朝日新聞は日本の宝です。

 

日本の国としての基本方針について、朝日新聞が主張することと正反対のことをすれば、日本は成功するからです。こんな貴重な反面教師はありません。

 

日本の戦後の講和条約しかり、---朝日新聞はいわゆる全面講和を主張し、多数講和には反対でした。日本は多数講和の道を選び、いまの平和や繁栄を得ました。朝日新聞はしかもその多数講和を「単独講和」と呼ぶ言葉の詐術を弄したけれども不毛でした。

 

日米安保条約しかり、---朝日新聞は安保条約に反対でした(条件つきであり、その後は変身して「反対しなかった」と述べる筋もあるとはいえ)。でも日本は条約を成立させる道を選び、今日の安定を得ました。

 

防衛庁の「省」昇格しかり、---朝日新聞は「庁」が「省」になると、軍国主義志向になるなどと示唆して、反対でした。しかしいざ防衛省が誕生すると、なにも支障は起きないどころか、国家の安全にはより円滑な行政が可能になりました。

 

さて朝日新聞はいま安倍政権による防衛態勢の見直しや強化に反対しています。この点も結論を先にいえば、朝日新聞の主張とは反対の道を選べば、日本はうまくいきます。

 

しかしそれにしても、朝日新聞もこの「防衛措置にはなんでも反対」というスタンスの保持には苦労するようになりました。主張が支離滅裂、理屈がぼろぼろなのです。

 

実例を示しましょう。1月28日の社説です。

 

まず以下がその全文です。

その後に欠陥を明示しましょう。

 

 

防衛力見直し―首相の説明が足りない

 

 安倍政権による防衛態勢の見直し作業が始まった。

 先週末の閣議で、民主党政権下の10年にできた防衛計画の大綱の見直しと中期防衛力整備計画の廃止を決めた。新たな大綱と中期防は年内につくる。

 13年度予算では防衛費も11年ぶりに増やす方向だ。

 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の再改定をめぐる日米協議もスタートした。

 まさに矢継ぎ早である。

 ここ数年、東アジアの安全保障環境は大きく変わった。とりわけ中国の軍備拡張、海洋進出は著しく、日本との間でも尖閣諸島問題で緊張が続く。ミサイル発射や核実験を繰り返す北朝鮮の脅威も増した。

 国際情勢の変化をふまえ、防衛のあり方を不断に点検するのは当然のことだ。米国が「アジア太平洋重視」を打ち出すなか、日米の同盟関係を深化させることも必要だろう。

 一方で、防衛政策をやみくもに変えていると受け止められれば、かえって地域の緊張を高めかねない。安倍政権の前のめりの姿勢を見ると、そんな懸念がぬぐえない。

 言うまでもなく、戦後の日本は憲法9条の平和原則のもと、自衛権の行使にみずから厳しい制約を課してきた。自衛隊による海外での武力行使は禁じる、集団的自衛権の行使は認めない、などである。

 ところが、安倍首相は集団的自衛権の行使容認に意欲を示している。一連の見直し作業もそれを前提にしたものだろう。

 では、どのような事態のもとで、どんな形の日米協力を想定しているのか。自衛隊の活動を際限なく広げるようなことにならないか。首相は明確に説明する責任がある。

 そうでないと、周辺国の警戒感を高め、激しい軍拡競争に陥りかねない。

 防衛費の野放図な拡大も許されない。

 現大綱は「動的防衛力」という考え方を打ち出した。防衛予算が削減されるなか、自衛隊を効率的に運用する狙いだ。

 厳しい財政事情のもと、今後も装備や人員、活動を精査することは欠かせない。尖閣をふくむ南西海域の警備強化には、海上保安庁に予算を重点配分する方が効果的な面もある。

 中国との向き合い方は一筋縄ではいかない。外交や経済をふくむ総合的な戦略を描く必要がある。防衛力強化だけを突出させるべきではあるまい。

 説明を怠らず、無用の緊張をあおらない。これが安全保障政策の要諦(ようてい)である。

                        =====

 

まず最初の反対部分です。

 

「一方で、防衛政策をやみくもに変えていると受け止められれば、かえって地域の緊張を高めかねない。安倍政権の前のめりの姿勢を見ると、そんな懸念がぬぐえない。」

 

この部分でのキーワードは「やみくもに変えている」「前のめりの姿勢を見ると」です。

 

安倍政権が新たに出てきて、防衛政策を新たに作ろうとすると、それはもう「やみくも」だというのです。「やみくも」って、正確にはどんな意味でしょう。辞書では「前後の思慮のない様」となっています。

 

安倍政権の防衛政策は「前後の思慮がない」と決めつけ、それはよくない、と断じるのです。この主張ではまず「前後の思慮がない」ことの論証が不可欠ですね。しかし朝日の社説にはそれがありません。「悪い」と断じ、「だからよくない」と決め付ける、なんとも空疎な論法なのです。

 

安倍政権は「前のめり」なのだそうです。この表現も無意味ですね。「前方に倒れるように傾くこと」が「前のめり」です。きわめて主観的ですね。一つの政権の政策や姿勢が「前のめり」かどうか、どうやって決めるのか、せめてその尺度を示すべきです。私からみれば、安倍政権はまだまだ「後のめり」だと言いたくなります。

 

さらに社説をみましょう。

以下のような情緒的で無意味な記述がこれまた安倍政権の政策への反対の最大基盤になっています。

 

「自衛隊の活動を際限なく広げる」

 

「激しい軍拡競争に陥りかねない」

 

「防衛費の野放図な拡大」

 

「防衛力強化だけを突出させるべきではあるまい」

 

 

ここで目立つのも「際限なく」「激しい軍拡」「野放図な拡大」「だけを突出させる」などという、客観的な根拠のない表現です。言葉の使い手の感情や好悪の情を表す以外には意味のない「ののしり言葉」だともいえるでしょう。

 

「際限なく」なんていうことが一国の防衛にあるはずがありません。

「激しい軍拡」なんて、いまの憲法で自縄自縛の日本にはありえません。

「野放図な拡大」なんて、「野放図」が悪いことに決まってるじゃないですか。安倍政権や自衛隊がどのように野放図なんですか。まずそれを証明してから、議論を進めてください。

 

「だけを突出させる」ことも悪いことに決まってるじゃないですか。

防衛力強化だけが予算措置上で本当に突出しているのかどうか、その点の説明がないですよね。

 

要するにこの社説の主張には客観的な実質がありません。

情緒的なののしりがあるだけなのです。

 

「ボクちゃん、防衛費増えるの嫌いい!!」と悲鳴をあげているとしか思えません。

 

だから論理や事実に立脚すべき主張としてみれば、空疎、ぼろぼろ、支離滅裂と評するほかないのです。