできない非道かつ不法な攻撃で殺戮(さつりく)された民間人への哀悼の念以外にはありえない。当時どのような政治判断によってなされたのかは知らないが、このばかげた、中国、韓国、北朝鮮に阿(おもね)るだけの有害無益な村山談話を引き継がないことを日本国の総理が宣言することがわが国再生の第一歩だ。

 平成5年8月4日の河野談話は、朝鮮人慰安婦を強制連行したという吉田清治なる人物の話をきっかけに広がった日本軍関与説を認め、「心からお詫びと反省」をのべ、これを歴史教育にも生かすと表明した。ところが後日この吉田の話が嘘(うそ)であることが明らかになり、談話にかかわった石原信雄元官房副長官も強制を認めたものではないと語ったが、歴代内閣はこの談話を検証しようともせず、漫然と引き継いできた。

 その不作為と事なかれ主義により、日本がいわゆる従軍慰安婦を強制連行したという不名誉な嘘が事実として世界に流布され、平成19年7月30日、アメリカの下院で非難決議がなされた。そのなかで日本は「強制的軍売春である『慰安婦』制度」をつくり、「その残忍さと規模において、輪姦(りんかん)、強制的中絶、屈辱的行為、性的暴力が含まれるかつて例のないものであり、身体の損傷、死亡、結果としての自殺を伴う20世紀最大の人身売買事案」と書かれている。とうとうわが国は人さらいの強姦殺人国家に仕立て上げられたのだ。

 ≪英霊に恥じぬ政治が必要≫

 このような事実無根のいわれなき非難について、日本国政府はまともな反論をしなかったが、作曲家のすぎやまこういちさんは私財約2千万円を投じてワシントン・ポストに意見広告を出した。心ある言論人と一部の政治家が名を連ねた。本来自国の名誉を守るのは政府の仕事であるのにそれをせず、この崇高な行為について政府はコメント一つださなかった。

 悲しいことに、これらは自民党政権下のことである。下野して反省すべきことは多くあるが、「(カルタゴの滅亡が示すように)自らの安全を自らの力によって守る意志を持たない場合、いかなる国家といえども独立と平和を期待することはできない」(塩野七生著「マキアヴェッリ語録」)。事なかれ主義が日本の政治をだめにしてきたことを自覚すべきだ。

 菅直人首相は日韓併合100年にあたり、反省と謝罪の談話を発表するらしいが、一体何のためにするのか。仙谷由人官房長官は戦後個人補償に前向きとも受け取れる発言をしたが、戦争被害で国と国とが最終決着した平和条約(日韓基本条約)を無にするようなもので、国際法上の正義に反した、不用意かつ不見識というほかない。のみならず、平和条約が締結された以上個人補償は認められないとする最高裁判決に反した、法的にも間違った発言である。

 何よりもサンフランシスコ平和条約で課せられた前例のない苛酷な賠償条件を受け入れて、独立を回復して国際社会に復帰し、賠償を誠実に履行したわが国の戦後の歩みそのものを否定するものであり、日本の政治家として絶対にあってはならない発言だ。

 一体この国はどこへ行くのか。そして何を目指すのか。21歳で散華した私の伯父を含む靖国の英霊に恥じない「自らの国は自らが守る」という気概を政治家が取り戻すことなくして、この国の将来はない。(いなだ ともみ)