タバコについての議論となると、誰も中立の立場というのはなかなかとれず、感情的な主張に走りがちです。私自身の反応にも、その傾向があります。

 

だから公開の場でのタバコ論議は慎重に、ということになるのかもしれません。しかしたまにはいいでしょう。

 

とくにいま野田政権がタバコ増税への意向をちらつかせています。

 

ここでは秦郁彦氏の主張を紹介します。

 

 

【正論】現代史家・秦郁彦 たばこ増税策の「不都合な真実」


 

 

 

 野田佳彦内閣は懸念された通り増税へと踏み出した。27日夜に政府・民主党が決めた東日本大震災からの復興に伴う臨時増税案の中で、たばこ増税に注目したい。

 同案では、来年10月から1本につき2円増税し、10年間にわたり計2兆2千億円程度の増収を見込んでいるという。増税規模全体、9兆2千億円のざっと 4分の1である。これにより、20本入り1箱は、メーカー上乗せ分を含め60円以上値上げされ、現在440円のものは500円を超しそうだ。

 たばこ増税については、新任閣僚の第一声で、小宮山洋子厚生労働相が口火を切っている。9月5日の記者会見で、厚労相は「非常にたばこの価格が安い。世 界平均は600円台だ」(傍点筆者)として、毎年100円ずつたばこ税を引き上げ、「700円台(20本入り1箱)まで(値上げしても)税収は減らない。 そこまでたどりつきたい」と持論を展開した。

 数字の大きさに当惑したのかどうか、安住淳財務相は「個人的な見解、ご高説は承るが、所管は私だ」と不快感を表明し、「閣内不一致?」と各紙が評したので、厚労相も少しトーンダウンしたが、「厚労省を代表して述べた意見」と抗弁する“確信犯”ぶりだ。

 ≪税収増だめでも健康増に?≫

 援軍もいる。医師や運動家から成る日本禁煙学会は、早速、12日に「1箱700円は安い。先進各国に合わせて1000円にすべきだ」などとする要望書を 厚労省に提出した(13日付産経新聞)。1000円案は日本財団会長の笹川陽平氏が本欄で繰り返し書かれている(最近では8月22日付)。

 こんな状況であってみれば、今回のたばこ増税-値上げが期限切れ後も定着するばかりか、さらなる段階的値上げも後に続くと愛煙家は覚悟しなければなるまい。

 一つには、いずれのたばこ増税提言にも、「税収増につながらない場合も、国民の健康増進に役立つ」「やめたいと思っている喫煙者を後押ししたい」といっ た禁煙思想の本音があるようにみえるからだ。減収になったとしても代わりに国民の健康は増進したではないか、と胸を張れるのである。

 だが、健康増進を重視するのであれば、国民が聞きたいのは、何より原発事故に起因する放射能汚染の収拾策ではないか。他にも、年金問題など厚労省の所管 事項で早急な処理を迫られている課題は少なくない。原理主義的な禁煙論なら、「法律で禁止するよう、正面から主張したらいい」し、「病院で禁煙治療を推進 する施策」(いずれも9月11日付のMSN産経ニュース)を進めればよい。

 ≪1000円で心配な副作用≫

 もっとも、1920年にアメリカで実施し、密造酒とギャングの横行に閉口して13年後に廃止した禁酒法にならって、禁煙法を制定するのは副作用が大きす ぎる。たばこのネットでの直接輸入や、東アジア地域からの密輸が激増するだろうし、中国漁船の取り締まりさえままならぬ海上保安庁にそれを阻止する能力が あるとは思えない。1000円という禁止並みの値上げでもリスクは同じだろう。

 とかく見落とされがちだが、50年代に53%だった日本人の喫煙率は2000年は33%、09年には25%と低下し続けている。それに連れて、年間2兆 円前後だったたばこ税収入も減少を続け、この9年間に約2割落ち込んでいる。10年秋の大幅値上げの効果はまだ見定められないが、現行のまま放置していて も、喫煙率や税収は自然に減っていくはずである。タバコ農家や小売店の生計を考えても、そうした軟着陸方式が望ましい。

 それでも、「先行して1000円時代を迎えた欧米で引き続き20%台の喫煙率が維持されている」(笹川氏)と指摘されているように、日本での喫煙率もそろそろ、下げ止まりに近づきつつある。

 ≪日本のたばこ決して安くない≫

 ネット情報をのぞいてみると、昨年の値上げ以降は、根元まで深く吸い込んだり酒食費を減らしたりする涙ぐましいばかりの対策を見聞きする。吸える場所が 減ったので、健康に悪いと知りつつ吸いだめしてしまう、とこぼす人もいる。こうなると、喫煙をやめられない20%台の人、特に低所得層への“いじめ”とし か思えない。

 ちなみに、値上げ論者が一様に強調する「日本のたばこ価格は安すぎる」という立論には、疑問がある。国によって地域によってたばこの価格は多様だから、 単純な比較は危険ながら、通貨の代わりに流通している国もあるマルボロの価格(1ドル77円で換算、アメリカでは409円)を例に取って比べてみると、 440円の日本は、首位のイギリス(863円)、フランス、ドイツ、イタリアに続いて、39カ国中第5位(ユーロモニター調査)である。

 各国の平均価格を調査した世界保健機関(WHO)の「たばこアトラス」でも、ノルウェー(920円)を筆頭に、日本は19位(410円)で、アメリカは 20位。以下、韓国(50位)、中国(61位)、ロシア(82位)と続く。どうやら、日本のたばこは安すぎると卑下する必要はなさそうだ。(はた いくひ こ)