2006年09月

このところアメリカの左派の学者や記者の間では「安倍バッシング」が盛んです。

ブッシュ政権やその周辺の多数派が安倍新政権の登場には大歓迎の姿勢をみせているのとは対照的です。

そんな安倍政権叩きの記事の一つにロスアンジェルス・タイムズの9月25日付けに載った寄稿論文があります。筆者はいまカリフォルニア大学バークレー校で研究員をしているマイケル・ジーレンジガー氏です。同氏は最近まで米紙サンノゼ・マーキュリーの特派員として東京に駐在していました。

そのジーレンジガー氏の主張に以下のような記述があるのです。 

 

「日本はその将来をアメリカから切り離し、アジアの経済パートナー、とくに中国とのより統合された関係を築くべきだ」

 

ただし上記の部分は結論です。

主体は安倍叩き、あるいは安倍氏を支持する日本国民への悪口雑言としか表現しようのない一方的な断罪です。

いま日本で起きていて、安倍氏を支えているのは「virulent

nationalism」だというのです。このvirulentというのは「悪性の」「猛毒を持つ」「憎悪に満ちた」というような意味です。

つまり安倍首相は「憎悪に満ちた民族主義を広げる危険な人物」だというのです。

ジーレンジガー氏はその安倍政権を歓迎し、支持するブッシュ政権をも激しく非難します。アメリカの典型的な過激派リベラルの立場だといえましょう。こういう考えの人たちは日本の民主主義をも信じないのです。安倍首相が憲法改正の必要を説くと、もうすぐに「日本はまた戦前の軍国主義に復帰しようとしている」と断じるのです。なんだか1960年代の日本社会党みたいですね。

 

でもジーレンジガー氏は正直だと思います。数々の非難に対し、「では日本はどうすればよいのですか」と問うと、明快な答えが返ってこないのがアメリカ左派(とくに日本専門家)の特徴の一つですが、同氏ははっきり答えています。その答えが

冒頭で紹介した「日本は米国と縁を切る」という提言なのです。

これからこの種の日本叩きがアメリカの一部から次々に発射されるでしょう。

いやあ、おもしろくなってきました。

前回、紹介したクラウス氏の私に対する非論理的なコメントに対し、NBRネット上に日本の金融などの著作で知られるピーター・タスカ氏が登場し、クラウス氏への批判的な論評をユーモアたっぷりで書いたのです。完全に論破という感じでした。

そうしたらクラウス氏は逆上したかのように、ものすごい感情的な「反論」をまた書きました。内容はもう支離滅裂で、紹介には値しませんが、他人の攻撃は気軽にするくせに、自分がちょっとでも批判されると、感情的溶解(メルトダウン)の状態になっちゃうんですね。

クラウス氏はタスカ氏を攻撃するとともに、私の記者としての「信頼性」などをあげて、自分がかかわってもいない3年前の出来事に関して、一方的な断定をしています。

これがアメリカの日本研究学者の平均水準だとすれば、悲しいことです。

 

エリス・クラウス氏の無意味な言葉

 

NBRにクレモンス氏による産経新聞と私への中傷に関連して、カリフォルニア大学サンディエゴ校教授のエリス・クラウス氏からの意見が載りました。

さすがに学者らしく、冒頭に「クレモンス氏の古森氏批判が正しいかどうかは知らないが」とか「古森氏の反論は正当かも知れないが」と慎重に注釈をつけています。

 

しかしクラウス氏の「意見」の本体はがっかりするほど非論理的で、無意味でした。

私が3年半ほど前に産経新聞で報じた国際交流基金(外務省の外郭組織)主催のセミナーの偏向についての記事が私の影響力が大きいことを示したから、今回のクレモンス事件でも、その影響力を「一要素」として考えるべきだ、とクラウス氏はいうのです。

私の報道記事に対応する形で日本の国会議員や外務大臣が一定の発言をしたからといって、そのことが記者の影響力の直接の帰結だというのは、科学的にも、論理的にも、なんの根拠もありません。報道の内容に重要性があったからでしょう。

