野田佳彦氏の言明で再浮上した靖国神社参拝問題をアメリカ側の識者がどうみるか。

 

その続きです。

 

【靖国参拝の考察】アーサー・ウォルドロン氏(下)
2006年07月15日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 ■覇権確立 核心は中国の野望

日中両国間のいわゆる靖国問題について私はまず個人的な家庭環境などからの心情を述べたが、長年、中国について研究し、日本をも考察してきた学者としての分析を説明したい。

中国は日本に対し優位に立ち、日本の行動を管理できるような、一種の支配権を確立することを一貫して求めてきた。日本がとる行動、とろうとする言動のうち 中国側が好ましくないとみなす部分に対し拒否権を行使できる実質上の権利を保持したいということである。日本の政治指導者の靖国神社参拝に対し中国が反対 を表明するのは、実はこの支配権確立への願望の一手段なのだ。

つまり中国が自らの欲するままに日本を動かせるようにするという目的に とって靖国問題というのはきわめて有用で都合のよい手段なのである。だからもし靖国問題が存在しなくても、あるいはたとえ解消されたとしても、中国側は日 本に対する優位性を保つためになにか別の問題を探し出し、非難の材料に使ってくるだろう。日本側の政治指導者が一定の行動をとろうと欲しながらも、中国か らの反応を恐れて、その行動をとらないようになってしまう、という状態が保たれることを中国側は求めるのだ。

日本の国民が以上の点を誤 解してしまうことを私は非常に恐れる。すでに日本側の考察者の多くが混乱した認識を抱いているようだ。靖国神社に対する中国の抗議をそのまま受けいれて、 戦没者追悼のための新しい神社を設けるとか、国立墓地などの新しい施設を建てれば、いわゆる靖国問題は消えてなくなり、中国側の抗議もなくなってしまうと 考えるほど、むなしいことはない。これほど間違った認識はない。日中関係が緊迫し、悪化する真の原因は靖国問題ではないからだ。

日本の 首相が将来の靖国参拝をやめると言明してみても、中国は「それでは閣僚が靖国に参拝してはならない。国会議員も参拝すべきではない」というような要求をぶ つけてくるだろうし、靖国と無関係の尖閣諸島の領有権の放棄とか、東シナ海でのエネルギー資源の権利の放棄とか、新たな要求や抗議を打ち出してくるだろ う。

だから日本としては主権や独立、行動の自由を保ちたいと願うのならば、靖国問題で中国の命ずるとおりにはならず、自国独自の判断と 決定を保たねばならない。繰り返すが、日中間でいま緊迫を引き起こしているようにみえる問題の核心は靖国参拝などではまったくない。事の核心は日本に対し 覇権を確立したいという中国の野望なのだ。

この点の中国の意図を私は先に日本指導層への懲戒あるいは調教だと表現したが、まさに小さな 子供やペットの動物に厳しいしつけをして、なにかを教えこむことに似ている。例えは適切でないが、自分の家のイヌが客間のソファに上がってしかたがないの をやめさせようとする。ソファに上がるたびに、イヌをたたいて、それがよくないことだと教えこむ。ソファに上がらなくなるまで、その仕置きを繰り返す。ま さに調教なのだ。

現実に中国政府は自分たちが好まない行動をとる外国の機関や人間に対しては個人のレベルにまで激しい圧力をかけ、自分 たちに従順にさせるという慣行を一貫して続けてきた。その中国政府の日本の首相の靖国参拝に対する態度の理不尽さは、もし小泉首相が胡錦濤主席に「あなた は天安門に安置された毛沢東氏の遺体に定期的に弔意を表しにいくが、毛氏は旧日本軍が殺したよりもずっと数多くの中国人を殺したから、弔意の表明はその殺 戮(さつりく)を正当化することになる」と告げた場合に予想される中国側の反応を想像すれば、よくわかるだろう。中国側はそんな通告は一蹴(いっしゅう) し、爆発的な怒りさえ示すだろう。

中国政府が過去に日本の首相の靖国参拝をまったく問題にしない時代があった。日本の侵略さえ非難しな い場合もあったのだ。毛沢東氏が田中角栄氏と会ったとき、田中氏が日本軍の中国での侵略や残虐行為への謝罪を表明しようとすると、毛氏が「日本軍が中国で 戦わなかったら、私は政権を握ることはできなかった」と、たしなめたという話は広く知られている。

中国が日本との関係を改善したいと思えば、靖国参拝への非難をやめればよいのだ。改善したくないから非難をやめないのだろう。中国が対日関係を改善したいと思わない限り、日本側が靖国問題でいくら譲歩しても、また新たな難題を突きつけられるだけなのである。(談)



【プロフィル】アーサー・ウォルドロン

1981年ハーバード大学でアジア研究により博士号取得。ブラウン大学や海軍大学での教授を経て米国防総省顧問、米中経済安保調査委員会委員などを歴任。97年からペンシルベニア大学教授。著書に「中国の転換期」「中国の万里の長城」など。