2006年11月

日ごろ私が考えている日本のあり方、とくに日本の安全保障や外交のあり方についての報告や意見をまとめた新著が出ました。ぜひとも日本のできるだけ多い方にアピールしたい内容の書です。自己宣伝ともなりますが、ここでその書の概略を紹介させてもらいます。

『凛とした日本』

まえがき(の冒頭)

「わが日本では長い年月、自分の国や民族への帰属を自然なこととして前向きに語ることを抑えられてきた。
 『私は日本を愛します』
 『私は日本を誇りに思う』
 以上のようなことを表明するだけでも、これまでの日本ではなにか特殊で頑迷で危険な反動的人間のようにみなされがちだった。なにしろ『愛国心』を教育の指針としてはならないという思潮なのである。
 しかし以上の記述の『日本』を『アメリカ合衆国』でも『中国』でも『韓国』でも、置き換えてみたらよい。アメリカでアメリカ人が自分の国を愛する、誇りに思う、というのは異常でも例外でもない。まして危険なことであるはずがない。ごく正常で普通のことなのである。中国でもいわずもがな。韓国ではおそらくその意識はもっと強いのではないか。ーーーーーーーーー以下、略」

目次

日本の『平和主義』と世界の現実

Ⅰ 中国には毅然と
  2 「中国の軍事」から目をそらすな
  3 中国「石油外交」の脅威
  4 確信犯の偽造大国
  5 「東アジア共同体」という妖怪
  6 中国の軍拡に備えるアメリカ
  7 インターネットは抑圧の道具か
  8 橋本派瓦解で変わる対中外交
  9 南京大虐殺がハリウッド映画に?
  10 「日中戦争」は北京オリンピックの一年後

Ⅱ 東アジアへの構え
  11 アメリカが北朝鮮を先制攻撃する日
  12 北朝鮮の『悪魔のサイクル』を理解せよ
  13 李登輝氏のアメリカ訪問
  14 北朝鮮を支える五種類の犯罪行為
  15 「家族会」のワシントン訪問

Ⅲ そして日本
  16 ロンドン7・7テロ
  17 米軍再編の最大のうねり
  18 なぜ国連安保理常任理事国入りは失敗したのか
  19 2006年、日本は「普通の国」になる
  20 靖国参拝反対論は意外なほど少なかった
  21 揺れる靖国問題、改めてアメリカ側の本音を聞く
                以上

フジテレビ「報道2001」に出演して、アメリカの中間選挙結果について論じました。所用で一時帰国しての行動です。
討論の相手は町村信孝元外相や鳩山由紀夫民主党幹事長などでした。
ここで私が強調したかったのは、アメリカの中間選挙でブッシュ政権の対外政策ががらりと変わり、日本への影響も大、しかもマイナスだろうとする日本のマスコミの大方の見方は正確ではないという点でした。
以下、その根拠などを列記します。「報道2001」で発言したことに、さらに発言したかったことを追加しています。

▽アメリカの民主党が連邦議会の上下両院の多数派を12年ぶりに占めたからといって、ブッシュ政権自体の敗北とか、「死に体」を必ずしも意味しない。アメリカの大統領は与党と密着した総代表ではなく、あくまで独自の選挙で国民から直接に選ばれる元首である。日本では国会議員のなかから政府の長が選ばれるので、アメリカでも議会の議席の消長はそのまま行政府の長の力の減増につながるように思われるが、アメリカ大統領の独自の権限は議会の勢力構成にかかわらず、強大である。

▽大統領はとくに外交、軍事、安全保障などの対外政策履行の絶対権限を持っている。一方、議会は正面からそれらを動かす権限はない。議会は法案を審議し、法律を作ることが任務で、大統領への圧力もその法案審議を通してしかかけられない。

▽議会は「共和党敗北」といってもなお下院では435議席のうち200議席ほどを有する。上院は拮抗、無所属のリーバーマン議員は民主党寄りとされるが、イラク民主化ではブッシュ支持を打ち出した。もともとアメリカの連邦議員は投票に関しては党の拘束がなく、共和党のブッシュ大統領の支持する法案に民主党議員が賛成することは多々ある。
だから大統領が野党多数派議会に機能を封鎖されることはない。しかも大統領には拒否権があり、気に入らない法案が可決されてきても、突っ返す権限がある。