安倍内閣発足の記事で大きな反響があったとき、「その記事を書いた記者の影響力が大きいからだ」と言えますか、クラウス先生。

あるいはアメリカ大統領のセックススキャンダルを報じた新聞記事が大きな反響を呼び、そのことを連邦議員が取り上げた場合、その記事を書いた記者の影響力が大きいからそうした反響が起きるのですか。そうではないでしょう。その記事の伝える「事実」のインパクトのせいでしょう。
 

クラウス氏は今回のクレモンス投稿が「古森は意図的にテロ行動をあおっている」と主張したことについても、なにも述べていません。クレモンス氏が「産経新聞と古森は1930年代の軍国主義への復活を切望する極右活動家の暴力的なグループの一部」だと断じていることにも、クラウス氏はなにも述べていません。

要するに今回の議論での肝心な諸点についてはなにも触れず、ことさら「古森は以前にこんな悪いことをしたから、今回も悪いに決まっている」とばかりの思わせを書いているだけです。

 

クラウスさん、以上が私の私自身に関する無意味な記述へのお答えです。

WIKIPEDIA(フリー百科事典)が私の項で以下のようなことを記載しています。古森義久の記者としての実績として、です。

 

(古森義久は) 

「1981年、元駐日大使ライシャワーの核持ち込み発言(ライシャワーはこれを全面否定)」をスクープ報道した。

 

 

この記述はひょっとしたら私の名誉よりも毎日新聞の名誉を毀損するのでは、と感じました。

まず「ライシャワー核持ち込み発言」と聞いても、なにも知らない方が多いでしょう。

 

1981年、元駐日大使でハーバード大学の教授のエドウィン・ライシャワー氏は私とのインタビューで「日本政府の非核3原則により核兵器搭載の米軍艦艇は日本領海には入らないとされているが、実際には長年、核搭載の米海軍艦艇は日本の港湾にそのまま(核兵器を排除することなく)寄港している」という趣旨の発言をしました。結果として日本政府がウソをついてきたことともなりかねず、国会でも大議論となりました。

 

この「ライシャワー発言」は毎日新聞がスクープ報道として1面から2,3面をつぶして、大々的に報じました。私はこのとき毎日新聞記者でした。ボストン近郊のライシャワー氏自宅でインタビューをしたのは私でしたが、このインタビューの企画は当時の毎日新聞政治部の斉藤明部長(のちの社長)はじめ、新井敬司記者、河内孝記者ら精強が立案し、アメリカにいた私がその指示に従った形でした。毎日新聞はこの「ライシャワー発言報道」でその年81年の日本新聞協会賞を受賞しました。

 

「ライシャワー発言」報道がこうして高く評価された理由の一つはライシャワー氏自身が私に対する発言をその後の日米マスコミの取材でもすべてそのまま「肯定」したことでした。つまり「自分の発言も真意もすべて古森記者の報道どおりだ」と言明したのです。だからこそ新聞協会もこの報道の価値を認めたのでしょう。

 

ところがWIKIPEDIAの古森義久に関する記述では、あっさりと「ライシャワーはこれを全面否定」と断言しているのです。

発言したとされる当人がその発言の報道を全面否定したとすれば、その報道がデマだったということになりかねません。毎日新聞の報道もデマだろうということになります。だからこそ私は「毎日新聞の名誉」を指摘したのです。

 

しかしこのWIKIPEDIAの記述こそがデマなのです。古森への誹謗を浴びせたい一心から、無知からの思いこみで、こんな記述をしたのか。あるいは、事実を知っていながら、故意にこんな虚偽を書いたのか。もし後者ならば、すぐにばれるウソを必死で書くその心情はまた一段と哀れですね。

WIKIPEDIAの管理人さん、また私のこの提起をWIKIPEDIAへの中傷だとか、著作権侵害だとか、言わないでくださいよ。

WIKIPEDIA全体への批判ではありません。しかしこれほどのデマが簡単に載ってしまい、しかもそれが放置されること、このままでいいのですか。毎日新聞から「輝けるわが社の受賞報道を不当に否定し、わが社の名誉を傷つけた」なんて通告され、訴えでも起こされたら、だれがどう責任を負うのですか。デマ部分をあわてて削除して、「そんな記述はどこにあるのか」なんて、やめてくださいよ。

