日本経済新聞といえば、立派な新聞です。その日ごろの論調も自由開放の市場経済支持、日米同盟の支持、刷新や改革の支持と、納得ができます。中心となる記者たちにも尊敬できる人が多いと長年、感じてきました。
しかし肝心の論説委員長がこんな愚かな偏向記事を書いていることには、びっくり仰天しました。
12月31日朝刊の「核心」というコラム記事です。見出しは「1931年からの警鐘」となっています。「二大政党の失敗教訓に」という第二の見出しもあります。筆者は日本経済新聞論説委員長の芹川洋一記者です。
見出しからも明白なように、いまの日本の政治状況は満州事変の始まりの1931年(昭和6年)に酷似しているというのです。だからいまの安倍政権の政策やそれに対する日本国民多数派の支持は危険だと示唆するのです。
いやはや八つ当たりというか、暴論というか、はちゃめちゃの屁理屈ですね。
その芹川委員長の記事の中心は以下です。
「1931年秋とは、9月18日におきた柳条湖事件のことだ。満州事変のはじまりである。2011年9月11日の尖閣諸島の国有化をきっかけに、中国緒とのあつれきがつづく今の時代の空気は、どこか満州事変で平面が右側に動いた31年ごろに似ているのではないだろうか」
へええ、そうなんですか。
いまの日本は満州への進出を始めたときの日本と同じなんですか。
この筆法は歴史乱用の悪魔化レトリックです。
朝日新聞の若宮啓文主筆がよく使ったデマゴーグ手法でもあります。
いまからみれば明らかにミスであり、悪という断定が決まっている遠い過去の帝国主義日本の行動を一つ二つだけ取り上げ、現在の政治状況とくらべて、ほんのごく一部でも似ている点があるから現在の状況もその「ミス」や「悪」に等しいと示唆する。ときには露骨に断定する。現代の課題を論じるにはなんの客観的な論拠のない偏向や扇動のアジ演説なのです。
朝日新聞はかつて小純一郎首相の非難に以下のような記述を使っていました。
「ヒトラーは朝食をたくさん食べた。小泉首相も朝食をたくさん食べる。だから小泉はヒトラーに似ている」
こんな悪魔化です。
日本経済新聞の芹川洋一論説委員長の主張も同じです。
いまの日本の政治が昭和6年のそれと共通している。
昭和6年の日本は危険で邪悪な中国侵略へと乗り出していった。
いまの安倍政権下の日本も同じような中国への危険な行動をとりそうだ。
だから安倍政権の動きに反対すべきだ。
簡単にいうと、こういう屁理屈の持っていきかたなのです。
芹川委員長はいまの日中の対立も日本が仕掛けたという見解をとっています。「尖閣諸島の国有化をきっかけに、中国とのあつれき」が起きたというのです。
尖閣をめぐる中国とのあつれきはその2年前、中国の『漁船』が尖閣の日本領海に侵入し、海上保安庁の艦艇に体当たりしてきたことが「きっかけ」です。それ以前にもたびたび「中国人活動家」たちが尖閣に不法上陸を重ねてきたことが「きっかけ」です。日本側は尖閣の現状をなにも変えていないのに、中国当局が「国有化」を理由に中国領内の日本企業などを徹底に略奪し、破壊させたことが「きっかけ」です。
そんな中国の無法な行動に日本が自国防衛の範囲内で正当かつ抑制された対応策をとろうと唱えることが芹沢委員長にとっては「右への地すべり」になるというのです。そんな誤認は誤認する側の視点がよほど偏り、よほど左に傾いている(左というのは現実遊離という意味をこめてです)から起きるのでしょう。
芹川委員長の左傾スタンスは結局は中国の理不尽な主張にもっと耳を傾け、その方向に動くことを示唆しています。日本の国益からしても、いまの日中間の摩擦の因果関係からしても、実に空疎な、虚妄とさえいえる主張です。左傾化というのはそういう意味でもあります。
私は芹川記者を存知あげず、個人的になんの思いもありません。彼の主張として活字になったことを論評するだけです。
最後にこの芹川記者の主張を結果として真正面から否定するようなコメントが同じ本日の日本経済新聞の第一面に掲載されているので、それを紹介しておきましょう。
「2013年展望」というタイトルのインタビュー記事で、語り手はアメリカのMIT教授のリチャード・サミュエルズ氏です。
日経記者の「周辺国には日本の右傾化懸念もあります」という問いに答えての同氏のコメントです。
