ベトナムが中国に毅然として抗議を続けています。

 

南シナ海での中国の傍若無人の行動に対して、です。

 

ベトナムといえば、私自身のベトナム体験はずっと過去のことでしたが、その教訓はいまにも活きていると思います。

 

以下の自書のなかに、そのことを詳述しました。

 

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ベトナム戦争は遠くなりましたが、日本のいわゆる識者はこのベトナム情勢に関して、巨大な誤認をしていました。あるいは誤認としっていて、政治的な理由から虚構を主張していた人たちもいたことでしょう。

 

いまの菅直人氏らの世代の人たちがとくに多かったといえます。

 

日本は国際情勢に関して、いかに大きなミスを冒しうるか、何度、強調しても足りません。そのことを指摘するのは、海外で長年、現地の情勢をみてきた私のような立場の日本人の責務であるようにも思います。

 

 拙著『アメリカはなぜ日本を助けるのか』からの引用です。

 

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「日本での当時の大多数の認識は以下のようだった。

 

『米軍はベトナムを侵略している。日本は日米安保条約に基づき、その米軍に後方基地を提供し、ベトナム侵略を支援している。そんな悪への加担を生み出す日米安保、日米同盟は排すべきだ』

 

ベトナム反戦から日米同盟反対へとつながる理屈の回路はこんなふうだった。

 

しかしベトナムの現地にきてすぐわかったのは戦争全体の構図についての日本での多数派の認識の誤りだった。現地では北ベトナム軍が南ベトナム領内に攻め込むという実態があまりに明白だった。この点だけでも、日本での『米軍対ベトナム人民』という戦争構図は崩れることになるのだった」

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   ベトナム戦争最後の日、北ベトナム人民軍正規軍のソ連製戦車隊が南ベトナムの首都サイゴンの大統領官邸の鉄門を打ち破り、突入して、官邸を占拠しました。ベトナム共和国(南ベトナム)が滅ぼされた日です。

 

 南ベトナムの人民は北ベトナム軍の攻撃を恐れて、多数が国外へと脱出しました。ベトナム戦争が「米軍対ベトナム人民」の闘争であれば、こんな現象は起こりえないわけです。

 

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