米中関係の変化の報告の最終部分です。

 

 ここでは中国の軍事脅威を認めず、日本は個別的自衛権だけの一国平和主義の

洞窟に閉じこもることの危険をも提起しました。

 

 なぜなら外部との相関関係を断ち切れる「洞窟」などいまの世界には存在しないからです。 

 

日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

 原文へのリンクは以下です。

bpress.ismedia.jp/articles/-/40799

国際激流と日本

米国議会で日増しに強くなる対中強硬論米中間の「新冷戦」が始まったのか

 

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  「中国に対して、米側には伝統的に『敵扱いすれば、本当に敵になってしまう』として踏みとどまる姿勢が強く、中国を『友好国』『戦略的パートナー』 『責任ある利害保有者』『拡散防止の協力国』などと扱ってきました。だが、そうして40年も宥和を目指してきたのにもかかわらず、中国はやはり敵になって しまったのです」(元国防総省中国担当、ジョー・ボスコ氏)

 

 皮肉な表現ではあるが、明らかにオバマ政権の対中宥和策への批判だと言える。

 中国が少なくともアジアにおいて、米国主導の現在の国際秩序を従順に受け入れる構えがないことはすでに明白となってきた。いや、受け入れないだけではなく、むしろ打破したいと意図していると言う方が正確だろう。

 

 そうした中国がロシアに本格的な接近をしてきたことは米国にとってさらに気がかりな動きである。万が一、中国とロシアの両国が団結し、連帯して、 米国に対抗するとなると、いまの世界の国際秩序や安全保障構造は根本から変わってしまう。1991年にソビエト連邦が完全に瓦解して以来の最大の出来事と もなろう。米中関係の険悪化には、世界大動乱の予兆とも言える、そんな重大な要素も絡んでいるのだ。

 

 だがその一方でわが日本では、集団的自衛権をめぐる論議でも、肝心の外部の安保情勢ではなく国内の法的手続きを最優先しての内向きな攻防が続く。

 

 多数の国家が絡み合ういまの世界の安全保障情勢の中で、日本だけが孤立して安全が高まるはずがない。防衛や安保の面での国際的な連帯や協調がいま ほど重要な時期はない。それにもかかわらず、前々回の当コラムでも説明したように、日本内部での集団的自衛権容認への反対論は、砂に頭を突っこむことで見 たくない現実から目を背ける、ダチョウの平和を思わせるのである。

(終わり)