なぜいま憲法改正論議なのか。

 

 いまの日本の憲法は自国を正常な主権国家とみなしていないからです。

 

 日本は普通の国になり、国軍を持つと、必ず他の諸国を侵略する。

 

 いまの憲法を絶対に変えるなという勢力の主張するのは、そんな虚妄の「理由」 なのです。

 

 自衛隊が海外に出るとまた他国を侵略する。

 防衛庁が防衛省になると、日本は軍国主義になる。

 

 こんなデマを何度,聞かされてきたことでしょう。

 その背後にあるのは、「日本という国や国民は他の諸国の人々と異なり、

自縄自縛にしておかないと、他の国を必ず攻撃する」という日本の悪魔化です。自分の国や国民が悪魔のDNAを持っているというに等しい主張を叫ぶ「護憲派」とは、どういう日本人たちなのでしょうか。

 

 日本憲法をその生い立ちにさかのぼって、なにが欠陥なのかという説明を続けます。

 

 「日本ビジネスプレス」の「国際激流と日本」からです。

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36830

国際激流と日本

なぜ「憲法が日本を亡ぼす」のか

ようやく国際的な現実に追いついてきた憲法改正議論

 

 

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 憲法第9条の以上の文章を普通に読めば、日本は一切の軍事力を持つことも、使うことも、すべて自らに禁じているように受け取れる。実際の解釈はやや異なるのだが、この読み方も実は正しいと言えるのだ。

日本を永久に非武装のままにしておくことを目論んだGHQ

 周知のように、日本国憲法の草案はすべて日本を占領中の米軍総司令部(GHQ)のスタッフによって書かれた。敗戦からわずか半年後の1946年2 月のことだった。しかも10日間で書かれ、そっくりそのまま日本側に押しつけられた。日本側には拒否や修正の権利は実質上なかった。

 

 私はその憲法作成の実務責任者であるチャールズ・ケーディス氏に長時間インタビューして、当時の実情や占領軍側の考えを詳しく聞いた(『憲法が日 本を亡ぼす』ではその記録を全文収録した)。占領軍がいかに大ざっぱに、一方的に、日本の戦後の憲法を書き上げたかを、ケーディス氏は米国人らしい率直さ で認めるのだった。

 

 同氏の明かした日本憲法の真実を簡単にまとめると、以下のようになる。

 

(1)新憲法は日本を永久に非武装のままにしておくことを最大の目的とした。

 

(2)日本の自国防衛の権利までを否定する方針で、その旨の明記が最初の草案にあったが、ケーディス氏自身の考えでその否定の部分を削除した。

 

(3)「交戦権」という言葉はケーディス氏にも意味不明であり、「国の交戦権を認めない」という部分はもし日本側から要請があれば、すぐに削除した。

 

(4)第9条の発案者が誰だったのかはケーディス氏には分からない。

 

(5)米国側は日本が新憲法を拒むという選択はないと見ていた。

 

 以上が米軍の意図だった。だから第9条の条文を読んで「日本はたとえ自国の防衛のためでも軍事力は使えない」という意味にとっても、おかしくはないのである。

自国の領土や国民の生命を守る権利を規定していない

 周知のように、日本側にとっては第9条第2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という注釈の挿入が認められた。前項の目的、つまり「国際紛争を解決」という目的以外の自国の防衛だけには軍事力の行使が認められる、ということになったわけだ。

 

 だが、こんな経緯もしょせん詭弁とか禅問答のように響く。屁理屈と呼んでもよいだろう。その屁理屈的な規定を受け入れてもなお、全世界で日本だけ は自国の領土や領海を越えれば、たとえ自国の防衛のため、自国民の保護のため、あるいは国際平和のためであっても、軍事力は一切、使ってはならないのである。

(つづく)

 

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