「保守と右翼は違う。(安倍)首相が保守的な立場を取るなら何の問題もない。保守は日本の防衛力を高め、経済成長を促す。これは日米同盟関係の強化にもつながる。米国にとって保守的な考えは心地よく、首相も保守的であると期待している」
さあ、芹川記者、これでもいまの日本は昭和6年と同じ、危険な「右への地すべり」なんでしょうか。
コメント
コメント一覧 (32)
支那に日本の新幹線技術を供与する時には、なんか、支那からライセンス料が相当もらえるような、日経の記事ばかりだったが、ただ同然で、売り渡した。
狸みたいなおっさんと変わりなし。
いや-、朝鮮の方の言う、良心的日本人の多いこと。
喧伝まくった日経記事が目に余りましたが(^_^メ)
成る程そういうことだったのだなと思いましたな┐(´д`)┌ヤレヤレ
流石は「日経にジャーナリストは要らない」などと言う
新聞社だけの事は有りますな( ゚д゚)ポカーン
読者層を考えると「情報の正確さ」がより一層求められる
立場な新聞なのにも関わらずにですよ( ´,_ゝ`)プッ
情報革命に待ったなしなんですけどね。日経さん!!
そのまま守旧な偽りの態度で自滅しても自業自得です(^_^メ)
情報市場の厳しさを知らぬとは言わせませんよと!
衆院選の自民大勝以来、サヨクの残滓の言説は激しさを増してきましたが、焦りなのか何なのか、安倍首相への執拗な個人攻撃とか、政策攻撃も根拠が疑わしい、素人目にもピント外れなものになってきました。彼らが騒げば騒ぐほど、サヨクの異質さが浮き彫りになって、普通の日本人の嫌悪感を沸き立てるのではないでしょうか。
そうした残滓や単なる拗ね者はイザの記者ブログのコメント欄にも多く湧き出していますが基本無視でよいでしょう。
産経も時々おかしい記事があります。(多分共同通信の記事をそのまま掲載されてるのでは、と感じています) 古森さんや阿比留さんの記事は大いに納得できるのですが。だから、もう新聞のだれだれの記事、という読み方しかできなくなりました。 日経新聞は以前はとってましたが、明らかに中国に媚びた記事が多く、不愉快になって止めました。
以前に田勢康弘さんの書かれたコラムを読んでその異常さに驚いて新聞社に問い合わせたことがあります。 対応された方はとても丁寧でしたが、「おっしゃるっとりですね~」とこの記事に私と同じ疑問を感じておられました。
それにしても、まだ何もやってないのに、只今の安倍包囲網はとにかく異常です。 あの手この手で.....。
ご指摘のコラム、私も今朝読みました。
「核心」では文中、石原氏の過激な主張が反中嫌中感情を盛り上げ、
これを慎太郎効果とかいって、安倍氏の主張は中和されて、
それが自民大勝の勝因だったとか言ってますね。
一方で末尾では、今回はデフレ脱却とか経済政策が争点になり、
尖閣は争点でなかった、だなんて、自分の論と矛盾した学者の言を引いて、
だから31年と似ているから気をつけよう、とかいっているんですね。
こういう言辞は通常、支離滅裂、といいます。
事実を見よう、真実に敬意を払おう、と思う者は、
少しはまじめに書いたらどうなんだ、と言いたくなる文章ですね。
嘉田とか反原発派も同じことを言ってますね。
必殺の負け惜しみ。「今回は争点にならなかった」。
何が何でも我は無謬である、とにかく私が正しい、
社会党とか共産主義者といったファシスト勢力のいつもの詭弁です。
だから常に自分は正しいから、弾圧しても殺してもかまわない。
おそろしい集団です。
自由主義体制における民主主義にあっては、選挙に負けても、
反原発でも、親中国でも、自分の考えを押し通したいのならば、
死ぬ気になって自然エネルギーの画期的な技術を打ち立てなきゃ。
死ぬ気になって中国は親日であり侵略などしない、と証明しなきゃ。
そのチャンスも自由もあるんです。民主主義ですから。
そうすることにより進歩発展する可能性があるわけであり、
さらに一旦は負けても、再び努力と才能次第で敗者復活する可能性もある。
民主主義に、自由主義、自由競争、言論の自由といった制度があれば。
そういう仕組みが社会システムに組み込まれているからこそ、
民主主義は優れた仕組みなんですね。
