2014年冒頭にあたっての日本の安全保障や、国としての命運について田久保忠衛氏が鋭い指摘をしています。
【正論】強い国、強い同盟以外に道はなし 杏林大学名誉教授・田久保忠衛
2013年12月31日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面
今年を振り返り来年に目を向けて何を考えるかと問われれば、米中両大国の狭間に立たされた日本の生き方という答えになる。
≪日米の対中温度差の認識を≫
先ごろ、中国が国際常識に全く合わない「防空識別圏」(ADIZ)を設定、日米の対中批判をバイデン米副大統領が直接、中国の習近平国家主席に伝えた。そ の際に副大統領はADIZの撤去を口にしなかった、民間航空機の飛行計画を中国側に提出するかどうかについて米政府の態度を曖昧にした-の2点が日米「温 度差」と、日本の新聞で取り上げられた。ホワイトハウスの定例記者会見でも連日そのやり取りが行われた。
ニュースを調べながら、私は ウォーターゲート事件で大統領辞任に追い込まれたニクソンが、引退後に書いた名著「指導者とは」で紹介した挿話を思い出した。1964年にニクソンは大磯 で吉田茂に会う。フランスのドゴールが日本に何の相談もなく中国と国交樹立をした直後だっただけに、吉田は米国も同様の行動に出ないかと気にし、同席した 元駐米大使、朝海浩一郎は、自分の在任中に、米国は何度も日本に関係する問題を頭越しに決めた、と言い出す。ニクソンは可能性は排除しないと答えたが、こ のころまでには対中政策の大転換を構想していた。71年の劇的な訪中発表である。
安倍晋三首相が手がける一連の戦後安全保障政策の見直しは、10月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で確認され、日米同盟にはいささかの揺らぎもないと確信しているが、中国に対する微妙な温度差も存在することをわれわれは認めておいた方がいい。
バイデン訪中は経済問題を話し合うために前々から予定が組まれていた。直前にADIZの設定という突発的な出来事が起きたのでこれが取り上げられ、会談で はエネルギー問題、食糧・薬品の安全、中国のシェールオイル、ガスへの投資、開発など広範な分野でいくつもの合意がなされている。バイデン訪中の目的は決 してひとつだったわけではない。
≪紛争に関わりたくない米国≫
ADIZ設定発表直前の11月21日、ライス米大統領 補佐官(国家安全保障担当)は、米ジョージタウン大学で「アジアにおける米国の将来」と題する演説を行った。アジアに軸足を移す「リバランス」政策を説明 したが、ここに登場する中国は朝鮮半島だけでなく、イランによる核開発、安定して安全なアフガニスタン、スーダン紛争終了に向けた平和的解決、サハラ以南 の地域における平和と開発促進の共同行動、など米国のパートナーとしての存在である。
6月に米カリフォルニア州パームスプリングズで行われた米中首脳会談では、習近平主席がオバマ大統領に「新型大国間関係」を呼びかけたのに対し、大統領は明確な回答は避けていた。だが、ライス補佐官は「新型大国間関係を機能できるようなものにしたい」と明言している。
これは、海外の争いに巻き込まれたくないとのオバマ政権の考え方と無関係ではないと思う。
19日に外務省が公表した、米国での日本に関する世論調査結果がある。日米安保条約を「維持すべきだ」と答えた人が67%で昨年に比べて22%も減ったと いう。「アジア地域で最重要パートナー」はどこかとの質問に日本と答えた人は一般で35%(昨年比15ポイント減)、有識者で39%(同1ポイント減)、 中国を選んだ人は一般で39%(昨年と同じ)、有識者では43%(昨年比11ポイント減)になったそうだ。米国人の目に映る日本と中国の存在感が逆転した か、しつつあると見ていいのかどうか。とりわけ、日米同盟の根幹である日米安保条約の重要性が米国にとって薄らいでいるのは気になる。
これに正しく対応しているかどうかは不明だが、11月公表の内閣府の世論調査では、米国に「親しみを感じる」者の割合は83・1%で、日本人の親米度は一 貫して高い。中国に「親しみを感じない」者は80・7%だった。専門家の分析を聞きたいところだが、日米関係に何かねじれ現象のようなものが発生しつつあ るのだろうか。
≪「日米関係は日中関係だ」≫
戦前に新聞聯合社(後の同盟通信社)の上海支局長として、中国国民党と 共産党合作のいわゆる西安事件の大スクープをものにし、米中両国に深い人脈を持った松本重治氏は、回想録「上海時代」で「日米関係は日中関係である」との 名文句を説いた。日米、日中、米中という2国間関係だけで国際情勢を割り切ろうとする単純な捉え方に警告を発したのだと思う。フランクリン・D・ルーズベ ルト大統領が米世論を動かし、日本との戦争を仕掛けた様子を追究した米歴史学界の泰斗チャールズ・A・ビーアド氏を恩師とする松本氏の指摘だけに、含蓄に 富む。
