安倍晋三首相の靖国神社参拝はなお波紋を消してはいません。

 

 日本人が首相を含めて日本の戦死者を日本の国内でどう追悼するかは、自分たち自身が決めることです。日本の外部からあれこれ命令されることではありません。

 

 とはいえ外国からの反応や反響がある以上、それらをまったく無視するわけにもいきません。結論として無視することを決めるにせよ、その結論を出すための考察は必要になります。

 

 そうした外国の反応といえば、中国よりも、韓国よりも、やはりアメリカがどう出てくるかが気になります。当然ながらアメリカはいま一応とはいえ、世界で唯一の超大国です。日本にとってもはこれまた唯一の同盟国です。だからアメリカの対応は特別な重みを持ちます。だから日本にとっては気にせざるを得ないということになります。

 

 4月に予定されるオバマ大統領の日本来訪でも、靖国を含む歴史関連のテーマは、表面に出るかどうかは別として、論題となるでしょう。だからこの課題の考察は止められません。

 

 しかしアメリカの反応というと、日本の大多数のニュースメディアは、もっぱらオバマ政権の「失望」表明とその背後にある参拝反対論だけを報じています。だが同じアメリカ側でも異見が存在します。日本の首相に靖国に頻繁に参拝せよと求める声こそ、まずないにせよ、アメリカがあれこれ文句をいうことには反対という識者は多数、存在します。オバマ政権が「失望」表明をしたことへの反対を述べた人たちには、少なくとも私の知る範囲で以下の人物たちがいます。

 

 マルコ・ルビオ上院議員、ジョン・マケイン上院議員、リチャード・アーミテージ元国務副長官、ランディ・シュライバー元国務次官補代理、マイケル・グリーンCSIS副所長、ケビン・メア元国務省日本部長、ケビン・ドーク・ジョージタウン大学教授、

 

 さてこの靖国問題は7年ほど前、当時の小泉純一郎首相が毎年、参拝を続けた時期にもアメリカの一部では議論を呼びました。その当時、私は幅広い識者に意見を聞きました。そして驚いたのですが、中国の靖国参拝攻撃を非難し、小泉首相の参拝を問題にはしないという意見の人たちが多かったのです。

 

 その一人がペンシルベニア大学の名誉教授アーサー・ウォルドロン氏でした。

同氏は中国研究の大御所です。

 

 そのウォルドロン教授の当時の見解をここで紹介します。

 再燃する靖国論議への資料として、です。

 

 以下が同教授の談話です。  

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日中両国間のいわゆる靖国問題について私はまず個人的な家庭環境などからの心情を述べたが、長年、中国について研究し、日本をも考察してきた学者としての分析を説明したい。

中国は日本に対し優位に立ち、日本の行動を管理できるような、一種の支配権を確立することを一貫して求めてきた。日本がとる行動、とろうとする言動のうち中国側が好ましくないとみなす部分に対し拒否権を行使できる実質上の権利を保持したいということである。

日本の政治指導者の靖国神社参拝に対し中国が反対を表明するのは、実はこの支配権確立への願望の一手段なのだ。

つ まり中国が自らの欲するままに日本を動かせるようにするという目的にとって靖国問題というのはきわめて有用で都合のよい手段なのである。だからもし靖国問 題が存在しなくても、あるいはたとえ解消されたとしても、中国側は日本に対する優位性を保つためになにか別の問題を探し出し、非難の材料に使ってくるだろ う。

日本側の政治指導者が一定の行動をとろうと欲しながらも、中国 からの反応を恐れて、その行動をとらないようになってしまう、という状態が保たれることを中国側は求めるのだ。

日 本の国民が以上の点を誤解してしまうことを私は非常に恐れる。すでに日本側の考察者の多くが混乱した認識を抱いているよう だ。靖国神社に対する中国の抗議をそのまま受けいれて、戦没者追悼のための新しい神社を設けるとか、国立墓地などの新しい 施設を建てれば、いわゆる靖国問題は消えてなくなり、中国側の抗議もなくなってしまうと考えるほど、むなしいことはない。

これほど間違った認識はない。日中関係が緊迫し、悪化する真の原因は靖国問題ではないからだ。


日 本の首相が将来の靖国参拝をやめると言明してみても、中国は「それでは閣僚が靖国に参拝してはならない。国会議員も参拝すべきではない」というような要求 をぶつけてくるだろうし、靖国と無関係の尖閣諸島の領有権の放棄とか、東シナ海でのエネルギー資源の権利の放棄とか、新たな要求や抗議を打ち出してくるだ ろう。

だから日本としては主権や独立、行動の自由を保ちたいと願うのならば、靖国問題で中国の命ずるとおりにはならず、自国独自の判断と決定を保たねばならない。

繰り返すが、日中間でいま緊迫を引き起こしているようにみえる問題の核心は靖国参拝などではまったくない。事の核心は日本に対し覇権を確立したいという中国の野望なのだ。

この点の中国の意図を私は先に日本指導層への懲戒あるいは調教だと表現したが、まさに小さな子供やペットの動物に厳しいしつけをして、なにかを教えこむことに似ている。

例えは適切でないが、自分の家のイヌが客間のソファに上がってしかたがないのをやめさせようとする。ソファに上がるたびに、イヌをたたいて、それがよくないことだと教えこむ。ソファに上がらなくなるまで、その仕置きを繰り返す。まさに調教なのだ。

現実に中国政府は自分たちが好まない行動をとる外国の機関や人間に対しては個人のレベルにまで激しい圧力をかけ、自分たちに従順にさせるという慣行を一貫して続けてきた。

そ の中国政府の日本の首相の靖国参拝に対する態度の理不尽さは、もし小泉首相が胡錦濤主席に「あなたは天安門に安置された毛沢東氏の遺体に定期的に弔意を表 しにいくが、毛氏は旧日本軍が殺したよりもずっと数多くの中国人を殺したから、弔意の表明はその殺戮(さつりく)を正当化することになる」と告げた場合に 予想される中国側の反応を想像すれば、よくわかるだろう。中国側はそんな通告は一蹴(いっしゅう)し、爆発的な怒りさえ示すだろう。

中 国政府が過去に日本の首相の靖国参拝をまったく問題にしない時代があった。日本の侵略さえ非難しない場合もあったのだ。毛沢東氏が田中角栄氏と会ったと き、田中氏が日本軍の中国での侵略や残虐行為への謝罪を表明しようとすると、毛氏が「日本軍が中国で戦わなかったら、私は政権を握ることはできなかった」 と、たしなめたという話は広く知られている。

中国が日本との関係を改善したいと思えば、靖国参拝への非難をやめればよいのだ。改善したくないから非難をやめないのだろう。

中国が対日関係を改善したいと思わない限り、日本側が靖国問題でいくら譲歩しても、また新たな難題を突きつけられるだけなのである。(談)

(産経新聞)