そういった復活の努力も英知もも進歩の覚悟もせず、
争点ではなかった、とか言って自己反省のかけらもなく、
大陸に出て行ったことと自国領を守ることを同一視するような、
誹謗中傷で今度は負かしてやる、なんて幼稚な言論しか展開できない。
こういった行為・言論こそが民主主義への冒涜なのであり、
あの歴史に何の反省をする能力もない行為・言論そのものといえましょう。
これこそが、あの悲惨な歴史を再び繰り返す元凶でしょう。
日本が仕掛ける必然性も必要性も全くありません。大新聞の論説委員長は日本がなぜこの時期に中国と軋轢を起こそうとしたのか、お聞きしてみたいですね…民主党がですよ。
民主党某が中共指導部の知己に打診したところ、それもありかなと答えたので踏み切ったとかいう話が流れていましたが…。
イギリスのエコノミストの見るところでは
消息通の中国のあるアナリストは、紛争は回避できると今でも考えている。公式に認められていない暗黙の「妥協」が実質的には既に存在し、中国は3島の「国有化」を、日本は中国がたびたび島付近を訪れることを認めざるを得ない状態に至ったというのだ。
もしそうなら、戦争よりはるかに良いことだ。ただし、両国とも実行に移すことなく、自国が島々を支配しているというふりをしなければならない。これ以上誤解や誤算を招きやすい状況も想像しにくい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36523?page=3
あれ? どっかの国のメディアとまったく変わらないなぁ。
日本のマスコミ、メディア界とそれらを取り巻く芸者共(芸子さんには失礼な表現ですが、悪しからず)に真面な感覚の人間は居ませんよ。
最も経営者から見れば日経で何とか自分たちに取っての利益になる情報を得たい気持ちは理解できますが?日経の狙いは日本を何時までも悪玉にしておけばシナ政府にもメンツが立つのでしょうね。こんな薄汚い根性が今の日本マスゴミの現状です。何か日本悪玉論を展開していれば自分が如何にも日本の有識者だとの左巻が勝手に思い込んでいる事と変わり映えしない「過去の人」達ですね。
若者を始め、既に一般国民はこの現状を的確に捉えてきています。
…最後の悪あがきですかね。
来年が更に良い年で有りますようにお祈り申し上げます。
憲法改派であって欲しい。
保守改憲派自民党支持
讀賣、産經、日経
リベラル護憲派民主党支持
朝日、毎日、東京
日経にも支那枠ってのがあるのでしょうね。
ここの日本企業の支那誘致煽り記事はすさまじかった。
それに対しての反省など勿論微塵もありませんが、
まだこういうお花畑支那ホイホイ記事を書いてる、
読者も気が付いてるってこと全然知らないのでしょう。
1931年と似てると言われましてもどこがどう似てるのか。さっぱり似てないと思います。
むしろ、それよりも1894年の日清戦争前夜というほうが正しいのではないでしょうか。日清では朝鮮を争いましたが、今回は尖閣と台湾の争奪戦。
日経の政治部は3流といわれますが、思いだしましたが、そういえば侍従長の日記とやらをひっぱりだしてきて陛下に汚物を投げつけようとしたこともありました。やることが中国人の手先です。全共闘世代の回顧趣味なんでしょうか。
>いまの日本の政治状況は満州事変の始まりの1931年(昭和6年)に酷似しているというのです。だからいまの安倍政権の政策やそれに対する日本国民多数派の支持は危険だと示唆するのです。
歴史は繰り返すのかという命題がありますね。しかし「日本の政治状況を満州事変の始まりに例える」とは大人げないというか、「え!」と驚かされました。とっくの昔欧米のアジア侵略と植民地化は終結しどこも独立国になったでしょうが。こいつ、またまたやってくれたな。朝毎には毎度毎度でもうあまり驚きませんが、最近の中日新聞といいこの日経といい年の暮れを暗くしますね。正月返上で日本を取り戻すという意気込みの皆さんに期待したい。このブログの家主さまには何時も適切且つ他では得難い情報を感謝申し上げます。
そうなんですか。
日経新聞全体に対しては私は尊敬する部分もあります。
しかし同じ記者として日本の過去をことさら悪くとらえて、しかもそんな状況を現代の日本に当てはめるなんて、考えられません。