北京に対する東京とワシントンの間の温度差を意識したうえで言うが、軍事力を背景にした外交によって国際秩序の現状を変更しようとする国に対抗するには、日米同盟強化と「強い日本」志向以外の道は見いだし難いのである。(たくぼ ただえ)
≪日米の対中温度差の認識を≫
先ごろ、中国が国際常識に全く合わない「防空識別圏」(ADIZ)を設定、日米の対中批判をバイデン米副大統領が直接、中国の習近平国家主席に伝えた。そ の際に副大統領はADIZの撤去を口にしなかった、民間航空機の飛行計画を中国側に提出するかどうかについて米政府の態度を曖昧にした-の2点が日米「温 度差」と、日本の新聞で取り上げられた。ホワイトハウスの定例記者会見でも連日そのやり取りが行われた。
ニュースを調べながら、私は ウォーターゲート事件で大統領辞任に追い込まれたニクソンが、引退後に書いた名著「指導者とは」で紹介した挿話を思い出した。1964年にニクソンは大磯 で吉田茂に会う。フランスのドゴールが日本に何の相談もなく中国と国交樹立をした直後だっただけに、吉田は米国も同様の行動に出ないかと気にし、同席した 元駐米大使、朝海浩一郎は、自分の在任中に、米国は何度も日本に関係する問題を頭越しに決めた、と言い出す。ニクソンは可能性は排除しないと答えたが、こ のころまでには対中政策の大転換を構想していた。71年の劇的な訪中発表である。
安倍晋三首相が手がける一連の戦後安全保障政策の見直しは、10月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で確認され、日米同盟にはいささかの揺らぎもないと確信しているが、中国に対する微妙な温度差も存在することをわれわれは認めておいた方がいい。
バイデン訪中は経済問題を話し合うために前々から予定が組まれていた。直前にADIZの設定という突発的な出来事が起きたのでこれが取り上げられ、会談で はエネルギー問題、食糧・薬品の安全、中国のシェールオイル、ガスへの投資、開発など広範な分野でいくつもの合意がなされている。バイデン訪中の目的は決 してひとつだったわけではない。
≪紛争に関わりたくない米国≫
ADIZ設定発表直前の11月21日、ライス米大統領 補佐官(国家安全保障担当)は、米ジョージタウン大学で「アジアにおける米国の将来」と題する演説を行った。アジアに軸足を移す「リバランス」政策を説明 したが、ここに登場する中国は朝鮮半島だけでなく、イランによる核開発、安定して安全なアフガニスタン、スーダン紛争終了に向けた平和的解決、サハラ以南 の地域における平和と開発促進の共同行動、など米国のパートナーとしての存在である。
6月に米カリフォルニア州パームスプリングズで行われた米中首脳会談では、習近平主席がオバマ大統領に「新型大国間関係」を呼びかけたのに対し、大統領は明確な回答は避けていた。だが、ライス補佐官は「新型大国間関係を機能できるようなものにしたい」と明言している。
これは、海外の争いに巻き込まれたくないとのオバマ政権の考え方と無関係ではないと思う。
19日に外務省が公表した、米国での日本に関する世論調査結果がある。日米安保条約を「維持すべきだ」と答えた人が67%で昨年に比べて22%も減ったと いう。「アジア地域で最重要パートナー」はどこかとの質問に日本と答えた人は一般で35%(昨年比15ポイント減)、有識者で39%(同1ポイント減)、 中国を選んだ人は一般で39%(昨年と同じ)、有識者では43%(昨年比11ポイント減)になったそうだ。米国人の目に映る日本と中国の存在感が逆転した か、しつつあると見ていいのかどうか。とりわけ、日米同盟の根幹である日米安保条約の重要性が米国にとって薄らいでいるのは気になる。
これに正しく対応しているかどうかは不明だが、11月公表の内閣府の世論調査では、米国に「親しみを感じる」者の割合は83・1%で、日本人の親米度は一 貫して高い。中国に「親しみを感じない」者は80・7%だった。専門家の分析を聞きたいところだが、日米関係に何かねじれ現象のようなものが発生しつつあ るのだろうか。
≪「日米関係は日中関係だ」≫
戦前に新聞聯合社(後の同盟通信社)の上海支局長として、中国国民党と 共産党合作のいわゆる西安事件の大スクープをものにし、米中両国に深い人脈を持った松本重治氏は、回想録「上海時代」で「日米関係は日中関係である」との 名文句を説いた。日米、日中、米中という2国間関係だけで国際情勢を割り切ろうとする単純な捉え方に警告を発したのだと思う。フランクリン・D・ルーズベ ルト大統領が米世論を動かし、日本との戦争を仕掛けた様子を追究した米歴史学界の泰斗チャールズ・A・ビーアド氏を恩師とする松本氏の指摘だけに、含蓄に 富む。
