日本の国家安全保障についての私の論考の続きです。

 

自国の安全をアメリカの軍事力にゆだね、自分たちは「軍事力はいけない」と逆に説教をする。それでは北朝鮮や中国が軍事力を武器に日本に対し領土の割譲や資源の放棄を迫ってきた場合、どうするのか。

 

北朝鮮が公然たる核兵器保有国となった場合、日本はどうするのか。

 

現実を自分たちの課題として考えざるをえない時期が迫っています。

 

なお原文へのリンクは以下です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34046

 

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  その場合、北朝鮮はもう外部からの圧力などでは絶対に後退させることのできない公然たる核兵器保有国となる。米国当局は実はもうその場合への対策 まで構築しているが、日本はどうなのか。その種の核ミサイルの射程に完全に入る日本にとって、その核弾頭完成がまったく準備のない衝撃とはならないことを 期待する」

 

 北朝鮮が公然たる核兵器保有国となり、しかもその核の大量破壊力を日本への恫喝に使ってきた場合、日本はどうするのか、なんの対応策も考えてはいないのではないか、という懸念の表明でもあった。

 

 日本は核に「とにかく反対」という情緒的なレベルでのエネルギーは強くても、自国への核の脅威というような事態への対応は、想定の対象にさえなっていないようだ。

米国が庇護してくれる時代は過ぎ去った

 北朝鮮の不測の事態への日本の対応能力に対する疑問は、前述の10月20日付リポートで紹介した米国の国防大学国家戦略研究所(INSS)のシミュレーション(模擬演習)報告でも明確にされていた。

 

 もし金政権が崩壊して、米軍あるいは中国軍が介入の気配、というような危機が起きた場合、日本は米国の同盟国として歩調を合わせる行動は取れない、取らないだろう、という予測だった。

 

 かといって、日本が独自の一貫性のある対応を取るとも予測はしていなかった。要するに、日本は北朝鮮の危機や有事には戸惑う一方で、明確な対応の態勢ができていない、という診断なのである。

  

 こうした米国の考察には、日本が「有事や危機に確固たる対応のできない国家」「安全保障の支えとなる軍事という現実をとにかく忌避するだけで、抑 止という国際的に自明な対策のない国家」だとする認識が明白だと言える。戦後の日米関係の長い歴史では、米国はそうした軍事アレルギー、防衛忌避という国 際的に異端な日本の基本を承知の上で、事実上の庇護をしてきたわけだ。

 

 だが、もうそうした時代や環境は去ったとする見解が、今の米側の主流なのである。その結果、米国では本来は軍事や同盟をかなり軽視する傾向のあったオバマ政権でさえ、日本に対し、普通の同盟パートナーとしての防衛や軍事の負担を求めるようになったのだ。

 

 軍事や安保からはとにかく顔をそむけ、米国にその対処を委ね、経済活動に専念するというのが戦後の日本の国家的針路だった。国民多数の支持を得たという意味では、国民的針路だったとも言えよう。

  

 だが、今や日本に隣接する周辺の状況が、そして日本の防衛を肩代わりしてきた米国の現実が、日本にそうした針路の継続を許し難くし始めたのである。そうした変化が2011年の激動の波によって日本に突きつけられたのだ。(終わり)