 

ライシャワー氏が毎日新聞での私の報道内容を否定したか、肯定したか、当時のどの新聞をみても簡単にわかるはずです。「ライシャワーはこれを全面否定」と書き込んだ人は、やはり実はその記述が虚偽であることを知りながら、とにかく古森誹謗の炎に煽られ、ウソ記載をしたという可能性の方が高いようですね。

いずれにしてもWIKIPEDIAの管理人の方々はそのデマ記載を止める意思も能力も知識もなかった、というのは言いすぎでしょうか。WIKIPEDIAが2チャンネルのような運命をたどらないことを祈る次第です。

 

なお「ライシャワー発言」の報道の経緯や事後の展開については私は自著の『核は持ち込まれたか』(文藝春秋1982年刊)で詳しく報告しています。

その書でも紹介しましたが、私は故ライシャワー氏とは最後まで良好な関係を保ちました。最後にライシャワー氏からの私あての手紙の一節を紹介しておきましょう。

 「--あなたの論文(インタビューの経緯を書いた雑誌論文)を真剣な興味をもって読みました。とてもすぐれた論文だと思います。あなたはその中で、私たちのインタビュー(核持ち込み発言が出たインタビュー)のいきさつを、公正さと綿密さをもってきちんと伝えていると思います。そしていうまでもなく私はこんどの出来事全体からあなたが引き出した結論に完全に同意します」

 

原文が英語のこの手紙はいまも保存してあります。

 

 

 

 

スティーブ・クレモンス氏の中傷投稿文に対する抗議の投書をワシントン・ポストあてに8月30日に送ったところ、「250字に短縮して送り直してください」という要請がありました。その要請に応じて、翌8月31日に送った抗議文の日本語訳を以下に記します。これまでこの短縮投書は原文の英語版はここで紹介しましたが、日本語訳の紹介はまだでした。

 

以下が短縮版投書の日本語訳です。

 

 

ワシントン・ポスト編集長殿

 

 スティーブ・クレモンス氏は8月27日の貴紙への「日本の思想警察の台頭」と題する投稿で私の職業的誠実性に対する個人的攻撃を展開しており、その攻撃には基本の事実の間違いがあります。同氏の主張と正しい事実との対比は以下のとおりです。

 

 クレモンス=産経新聞と古森義久は「1930年代の軍国主義への復活を切望する極右活動家たちの暴力的なグループ」の一部である。

 事実=産経新聞は発行部数220万部の日本の主流全国紙の一つであり、産経も古森もそのような活動家たちとはなんのつながりもない。

 

 クレモンス=古森は「自分の言論が最近のテロ実行犯らを頻繁にあおることも、、彼らの(テロ)行動が彼の言論に恐怖を高めるパワーを与え、テロ実行犯らが議論を沈黙させることを支援していることも、意識している」。

 事実=クレモンス氏は言論人としての私が意図的にテロ行動を扇動していると主張しているが、裏づけをなにも示していない。また示せるはずがない。産経も私もテロ活動は常に糾弾し、反対してきた。産経は小泉首相の政敵の加藤紘一元自民党幹事長の実家が焼かれたとき、この放火を恥ずべき危険な行為として激しく非難する社説をすぐに掲げた。加藤氏は産経の論説陣にその社説への感謝の意を自ら表明した。

 

 クレモンス=古森は言論の自由を抑圧した。

 事実=私は日本の政府資金で運営される研究所が自国の政府の政策や指導者に関して、きわめて主観的な批判や歪曲の多い論文を英語で海外に継続的に発信していることを報じたにすぎない。私は言論の自由を強く支持する。その自由の中には政府資金運営の客観的立場をとるはずの政策研究所が自国政府の政策を攻撃していることを日本国民に伝えるという言論の自由も当然含まれる。私は自分のコラムではクレモンス氏の主張とは異なり、誰からの謝罪も、他のいかなる行動も要求はしていない。

 

2006年8月31日

            産経新聞ワシントン駐在編集特別委員
                             古森義久

↑このページのトップヘ