北京に対する東京とワシントンの間の温度差を意識したうえで言うが、軍事力を背景にした外交によって国際秩序の現状を変更しようとする国に対抗するには、日米同盟強化と「強い日本」志向以外の道は見いだし難いのである。(たくぼ ただえ)
コメント
コメント一覧 (6)
本題と関係なくてすみません。
テキサス親父さんのグレンデール慰安婦像撤去のペティションが、10万の署名を集めて成立したようです。
https://petitions.whitehouse.gov/petition/remove-offensive-state-glendale-ca-public-park/3zLr8dZh
よかったですね。
日本側の一部には10万に達すると、オバマ政権側が意見を述べて、その内容が日本側に不利な趣旨かも知れないので、10万に達しないほうがよい、という見解もあったようです。
私はその見解には与しませんが。
明けましておめでとうございます。
今年も日本を取り戻す戦いは熾烈でしょうね。さっそく国連事務総長も靖国参拝で「失望」の意を表明したようですね。
> 韓国大統領府は2日、国連の潘基文事務総長が同日の朴槿恵大統領との電話会談で「(安倍晋三首相の)靖国神社参拝問題などにより北東アジアで対立が深まっていることに失望した」と述べた、と発表した。
韓国からの報道ですのでどこまで信憑性があるかですが。ただパン総長も韓国の期待を受けているので、アメリカが言っているところまでは大丈夫だとして、発言したのかも知れません。
年末のパン総長の発言は、
>潘氏の報道官は昨年12月27日、参拝に関し「過去から生じる緊張がいまだに(北東アジア)地域を悩ませていることを非常に遺憾に思う」と述べた。
これなら意見表明でないのですが、今回のものが本当なら明らかに2回目の立場の逸脱でしょう。
韓国も一度言い出したら、修正も撤回もできないのは朱子学国家としての習性です。本当は朝鮮戦争でどれほどの被害を受け、共産圏の恐ろしさを味わっても、それよりも日本を問題視し、それを共に同盟関係を結ぶアメリカも手を焼いていると言うのに。韓国はいつも善悪の判断、国家の目標などが朱子学的建前で見えなくなる悪弊があります。
ところでアメリか人にとって中国はどんなイメージなんでしょうか。最重要パートナーはという質問では、単なる好き嫌いだけでなく、経済関係、歴史への憧れか幻想、はたまた現実の安全保障に関して答えているのかも知れませんが。
しかし、戦前もどうもアメリかの中国観も幻想に溢れていたようにも感じられます。歴史の浅いアメリカは歴史の古い中国に幻惑されエキゾチックな感情を刺激されるのでしょうか。中国の歴史と言っても、中国大陸の歴史であり、諸民族の王朝の興亡です。近代に入ってからの歴史はアメリカの方がずっと長いですね。
新年、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
明けましておめでとうございます。
田久保氏のご指摘、まさに正鵠を得た現状認識で大いに勉強させて頂きました。
古森様から日頃お伝え頂いているように、昨今のオバマ政権下における対日関係の"ゆらぎ"と中国の圧倒的な軍事力増強、及びそれを笠に着た近隣諸国に対する進攻や人権蹂躙は目をそらすことができない現実です。
そのような状況下で今後を日本が生き延びていくためには、田久保氏の結論のように米国との同盟を基礎とした強い日本を作り上げるしか選択肢がないと思います。今の中国は文化も考え方も政体も全ての面で日本から遠い異国に過ぎません。
しかし、強い日米関係を作り上げるためには戦後の歴史を再検討してはっきりさせた上で、アメリカを同盟国として選び取る過程と意思が必要でしょう。少なくとも今の反米親米の議論は無意味です。
GHQの様々な占領政策、公職追放、ギャグとしか思えない検閲下の民主主義、日本国憲法、マスメディア操作、War guilt information program等々を国民に正確に報せること、そしてそれらを検証することが必要だと思います。アメリカが作り上げたこれらの仕組みを、今でも中韓や国内の中韓と呼応するいわゆる反日勢力がうまく利用して、日本を脅迫し国益を損ねています。そしてその仕組みの元を作ったのはアメリカに他なりません。
例えそれが一時的には不都合であっても、事実は事実としてまず受け止め、その上でお天道様に恥じることなくアメリカを我が国の同盟国友好国として選択して、日本の未来の礎を築く一年となれば良いなと願っております。
おめでとうございます。
ご指摘の要旨、まったく同感です。
よりよき日本を、ということで、そのための手段はきわめて現実的に、ということですね。