日本の憲法のあり方を突きつめていくと、どうしてもアメリカにぶつかります。

 

 まず今の日本の憲法を作ったのは、疑いもなくアメリカでした。

 

 そして主権国家の自らを守る権利をも縛る憲法第9条は日米同盟を通じてのアメリカの日本防衛誓約とワンセットになっています。

 

 しかしアメリカといえば、日本の憲法改正には反対の傾向が長年、強かったのですが、もういまではすっかり変わりました。改憲をむしろ促す感じになってきたのです。そんな「改憲の勧め」と、現職の大統領が日本の憲法問題について語ったというエピソードを紹介します。

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【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(30)大統領「日本の憲法」発言 

 

1989年11月、訪米した宮沢喜一氏とホワイトハウスで会談するブッシュ大統領(右)(AP)

 

ワシントンにあるシンクタンク、ヘリテージ財団(同財団の公式ホームページより)

 

 ■「改憲の勧め」を受けて

 米国大統領の公式会見で日本人記者が質問するのは容易ではない。とくに近年はホワイトハウス側のメディア管理が進み、いまのオバマ大統領のように質問を許す相手は米国主要メディア優先で、事前に決めてある場合が多いため、なおさらである。

 

 私自身はまだそんな管理が厳しくなる前に何度か現職大統領への質問の機会を得たことがある。そのなかの一度は1992年7月、当時のジョージ・H・ブッ シュ大統領に対してだった。テーマは日本の憲法改正についてだった。日本の憲法について米国の現職大統領に公式の場で質問した記者はほかにはいないのでは ないかと、実はいまもひそかに自負している。

 

 この質問の契機はそのころ米国側で強烈な日本の改憲の勧めが発表されたことだった。ワシントンの大手シンクタンクのヘリテージ財団が「日本の民族精神の 再形成=米国は責任ある日本の創造にどう寄与できるか」という題の提言書で、ブッシュ政権に日本に対し独自の憲法の起草を求めることを勧告したのである。

 

 前回も書いたように米側での日本の憲法への態度は多様だったが、90年代に入ると、改憲への反対が着実に減ってきた。米側が日本の防衛努力の拡大を求めるたびに、日本側から「憲法上の制約」を理由に断られることに、嫌気がさした向きもあったのだろう。

 

 ヘリテージ財団はワシントンの主要研究所のなかでは歴史は新しかったが、レーガン政権誕生による保守潮流の拡大に沿って大きくなり、そのころは同じ共和 党の先代ブッシュ政権にも隠然たる影響力を持つ保守本流だった。そんな研究機関が日米関係が貿易摩擦や冷戦終結でほころぶのを防ぐために日本の改憲を提案 したというのだ。当時の宮沢喜一首相の訪米にも発表のタイミングを合わせていた。

 

 提言は以下の趣旨だった。

 

 「マッカーサー元帥の労作である日本の憲法は第9条であらゆる力の行使や戦争を否定する点で日本を全世界での例外としてしまった。日本国民は自分たちが 世界の例外だという意識を持ち、力の行使をともなう外部世界の出来事に責任ある関与はできないため考えもしないことになる」

 

 「憲法第9条は正義や自己防衛のための戦争も悪だとする消極平和主義の幻想である。第9条がなくなると日本は軍国主義になるという主張には意味がない。 第二次大戦の悲劇を繰り返すはずがないし、軍国主義復活を防ぐのは無言のウソに基づく憲法の条項ではなく、開かれた政治システムである」

 

 「ブッシュ政権あるいは次の新政権は日本の例外意識を除くためにも第9条の改正を非公式に求めるべきだ。日本国民が押しつけ憲法ではなく自主的な憲法の 作成を考えることで、多元的で自由な政治土壌が広がる。官僚や大企業ではなく国民一般が国の基本方向を決めるだろう。米国は日本が改憲により穏健な国家意 識と成熟した民主主義の国になることを促すべきだ」

 

 要するに日本は「例外」をやめて、「普通」の国に、と奨励する改憲の勧めだった。改憲が日米同盟の強化にもつながるというわけだ。

 

 私は会見でブッシュ大統領に対し、このヘリテージ財団の提言の概略を述べ、日本の改憲への見解を質問した。大統領は何度かうなずいた後に答えた。

 

 「日本の憲法はあくまで日本自身が決めるべきで干渉はしたくありません。だが日本の国会がPKO(国連平和維持活動)法案を可決したことは歓迎します。 この可決はその財団が主張する(改憲の)立場に一歩、近づいたといえる。憲法論議が日本でなぜ起きるかもよく分かります」

 

 ブッシュ大統領はほっと一息ついて、さらに述べた。

 

 「日本には憲法問題が確かに存在します。日本には鋭い歴史感覚があり、変化のペースはあくまで日本自身に任せたい。日本の自主的な判断を私は必ず支持します」

 

 日本の意思を尊重し、たとえ改憲でも反対はしない、ということだろう。日本の憲法のあり方をめぐっては現職の米国大統領のこんな公式発言も存在するのである。

 (ワシントン駐在編集特別委員 古森義久)

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