▽ラムズフェルド国防長官は「更迭された」というのは正確ではない。「辞任を認められた」のだ。ラムズフェルド氏は過去に二度も辞意を表明して、大統領から止められた経緯がある。今回はその辞意が認められてということだ。

▽民主党はブッシュ大統領のイラク政策を叩くばかりで、対案となる統一されたイラク政策がない。ヒラリー・クリントン上院議員らは2003年の上院の審議ではフセイン政権下のイラクに軍事行動をとることに賛成した。民主党でもイラクからの即時撤兵を主張する人超少数派に過ぎない。

▽イラクは内部での抗争やテロはあっても外部に対する脅威ではない。もしフセイン政権を倒さなかった場合、イラクは地域的な脅威となった。あるいは大量破壊兵器の備蓄はなくても、開発の意図は十二分にあった。だからもしフセイン政権を打倒しなければ、同政権は核兵器などを開発しただろう。

▽議会が民主党多数となっても、こんごブッシュ大統領の対外政策はイラクも含めて、それほどは変わらない。大統領の権限は強く、ブッシュ氏の意思も強い。日本の反ブッシュ勢力も議会選挙の結果だけで、ぬかよろこびするな。

ざっとこんなところです。
番組では私の「日本では過剰反応です」という発言に、意外にも鳩山幹事長が同意してくれました。

朝日新聞がワシントンのシンクタンクと共催した「安倍政権下の日米同盟」というタイトルのシンポジウムが10月末、開かれ、若宮啓文朝日論説主幹が「日本から」という基調報告をしました。基調演説です。
私はその集いには出ませんでしたが、若宮氏の基調報告の要旨を11月1日の朝日新聞でみて、「なんだ、これは」と感じ、ここで論評することにしました。
若宮氏は私も個人的に存じ上げており、礼儀正しく接していただき、そiういう方の批判は私的には気がとがめます。しかし活字となった公的な主張への批判は私的な事柄ではありません。

若宮氏はこの基調演説で安倍首相には「自由と民主主義協調」の資格がないことを示唆します。その理由は「靖国神社を支持する」から、だというのです。もうこの「理由」だけでも論理が欠けています。

では若宮演説の内容を具体的に紹介しましょう。

「安倍氏には『自由民主主義のためには武力行使をためらわない』というネオコン(新自由主義)の発想に通じるものがある」
「しかし安倍氏を『日本のネオコン』だとも言いにくい。やはり
ネオコンの論客マックス・ブーツ氏は03年に書いた靖国神社の遊就館の展示が旧日本軍の軍事行動をすべて正当化しているとして、驚きと憤りをあらわにした。ネオコンが信奉する自由や民主主義は、靖国の象徴するものの対極にある」
「安倍氏はそんな靖国神社を支持し、A級戦犯も擁護してきた。つまり『自由と民主主義』を唱える一方で、靖国神社の信奉者でもあるという自己矛盾を抱えている」

さあ、以上の発言では、靖国神社を信奉する人、参拝する人は自由と民主主義を信奉していない、あるいは信奉できない、という断定がまず浮かんできます。これはあまりの屁理屈ですね。

私は中国が激しく反対するようになってから靖国に参拝するようになりましたけど、自由と民主主義の信奉は個人としてはもちろん、新聞記者として朝日新聞のどの記者にも負けない分量を書いてきました。靖国への信奉は戦没者の追悼です。戦没者の追悼が民主主義の否定になぜなるのでしょうか。たとえ日本の戦争行動の一部を歴史の解釈として「アジアの植民地解放を早めた」と主張したところで、現代の自由と民主主義を否定することにはなりません。、

若宮論文の非論理的な「因果関係」に従えば、靖国を否定すると、自由と民主主義を信奉する、ということになりますよね。では靖国を最も激しく否定し、攻撃する中国共産党はどうでしょうか。自由と民主主義を信奉していますか。