1931年なんて、この芹川という人、生まれてもいない。
どこかの学者らしき人が書いた本を根拠にしてるだけなんです。
そんな聞きかじりの知識を最大の根拠にしていまの民主主義日本を軍国主義時代に重ねあわす。いい度胸です。無謀という意味で。
自分の祖先が生きた時代をまず悪として断じてから、話を始める。
こんな基本姿勢が私には考えられません。
そういえば田勢さんという人、いましたね。
どこかの大学で問題を起こしたという報を読んだ記憶もあります。
なんでこんな記事を書く人が論説委員長なのでしょうか。
私も産経新聞の論説委員ですけど。
確かに芹川コラムを忠実に読めば、民主党の野田政権が中国にケンカを売ったことになりますね。
自分の情緒的な感覚と合わないことは、すべてネガティブなレッテルを貼って排するということでしょうか。
そのレッテルの言葉としての意味を詮索することは無意味でしょう。
「ボクちゃん、それ嫌いだああ!!」という叫びと同じなのですから。往々にしてですけど。芹川委員長の場合はそんなことないんでしょうけど。
ところで「核心」の文中 「昭和史」の引用で(日本社会の政治思想の平面)が右方になじんで・・・昭和6年になだれをうって右側に移動・・・」とありましたが それは文中の「右」を「左」におきかれば現在の社会思想に 特に民主党成立時の日本にもそのままあてはまります。 おもえば実に幼稚な比喩でもあります。そんなもので日経の大事な紙面をムダに使うなといいたいです。
確かに幼稚な比喩だと思います。
左巻きから見たら全てが右翼なんですから
若者の正しい現状把握に期待したいです。
日経は憲法改正に反対なのでしょうかね。
いまこの時点で日本企業に中国での操業を呼びかけることができるかどうか。
歴史上の比喩とか類似は落とし穴があることが多いと思います。
新しい年に期待をかけましょう。
日本の夜明けです、心は何時も日本晴れ。
>いまの日本の政治状況は満州事変の始まりの1931年(昭和6年)に酷似しているというのです。
一般的に、こういう論法は、いわゆる知識人が良く使う手法ですが、
これは「大いに問題がある手法」だ。
>この筆法は歴史乱用の悪魔化レトリックです。
その通りなのです!
>簡単にいうと、こういう屁理屈の持っていきかたなのです。
何故ならば、
自己の主張の正当性を、絶対に曲げないで、変更しないで、
読者に納得させる為に・・・。
>その日ごろの論調も自由開放の市場経済支持、日米同盟の支持、刷新や改革の支持と、納得ができます。
私も基本的には新聞の中では、保守的主張の産経と、自由主義経済が基本の日経を信頼していて、実際に買って読むのはこの2紙です。
ただ、中国にのこのこ出て行ってとんでもない目にあった歴史を引っ張り出すのならば、これからは中国だ、とかいって、こりずにまたのこのこ中国に進出していって、また、暴動やら略奪に逢うという、同じ失敗をまた繰り返してその結果として同じ目にあっているわけです。
日中友好、日中交流する、ということ自体が民主主義・自由主義経済化にあっては、「矛盾」ですね。
つまり、中国との貿易が拡大することに警鐘を鳴らすことこそが使命でしょう。
大陸の自立によるアジアの交流を期待して失敗したのが明治・諭吉で、脱亜入欧を唱えるに至り、再び鬼畜米英で全体主義に寄り、大東亜を唱え大失敗をしたのが戦前で、さらに再び、これからは中国の時代だと共産主義に寄り、三度同じ過ちを繰り返さんとしているのが、逃れようのない日本の歴史であり現実です。
三度だぜ、三度。三回も同じ失敗をしようとしている、はっきり言ってやるよ、いまだに親中だの、日中友好だのいっているやつはルーピーだっての。いい加減、歴史を学べよ日本人は。
といったところです。
繰り返しますが、経済の民主的発展、自由の拡大、人権の確保、平和を願うなら、脱中国でなければなりません。
新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
まともな日本へ向かっての飛躍の年にしたいですね。
おめでとうございます。
憤慨を世論に、の年にしたいですね。
私自身は新しい年は日ごろの言論活動をさらに積極果敢に、と思っています。