ニクソン政権下でもアメリカ政府は尖閣諸島の日本の主権を認めていました。

 

大統領補佐官だったキッシンジャー氏がニクソン大統領に告げた言葉の記録です。

 

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日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

原文へのリンクは以下です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36434 

国際激流と日本

大統領執務室で何が語られていたのか?
「尖閣は日本領」と認めていたニクソン政権

 

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台湾が唐突に尖閣の主権を主張してきた

 この会話は正確には1971年6月7日午後3時26分から同48分までの22分間、オーバルオフィスで交わされた。同席したのはニクソン、キッシンジャー両氏のほかに国際経済担当の大統領補佐官だったピーター・ピーターソン氏だった。

 

以下が尖閣諸島に関わる会話の具体的な部分である。

キッシンジャー 「1951年に対日講和条約が調印されたとき、尖閣諸島は沖縄施政権の一部 に組み込まれ、米国が施政権を得て、日本が(尖閣を含む沖縄の)主権を得ました。中国が当時、反対を唱えたということはない。その結果、われわれは尖閣諸 島を沖縄諸島の一部として扱うことにしました。51年に米国はすでに日本に尖閣の残存主権を与え、その後、そのことはどの国からも異論を提起されなかった からです。であるのに、いまの段階で突然、尖閣の主権の問題を再提起することは沖縄返還交渉全体を壊しかねません」

ニクソン 「そうだ、われわれはそんなことはできない」

 

 さて、以上の会話の背景にはこの時点で米国と正規の国交があった中華民国(台湾)政府の代表が尖閣諸島の主権を主張してきたという新たな展開があった。

 

 台湾の動きは唐突なものだった。台湾はそれまで尖閣の主権について何も主張しなかったのに、沖縄の日本返還が近づいたときに、尖閣諸島も沖縄の一部として米国から日本に返されることが分かって、米国に抗議してきた、というのである。

「尖閣の主権は戦争でも起きない限り、日本に戻る」

 その背景を踏まえ、さらに音声資料からの会話記録を紹介しよう。

 (つづく)