若宮氏も他の朝日記者と同様にネオコンという言葉が好きなようです。批判や非難の対象によく使いますね。でもアメリカではこの言葉はきわめて意味の曖昧なレッテル言葉です。左派、リベラルが保守側やブッシュ陣営を叩き、ののしるときに使う揶揄の言葉です。日本語でなら「新右翼」とか
「ネオ反動」にでも匹敵しましょうか。

若宮氏はこの演説で金科玉条のように引用したブーツ氏が
「『ネオコン』とは一体なんだ?」という論文を書いているのをご存知でしょうか。ブーツ氏は次のように述べていました。
 
「私はこれまでいろいろなレッテルを貼られてきたが、最も不可解なのは『ネオコン』というレッテルだ。私の保守主義はずっと一貫しており、転向を示唆する『ネオ』の部分はまったくないからだ」

若宮演説はこのネオコンという揶揄言葉を主要な基盤に据えて、安倍首相をそれに一方でなぞらえ、他方でネオコンよりも劣るとけなしています。靖国を信奉するからだというわけです。しかしせっかく「日本から」の基調演説をするならば、なにもアメリカ側のレッテル言葉を最大の材料になどせず、もっと日本らしい安倍批判の根拠を示してほしかったですね。この点や靖国問題で安倍首相を自由と民主主義を唱える資格がないと断じる点こそが、陳腐な演説だと思わされる理由です。

しかし若宮氏もフランスの日本核武装論者の主張をわざわざ詳細に紹介したり、支離滅裂な屁理屈で安倍首相の国際的な民主主義主張をけなしたり、やはり演説や報告の対象は本来の専門領域である日本の国内政治に限られたほうが無難ではないでしょうか。

こんなふうに楽しませていただけた若宮主幹の「基調報告」でした。

秋田の国際教養大学のグレゴリー・クラーク副学長がアメリカのインターネット論壇「NBR JAPAN FORUM」に投稿した興味ある主張の紹介を続けます。以下のクラーク氏の記述はいささか旧聞に属しますが、10月6日付です。

クラーク氏は日本の社会を原始的な「部族」社会と評し、オーストラリアの先住民アボリジニ社会にたとえています。日本社会に対しても、アボリジニ社会に対しても、侮辱としてひびきます。

まずクラーク語録のその部分の原文は以下のとおりです。

"In Japan's communal 'tribal' society, it is mura hachibu 
for the victims.  They have received the 'evil eye,' as the
 Australian aborigines call it.  It is taken for granted that
 the very fact they have been attacked proves they  are
 guilty of having done something wrong ー apart from 
anything else they have 'disturbed the society,' for  example.  And as with the Australian aborigine tribes, 
 the victim is expected to just wander off into the 
wilderness and die."

上記の英文の日本語訳は以下のとおりです。

「日本の原始共同体的な『部族』社会では、それは被害者にとっては村八分なのだ。この被害者たちはオーストラリアの(原住民の)アボリジニたちが『邪悪の目』と呼ぶような、扱いを受ける。被害者たちは単に他の人たちからの非難を浴びたという事実だけで、間違ったことをしたという罪を証明されることが当然視される。『世間を騒がせた』というだけも有罪なのだ。オーストラリアのアボロジニ部族と同じように、日本社会のそのような被害者もただ荒野へとさまよい出て、死に絶えることを求められる」

クラーク氏はなにも封建時代の日本社会について述べているのではありません。英語ではっきり現在形を使い、いまの日本社会をアボリジニ社会と並列に並べ、そこではなにも悪いことをしなくても、世間を騒がせると、放逐され、抹殺される、と断じているのです。
日本のいまの社会を正面から原始共同体的な「部族」社会と呼び、オーストラリアの原住民の社会に喩えて、二つの社会は同様だと示唆しているのです。
何歩か譲って、考えてみても、クラーク氏はこんな記述によって日本社会は後進的だと批判していると解釈できます。

いまアボリジニはオーストラリアでは一般社会にかなり同化されたといいますが、クラーク氏はその社会の「原始性」や「部族性」を強調しており、こちらに対しても侮蔑のそしりは免れないようです。

