日米安保条約の改定から50年となる2010年を機に、日米同盟についての体験的なレポートを回顧として書いてきましたが、今回で終わりとなります。

 

 

 

 

【朝刊 国際】
【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(34)ソ連の崩壊

 

ベルリンの壁とともに東西分断の象徴だった国境検問所のチェックポイント・チャーリー(AP)

 

1980年1月、アフガニスタンの首都カブール市内で、列をなすソ連軍機動部隊の車両(AP)

 

 ■揺るがぬ日米両国民の選択

 「言葉の機能というのは事実を伝えることだけではありません。ソ連の言葉は西側を脅すことを目的としているのです」

 ハンス・タンデッキ将軍は整然と語った。1984年7月、当時の西ドイツの首都ボン、小高い丘の上の国防省内だった。軍政局長のタンデッキ氏は空軍少将で、西独国防省でも有数の戦略理論家とされていた。

 同将軍はそのころ、米国主導の北大西洋条約機構(NATO)が西独国内に配備を始めた中距離核ミサイルのパーシングII型に対するソ連側の「モスクワを 直撃できる首狩り兵器だ」との主張がウソだ、と述べるのだった。ソ連のSS20に対抗する西側の中距離ミサイル配備には西欧各国の内部で激しい反対が起き た。だが西独連邦議会は83年11月に配備を可決し、まもなく実際の配備が始まった。

 「配備開始まで反核派は『パーシングを今日、配備すれば、来週の火曜には核戦争が起きる』という調子で叫んでいたのに、配備が始まると、反核運動はぱたりと静まりました。そして核戦争も起きていません」

 タンデッキ将軍はそんなことを皮肉まじりに話した。日本の反核運動を思いだし、ついうなずかされた。

 私は西独のほかスウェーデン、オランダ、イギリス、フランスという欧州各国を1カ月ほど回り、安全保障の専門家たちに見解を聞いていた。日米同盟を欧州 から眺めるためだった。とくに日米両国が最大の懸念の対象とするソ連という存在を西欧各国がどうみるのか、その脅威に対しどのような国防政策をとるのか、 というような点を合計30人ほどの官民の専門家に尋ねた。日本では西欧の防衛が報道されることがまずなかったので、きわめて有益な体験となった。

 スウェーデンを含めてどの国もソ連の軍事力と政治価値観を自分たちの国家や国民への重大な脅威と認めていた。そのための防衛には米国の巨大な核抑止力ま でを取り込み、抑止と均衡を基本としていた。どの国も防衛の究極の目標は「自由と独立をともなった平和の保持」としていた。自由や独立が奪われそうになれ ば、当面は平和を犠牲にしても戦うという基本姿勢がその基盤にあった。

 欧州の目指す平和は日本のいわゆる平和勢力が唱えた無条件の平和とは異なっていた。ソ連を脅威とみてはならないとする政治勢力の規模も西欧と日本とではまるで違っていた。

 たとえば西独では徴兵制があり、防衛費は日本の2倍、GNP(国民総生産)比だと3・5%、国民1人当たりの防衛費負担は日本の4倍となる。西独軍は非 核だが、米国の核兵器は国内に多数、配備されていた。なにしろ東西ドイツが対(たいじ)する欧州中部ではソ連・東欧側が陸軍師団で95対35、戦車2万5 千対7千と、圧倒的に優位だった。日本も一翼を担う東西冷戦の主舞台はあくまで欧州だったのである。

 西独ではベルリンの壁の検問所チェックポイント・チャーリーで厳重な検査を経て、東ベルリンにも入り、ソ連軍将校団が市内を威風を払って行進する光景をも見た。

 だがそれ以後の欧州大陸で起きたことはまず夢にも予想されない歴史的な大激変だった。ソ連の共産主義体制が崩れていったのである。ソ連は85年にはそれまでボイコットしていた米国との核軍縮交渉に応じた。米側の断固たる核配備のための明らかな軟化だった。

 ミサイル攻撃を無効にする企図の米国のミサイル防衛SDI(戦略防衛構想)がソ連内部に大きなひずみを生んでいた。ソ連のエドアルド・シェワルナゼ元外 相の回想記でも、このSDIがソ連側に最大の不安と動揺を与えたという。アフガニスタンの軍事侵攻でもソ連は米国の裏からの敵支援により苦戦を続けた。や がて89年には撤退していく。

 私は90年10月、ベルリンでチェックポイント・チャーリーが完全に壊されるのを見た。東西ドイツの統一の日である。ソ連の共産党体制が崩れ、東欧支配が終わり、東ドイツという国家が消滅したときだった。東西冷戦が米国側の勝利に終わったときでもあった。

 日米同盟もこのソ連の崩壊で日米安保改定以来30年間の最大の目的を果たしたといえる。ドラマにたとえるならば成功物語であろう。それ以後の20年、同 盟は微妙なブレやきしみを経ながらも、なお屋台骨は揺らいではいない。その現状は日米両国民の選択の結果でもあるのだ。(ワシントン駐在編集特別委員)= おわり

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