クラーク氏は上記の記述を私がこのサイトで彼の「拉致は捏造」という主張を紹介したあと、各方面から批判されたことへの「反論」として書いていました。
自分が不当に攻撃されており、そんな攻撃をするのは日本社会のアボリジニふうの「原始性」や「部族性」のせいだとして、批判する側を非難しているのです。
自分への批判はすべて「事実ではない歪曲の不当な攻撃」だというのです。

しかし繰り返しですが、クラーク氏はNBR論壇にはっきりと
「拉致は捏造(Bogus)」と書き、その非を指摘されると、こんどは「実は横田めぐみ生存説主張が捏造だと述べただけだ」と記していました。

折から拉致問題の非道を国連で関係各国に訴える「家族会・救う会」の訪米団が昨11月5日、帰国しました。記者会見を開き、国連での成果を発表しました。
この訪米ももちろん拉致されて、消息の確認できない被害者の横田めぐみさんらの生存を信じて、展開する救出活動の一環です。
その生存を主張することは死亡が確認されていない以上、どんな基準でも、最も自然なことでしょう。
その生存の主張をbogus(捏造とかデタラメ)という言葉で決めつけるグレゴリー・クラーク氏とはなんなのでしょうか。しかもその断定の非を批判されると、こんどはその批判を「日本の部族社会での事実の根拠のない村八分」と糾弾して、開き直るのです。

以上はその「開き直り」部分の報告でした。

産経新聞11月4日付ですでに報道されてはいますが、米軍が北朝鮮の核武装を阻むために、奇襲の軍事攻撃の計画を立てているというワシントン・タイムズの記事が各方面に波紋を広げました。

記事の筆者はブッシュ政権の軍事、諜報の部門に最も強い情報ルートを持つとされ、多数の正確なスクープ報道をしてきたビル・ガーツ記者です。だから各方面からこの報道も注視されるわけです。

ただし念頭に入れておくべきは、たとえ米軍首脳がこうした北朝鮮攻撃の具体的な計画を立てているからといって、それがすぐに実行されるというわけではありません。この種の軍事シナリオを立てておくことは軍部の日ごろの任務なのです。ただし政治面でもこの軍事オプションが採択される可能性がこれまでよりはいくらか高まったという点も、ガーツ記者の報道で説明されています。

ガーツ記者が複数の米軍や国防総省の当局者たちから得た情報として報じた記事の骨子は次のとおりです。

▽北朝鮮の平安北道の寧辺地区にある軍事用プルトニウム再処理施設を海軍の精強の特殊部隊SEAL あるいはその他の特殊攻撃部隊が奇襲攻撃して、施設を破壊する。
10月9日の核爆発実験の核もこの寧辺の施設で生産された。

▽寧辺の同施設を北朝鮮近海の潜水艦あるいは海上艦艇から精密誘導の巡航ミサイル「トマホーク」を発射して、破壊する。6発のトマホーク・ミサイルで施設は完全に破壊され、再建には5年から10年を要する。

▽咸鏡北道吉州郡の山岳地帯の核実験施設、研究施設、地下トンネルなどに同様の奇襲攻撃をかける。

▽北朝鮮のウラン濃縮による核兵器開発の施設は北朝鮮領内北部の地下に設けられているとみられるが、なお発見や確定は米軍側にとって、きわめて難しい。

▽北朝鮮核武装問題への以上のような軍事解決策はこれまでも検討され、さまざま阻害要因が指摘されてきたが、そのうちの最大要因の一つだった「中国の反対」が10月の北朝鮮の核実験強行により、だいぶ弱くなった。

▽それでもなおブッシュ政権は公式にはこの種の軍事解決策には否定的な態度をみせている。しかし北朝鮮がもし核兵器を他の国家やテロ組織に引き渡すことがわかれば、その場合は米国も軍事手段で阻止することはブッシュ大統領自身も言明している。

ガーツ記者の報道の要点は以上のとおりです。

しかし同記者自身も強調しているように、米軍がこうしたシナリオを具体的に作成したからといって、大統領がそれを許可する動きがあるというわけではないという点が重要です。

その一方、北朝鮮の核武装問題というのは、こうした軍事シナリオがいつも想定されているほど危険が高いということでもあるようです。

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